第2章 野外実習編

1話.追憶、そして入学式の朝

 ちょうど太陽が頭の真上を通るお昼時。


 人里離れた静かな山の中には到底似つかわない剣戟けんげき木霊こだました。


 木剣同士がぶつかったとき特有の鈍い音を響かせているのは、まだあどけなさの残る二人の少年。


 片方はここ──レヴァリオン王国では珍しい黒髪黒眼の様相を呈す少年。


 そしてもう一人は、灰のようにくすんだ色の髪に同色の鋭い瞳がまるで銀狼を彷彿とさせる少年だ。


 黒髪の少年──レイコルトは木剣をギュッと強く握りしめると、目にも止まらぬ速さで相手の懐へと飛び込んだ。


 その勢いのまま胴を薙ぎ払おうとするが、灰色の髪を持つ少年はまるでそれを読んでいたかのようにレイコルトの斬撃を自らの木剣で受け止め、受け流すと同時にレイコルトの首元へ横薙ぎの攻撃を加える。


(ここだ!!)

 

 それを深く沈み込むことで回避したレイコルトは下から突き上げる形で剣先を突き出す。


 今、相手は攻撃を回避されたため腕を振りぬいた体勢にある。ここからでは刃を引き戻すよりも早くレイコルトの攻撃が直撃する。


 重心も前に傾いており後方への回避も不可能。勝負は決したかのように思われた瞬間──


 カァァァァァン!!


 甲高い衝撃音が鳴り響いたかと思うと、レイコルトの手に握られていたはずの木剣は弾き飛ばされ、逆に灰色の髪の少年の木剣がレイコルトの首筋にそっと押し当てられていた。


「‥‥‥ッ!?」 


 勝負ありだ。


 何が起きたのか理解できず、硬直するレイコルトに少年は口角をニヤリと持ち上げると、首元に押し当てていた木剣を引き戻しながら口を開いた。


「はい、今日も俺の勝ちだな」


 木剣を当てた体勢から身体を離すと、灰色の髪を揺らしながらカラカラと笑う。


 そんな彼の姿にレイコルトは不満げな表情を浮かべると、地面に大の字に寝ころびながら、最後の不可解な現象について問いかけた。


「ねぇ兄さん、最後のあれ何したの? 絶対僕の攻撃が当たったと思ったのに」


 レイコルトの問いに対して兄(正確には血は繋がっておらず、あくまで兄弟子というだけだが)と呼ばれた少年はニッと勝気な笑みを浮かべながら答えた。


「そんなに難しいことじゃないぜ。ただ単に、お前の剣が俺に届くよりも速く、木剣をはじき飛ばしただけだからな」


「‥‥‥? でもそんなの魔力強化マナブーストを使っても無理だと思うんだけど‥‥‥」


 魔力強化マナブーストは体内の魔力を脚や腕に集中して流し込むことで一時的に身体能力を高める技術の事だ。


 確かにそれを使えば剣速を高めることは出来るが、それでもなおレイコルトの攻撃に間に合わせることは不可能なはずだ。


「あぁ、だから俺が使ったのは魔力強化マナブーストを応用して、生み出した────」





 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 チチチチ‥‥‥‥‥‥。


 窓の外で小鳥のさえずりが聞こえ、レイコルトの意識は現実へと引き戻される。 


「ん、んうっ‥‥‥‥‥‥」

 

 ゆっくりと目を開け窓の奥へと視線を向けると、まだ空は白んでおり朝日が昇り始めているのが見て分かった。


(眠い‥‥‥‥‥‥)


 レイコルトは、寝起きでぼやける目を擦りながらトレーニング用の服に着替えると、抑揚のない足取りで一階へと向かう。


 まだ春先のためか、この時間帯はかなり冷え込んでおり無意識に身震いしてしまうほどだ。


 そんな寒さの中、レイコルトは寝起きの顔を水で洗い流すとサッパリとした表情でリビングへと足を踏み入れる。


 調理場からは既に朝食の美味しそうな香りが漂っており、そこには見慣れた顔の少女がいた。


 陶器のように白い肌にキラキラと輝く白髪を肩口で綺麗に整えた少女──シラリアだ。


 そんなシラリアについてだが、ここ数日間一緒に暮らしていて分かったことがある。


 まず、彼女は日常生活の中でも常にメイド服を着用していることだ。

 

 初日こそ自分の役割を明らかにするための一種の披露パフォーマンスだと思っていたのだが、翌朝にメイド姿で迎えられたときは、その衝撃とあまりの可憐さに肝を抜かしてしまったほどだ。


 一度なぜか聞いてみたころ、本人曰く


『他にも私服はありますが、これが一番落ち着きますし仕事にも身が入りますから』


 とのことらしい。


 そして二つ目は、朝の目覚めがとんでもなく早いということだ。


 レイコルトは毎朝トレーニングを行っているため普通の人よりも早起きの自信があるのだが、シラリアはそれよりもさらに早く目を覚ましては家事に勤しんでいた。

 

 しかも、その全てが完璧なクオリティで仕上げており、流石は一人であの生活能力のないセリーナを支えていただけのことはあるなと思わず感心してしまう程だ。


 そんな彼女の後ろ姿を眺めていると、こちらに気づいたのか、くるりとレイコルトの方へ振り返るとうやうやしくヘッドドレスの付いた頭を下げてきた。


「おはようございます、ご主人様」


「うん、おはよう、シラリア」


 平坦な声音で言葉を投げかけてくるシラリアにレイコルトもまた柔和な笑みを浮かべると挨拶を返す。


 そのまま二人は言葉を交わすことなく自然な流れで朝食の準備をし、テーブルへと運ぶ。


 そして向かい合うように席に着くと共に手を合わせた。


「「いただきます」」


 同時に食前の言葉を告げるとレイコルトは目の前のサラダに手を伸ばす。レタスのシャキシャキとした心地よい触感やトマトのみずみずしい味わいを堪能していると、不意にシラリアが声を掛けてきた。


「ご主人様はこれからいつも通りトレーニングですか?」


「うん、朝食を食べたらすぐに向かうつもり」


「ちなみにどれくらい時間が掛かるかなどは分かりますか?」


「そうだね‥‥‥、大体一時間くらいだと思うけど、どうかしたの?」


 軽く首をかしげるレイコルト。


「いえ、ご主人様が帰ってくる頃合いに合わせて、お風呂にお湯を張っておこうかと思いまして。流石に汗だくの状態で入学式に参加するわけにはいきませんからね」


 そう言ってバイオレット色の瞳を向けた先、そこには先日アルカネル魔道士士官学校から二人宛てに送られてきた制服が丁寧に畳まれて置かれていた。


「あ、そっか‥‥‥ありがとね、シラリア」

 

「いえ、これもメイドとしての務めですから」

 

 シラリアのその心遣いにレイコルトが感謝を伝えると、彼女は平坦な声音でそう応えるのだった。




 その後、朝食を取り終えたレイコルトは朝のトレーニングに向かった。


 とはいえ、やることは至極単純であり走り込みと素振り、そして技の型の反復練習のみである。


 緩急を組み合わせた走り込みを三十分ほど行った後、素振りを十分、そして技の型を体に染み渡らせるようにじっくり二十分ほどかけて行ったレイコルトは、額から滴り落ちる汗をタオルで拭いながら一息ついた。


 脱衣所で汗でべたついた身体をタオルで軽く拭き取ってから服を脱ぎ、風呂に入る。


 そして一通り全身を洗い終えた後、頭と体を入念に洗ってから湯船に浸かると、湯加減は熱すぎずぬるすぎない絶好調の温度であり、その心地良さに自然とほぅ‥‥‥っと溜息がこぼれた。


 それから数分間湯船に浸かり続けた後、レイコルトは風呂から上がると一旦寝間着に着替えてから制服を抱えて二階の自室へと戻ると、パリッとのりの効いた制服に袖を通す。


 士官学校の制服はどうやら特殊な素材でできているようで、軽さや着心地を確保しつつも、並大抵の魔法や刃物では傷一つ付けることは出来ない対魔法性および対刃性を兼ね備えた優れ物らしい。


(一体どれだけの値段がするんだろうか‥‥‥)


 そんな無粋ことを考えながら、レイコルトは姿見の前で軽く身だしなみを整えると、おそらく準備を済ませて一階で待ってくれているであろうシラリアの元に向かう。


「ごめん、待たせちゃった?」


「いえ、わたしも先ほど準備を終えたところですから」


 シラリアは落ち着いた口調でそう答える。

 

 当然と言えば当然だが、彼女も士官学校の制服に身を包んでおり、メイド服と寝間着以外の姿のシラリアを見たことが無かったレイコルトは新鮮味を感じていた。


 加えて黒を基調としている士官学校の制服は、彼女のただでさえ綺麗な白い肌や髪をより一層際立たせており、思わず見惚れてしまうほどである。


 そんなレイコルトの反応にシラリアは不思議そうに首をかしげつつも、懐中時計を取り出し時間を確認するとレイコルトに問いかける。


「あと少し時間はありますが、もう出発いたしましょうか。入学式に遅刻するのは流石に避けたいですし」


「そうだね。行こうか」


 シラリアの言葉にハッと我に返ったレイコルトは、彼女と一緒に戸締りを確認すると、僅か先に見えている建物──アルカネル魔道士士官学校へ向けて歩みを進めるのだった。

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