11話.邂逅、そして白髪メイド
エレナと別れた後、レイコルトは渡された地図を頼りに、セリーナの自宅に向かっていた。
今レイコルトが歩いているのは、アルカネルの中でも比較的庶民向けの商業区画だ。
目につく店は、食料品や衣料品店、薬屋に雑貨店など様々な店が軒を連ねており、人の往来もそれなりに多い。
すっかり日が落ち、空には星々が燦然と輝いているこの時間帯でも、ここだけは昼間と遜色ない明るさを保っていた。
「ねぇ、お母さん。わたし、今日はお母さんの作ったハンバーグが食べたい!!」
「そう? じゃあ、帰りにお肉と調味料を買って帰らないとね」
行きかう人々の中には子供連れの親も多く、どうやらあの親子は今晩の夕食の献立を楽しそうに話し合っているようだ。
(和むなぁ、ああいうやり取りを見ると)
ほのぼのとした光景に思わず頬を緩ませてしまうレイコルト。
そんな何気ない日常の一コマを横目で見ながら、歩くこと数分── 商業区画を抜け、住宅街が立ち並ぶ居住区にやって来たレイコルトは、ようやく目的地であるセリーナの自宅に到着した。
「えっと、ここかな?」
目の前にそびえ立つのは、二階建ての一軒家だった。
大きさは周囲の家と比べると多少大きい位でそれほどでもないが、美しい白磁色の外観には汚れ一つなく、庭も頻繁に手入れされているのが分かる。
魔導士士官学校の理事長という立場のセリーナが住む家としては地味に思えるが、当の本人が本来はあまり贅沢な生活を好まない性格なので、理事長室の豪華絢爛な雰囲気よりもこっちの方がよっぽど彼女らしい家と言えるだろう。
もう一度地図を確認して、ここで間違いがないことを確認したレイコルトはキィッと門を押し開けると、丁寧に整えらえた庭を横切って玄関の前に辿り着いた。
窓からは照明の光が微かに漏れている。おそらくセリーナがすでに帰ってきているのだろう。
レイコルトは扉をコンコンとノックすると、中からの返事を待たずに中へ入った。
だが、レイコルトは一つ失念していた。
セリーナは昔から大のめんどくさがり屋であり、そんな彼女が庭の手入れなどするはずがないことを‥‥‥。
付け加えるならセリーナの、『結果は後でリヴィアから聞く』という発言。これはつまり、今日中にはレイコルトに会えないということだ。仮にここに帰ってくるならばわざわざリヴィアから聞く必要はなく、レイコルト本人から聞けばよいのだから。
つまり、セリーナが今日家に帰ってくる可能性は非常に低く、今、彼女の家の中にいるのは別の誰かということになる。
普段のレイコルトならばすぐにでもその可能性に至れただろう。
しかし、今日一日慣れないことの連続で疲弊しきったレイコルトの脳は、そういった細かな思考を働かせることを放棄していた。結果、
「師匠、今戻りまし───あ」「え?」
扉を開けた先にいた人物はセリーナ──ではなく、白髪の美少女だった。
肩口で綺麗に整えられた白髪に宝石のアメイジストを彷彿とさせるバイオレット色の瞳。エレナを"綺麗"と表現するならば、目の前の少女はどちらかと言えば"可愛い"という表現がしっくりくる。背丈はエレナよりも少し小さいが、それと相反するように大きく主張する胸部は彼女に蠱惑的な魅力を追加していた。
そして何よりも印象的なのが、彼女の服装がメイド服であることだ。装飾こそ控えめだがフリルがふんだんに施されたスカートの丈は膝下までしかなく、ガーターベルトに覆われた彼女の綺麗な脚を惜しげもなく晒していた。
突然の見知らぬ美少女の登場に思わず固まってしまうレイコルト。
そんなレイコルトの姿を見て、少女もまた凍り付いたように固まったまま動かなくなってしまった。
どれくらいそうしていただろうか。不意に我に返ったように先に口を開いたのはメイド少女だった。
「どちら様ですか?」
鈴を鳴らしたかのような涼やかな声音には、明らかに警戒心が混ざっていた。
「あっ、えっと‥‥‥僕はレイコルトっていうんだけど、ここってセリーナ・フレイムハートさんの家で合ってるかな?」
慌てて自己紹介をするレイコルトは、もしかしたら家を間違えたかもしれないと不安げに尋ねる。
「れいこると様、レイ‥‥‥。なるほど、まったくあの方は‥‥‥」
レイコルトが名前を口にすると、少女は難しい表情を浮かべながら何やら小声でブツブツとつぶやきだす。
やがて何か納得したようにうなずくと、今度は深々と頭を下げながら丁寧にあいさつを返してくれた。
「はい、ここは確かにセリーナ様のご自宅にございます。そしてわたしは、この家でメイドとしてお手伝いをさせて頂いております、シラリア・セルネストと申します。以後お見知りおきを、
「あ、うん、よろしく。っていうかご主人様?」
あまり感情の窺えない平坦な口調での自己紹介と、呼ばれ慣れない呼称に戸惑うレイコルト。
「なるほど、そちらもご存じありませんでしたか。では一度中に入ってから説明いたしますね。見た限り、ご主人様もお疲れのご様子ですから」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
メイド少女──シラリアに促されて入った家の中は、外観と同様に非常に綺麗に保たれていた。
玄関を抜けた先にあるリビングは必要十分なほどに広く、扉を開けた手前にはソファーとローテーブルが置かれ、その目の前には魔力を注ぎ込むことによって起動する大きな暖炉が設置されていた。
さらに奥には調理場と、おそらく食事を取るときに使うであろう椅子とテーブルが置かれている。
部屋を照らす照明は眩しすぎず、かといって暗くもないちょうどよい明るさで室内を落ち着いた雰囲気に仕立て上げていた。
そして現在、レイコルトとシラリアはテーブルを挟んで、お互いに向かい合うような形で椅子に座っていた。
テーブルの上にはシラリアが淹れてくれた紅茶があり、それを上品な仕草で一口飲んだ彼女は、静かに口を開いた。
「まず、先ほどは失礼いたしました。いくら存じ上げなかったとはいえ、ご主人様に対して不躾な態度を取ったことをどうかお許しいただければ幸いです」
「う、うん。別に気にしてないから大丈夫だよ」
深々と頭を下げるシラリアにレイコルトはそう返す。
むしろ家に知らない人物が勝手に入ってきたら警戒するのは当然であり、魔法などで攻撃されなかっただけ彼女に感謝しなければいけない。
そんなことよりも、レイコルトが気になっているのは別の事だった。
「それよりさっきから気になってるんだけど、ご主人様っていうのは?」
そう、シラリアのレイコルトに対する呼称である。
おそらくほぼ同年代である異性、しかも絶世の美少女と言っても過言ではないシラリアから、ご主人様と仰がれるのは何とも背徳的であり、一応健全な思春期男子であるレイコルトには非常に刺激の強いものであった。
だがそんなレイコルトの内心など知る由もないシラリアは起伏の少ない表情で説明を続ける。
「そちらについては、今から説明させていただきます。まず、わたしは三年ほど前からセリーナ様に雇われてこちらに住み込みで働かせてもらっていました。主に料理や掃除など家事全般はわたしが行っておりましたね」
「それは、住み込みの家政婦さんみたいなものってこと? 一人で家事を回すのって大変じゃない?」
「いえ、料理や洗濯はわたしとセリーナ様含めて二人分だけでしたし、お掃除はこまめに行えば手間も最低限に収まります。なにより、わたしは従者の家系出身ですのでそこまで家事は苦ではありませんでしたよ」
まるで、造作もないと言わんばかりに涼しい顔でシラリアはそう言うのだった。
「話を戻しますね。そして三日ほど前にセリーナ様から突如、雇用主の変更を言い渡されました。なんでも、これからは今まで以上に帰宅するのが難しくなるため、代わりに新しく同居することになる方、つまりレイコルト様を新しい雇用主にする、との旨でした」
「つまり僕がセルネストさんの新しい雇用主になるから、呼び方もご主人様になるってことか。‥‥‥‥‥‥えっ? 僕何も聞かされてなかったんだけど‥‥‥?」
シラリアの説明を聞いて思わず目が点になってしまうレイコルト。
普通こういった大切なことは、事前に相談しておくのが筋というものではないのだろうか?
「やはりそうでしたか。それどころか、わたしがこの家に居ることも事前に知らされてなかったのでは?」
「うん、まさにその通りだよ。もしかしてセルネストさんも?」
「えぇ、わたしの場合ご主人様のことはある程度お伺いしておりました。ですが、セリーナ様から聞いていたお名前が、”レイ”だけでしたので、てっきりレイという女性が来るとばかり‥‥‥‥‥‥」
じとっとした目で呟くシラリア。
要するに二人共がセリーナから不完全な情報を渡されており、結果としてレイコルトとシラリアの間には認識の違いがあったのだろう。
そして、これは十中八九いたずら好きなセリーナが意図的に引き起こしたことで間違いない。
「何だろう、僕、今ならセルネストさんの気持ちが手に取るように分かる気がする」
「奇遇ですね。わたしも今、ご主人様と同じことを考えていたところですよ」
どうやらシラリアとは話し合わなければいけないことがまだまだたくさんあるようだ。
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