12話.忠誠、そして一日の終わり
セリーナによる不手際───もとい、ただの悪戯心によって大きく認識のズレがあったレイコルトとシラリアは互いに奇妙な
一度、シラリアの淹れてくれた紅茶に口をつけて心を落ち着かせたレイコルトは、ふと気になったことを聞いてみることにした。
「そういえばセルネストさんは師しょ‥‥‥セリーナさんから僕について他には何か聞かされてた?」
先ほどシラリアはレイコルトの名前(厳密に言うと呼び名だが)はセリーナから事前に伝えられていたと発言していた。
ならば他にも伝えられていることがあるのでは?と考えたレイコルトは、これ以上認識のズレを生まないためにも、シラリアに確認をすることにした。
「そうですね、他にあらかじめ聞かされていたのは、セリーナ様とは師弟関係にあること、そして、ご主人様
シラリアは白髪の前髪をサラリと揺らしながらそう答える。
(つまり僕が
それを聞いたレイコルトは自分が
「どうかなさいましたかご主人様? どこか浮かないお顔をしていますが‥‥‥」
「えっ? あ、いや、なんでもないよ!! それより僕"も"ってことはセルネストさんも士官学校の入学試験を受けたってこと?」
シラリアからの気遣うような声音にハッとなったレイコルトは慌てて表情を取り繕うと、話題を逸らすように質問を投げかける。
「えぇ、ですがわたしの場合ご主人様とは違って一般での入試でしたので筆記試験と実技試験の両方がありましたが」
「ちなみに手ごたえは?」
「筆記試験はわたしに記述ミスがなければほぼ満点、実技試験も上位の成績には入っているかと」
「えっ!?」
サラリとそう言いのけたシラリアにレイコルトは思わず目を丸くしてしまう。
言葉遣いや立ち振る舞いから、ある程度高い教養を身に付けているであろうことは薄々感づいてはいたが、まさか筆記だけでなく実技でも上位に食い込むほどの実力者だったとは。
「ご主人様はいかがでしたか? 確か推薦入試の方々は実技試験のみでしたよね?」
「うん、一応全体順位は三位だったから合格したよ。セルネストさんもその成績だったら合格は間違いなさそうだね」
レイコルトは苦笑いを浮かべながらそう答える。
だが、レイコルトが合格できたのは試験形態の恩恵がかなり大きい。もし仮に、レイコルトがシラリアと同じ一般入試を受けた場合、実技試験はともかく、筆記試験では間違いなく目も当てられない点数を取るだろう。
「それは良かったです。二人でセリーナ様に良い報告が出来そうですね」
そう言って上品な仕草で紅茶を口に含むと、シラリアは薄氷の様な表情に静かな笑みを浮かべ、レイコルトに微笑みかけた。
思わず見惚れてしまうほど美しい笑顔に、レイコルトは僅かに頰を染めながら言葉を返す。
「そういえば、師匠で思い出したんだけど、セルネストさんは本当に僕が主人でもいいの? もし師匠に頼まれて仕方なくていうなら無理強いする気はないんだけど‥‥‥‥‥‥」
これはレイコルトの本心であり、シラリアが居てくれたら心強いという気持ちはあるのだが、それ以上に彼女の意思を最優先に尊重したかった。
おそらく彼女は、セリーナに仕えていた時と同様ここに住み込みで給仕に勤めるつもりだろう。しかし、そうすると必然的に彼女はレイコルトと生活を共にすることになり、それはいわば同棲に近しい行為だ。
そして、彼女が従者の家系出身だということから察するにいくら本心では嫌であったとしても、自分から主人に対してノーを突き付ける可能性は限りなく低いと考えられる。
だからこそ、まだ正式に主従契約を結んでいない今の段階で彼女の意思を確認しておきたかったのだ。
「そう、ですね‥‥‥」
レイコルトの問いかけを聞いたシラリアはほんの少しだけ目を伏せると、やがてポツリと言葉をこぼした。
「正直に申し上げますと、わたし自身はそこまで乗り気ではありません」
「あっ、やっぱり?」
「えぇ。ですがそれはわたしが単に男性にお仕えしたことがなく、何か粗相をしてしまうのではないか?という漠然とした不安を感じているからです。それに、お会いしてから僅かな間ではありますが、ご主人様のお人柄は好ましく感じておりますよ」
「えっと‥‥‥それはつまり──」
「はい、セリーナ様に頼まれたからでも、渋々でもなく、シラリア・セルネストという一人の従者としてご主人様に仕えたいと思っております」
シラリアはレイコルトの目をまっすぐ見つめてそう答える。
そのバイオレット色の瞳からは虚勢も偽りも見受けられず、シラリアは本心からレイコルトに仕えても良いと思っているのだろう。
その事実にレイコルトは嬉しくなる反面、自分が
それはシラリアの示してくれた献身性に背く行為だと自覚しているからだろう。
だからこそ────
「それは──」
このタイミングで伝えるのはあまりにも卑怯だということをレイコルト自身も自覚していた。それでもシラリアの献身に応えるにはこれしかないと思ったのだ。
「それは、たとえ僕が
だからこそレイコルトは自らが
俯いてシラリアの返答を待つレイコルトの心臓はドクンドクンと早鐘を打ち、背中にはじっとりと嫌な汗が滲んでいた。
レイコルトはちらりとシラリアの様子を窺うが、相変わらず氷のように表情を崩さないため、その内心を読み取ることは出来ない。
永遠にも感じられる沈黙の中、シラリアはやがて静かに言葉を紡いだ。
「えぇ、構いませんよ」
「‥‥‥‥‥‥!?」
「ご主人様が
シラリアの迷いのない言葉にレイコルトは一瞬呆然とするがすぐにその口元が綻ぶ。
それに、レイコルトが
もし主人が
(大切なのは能力じゃなくて人柄、か‥‥‥‥‥‥)
そんな思惑すらも打ち破っってみせたシラリアの言葉を脳内で反芻させながら、今度こそレイコルトは決心する。
「わかったよ、じゃあこれからよろしくね、セルネストさん」
「ありがとうございます。それと、どうかわたしのことはシラリアとお呼びください。年齢は同じですし、主人が従者に対して敬称をつけるのは違和感がありますので」
「それなら僕のことをご主人様っていうのもやめてもらえると嬉しんだけど‥‥‥」
「それはわたしの従者としての
どうやらシラリアにとってそこは絶対に譲れない部分らしく、クスリと微かに笑った彼女によってキッパリと断られてしまった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その後は、彼女の作ってくれた料理(ちなみにめちゃめちゃ美味しかった)を食べ、お風呂に入り、今は二階に用意された自室のベッドに一人横たわっていた。
ちなみにお風呂に入るときもどちらが先に入るかで少々白熱した話し合いになったり、お風呂上がり特有の石鹸の匂いやパジャマ姿のシラリアにドギマギしたりと色々あったのだが、一旦それは置いておくことにする。
窓の外に視線を向けると空は夜の闇に染まり、朧げな月の光だけが部屋に僅かな明るさを差し出していた。
その幻想的な光景をぼんやりと眺めながらレイコルトは今日一日の出来事に思いを馳せる。
入学試験や
(嬉しかったな、本当に‥‥‥)
その後、数分ほどボーっと木目の天井を見つめていたレイコルトだったが急激に睡魔が襲い掛かる。
(学園生活か‥‥‥。ちょっと‥‥‥楽しみ‥‥‥かも‥‥‥)
レイコルトは睡魔に抗うことはせず瞼を閉じると、すぐさま深い眠りへと沈んでいくのだった。
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