10話.試験終了、そして少年の懸念

 二人が訓練場に戻った時、既に武術試験は終わっており、後は試験監督らによる結果の集計と発表を待つだけとなっていた。

 

 試験開始時と同様に訓練場の中央に集まった受験生達は試験が終わったことに安堵している者や、結果が思ったように振るわなかったのか、悔しそうに唇を噛んでいる者など三者三様の表情を浮かべながら結果の発表を待っているようだ。


 レイコルトも早足で彼らの中に溶け込むと、妙にソワソワする心を抑えるように深く息を吸い込む。


 セリーナは心配しなくてもあの点数なら落ちることはないとは言っていたが、それでも一抹の不安は付き纏うものだ。


 ちなみにそのセリーナだが訓練場に着くなり、早々に理事長室に帰って行ってしまった。なんでも、今日中に片づけなければならない事務仕事があるようで、結果はリヴィアから聞くそうだ。

 


 しばらくするとリヴィアが訓練場の中央にやって来る。そして──


「これより、アルカネル魔道士士官学校入学試験、推薦入試の部の結果発表を行う。結果はこの魔道具によって空中に投影され、各々の魔法試験と武術試験の点数、そしてその二つを合わせた総合点が表示される。それでは発表する!!」


(いよいよか‥‥‥)


 誰もが食い入るように視線を向けた瞬間、訓練場内を緊張と高揚が入り混じった空気が支配する。やがて、リヴィアが魔道具を起動すると、空中には数字や文字の羅列と共に試験結果が映し出された。








1位・エレナ・ソングレイブ    総合点211点【魔法試験120点 武術試験91点】


2位・フェリクス・マクシミリオン 総合点136点【魔法試験91点  武術試験45点】


3位・レイコルト         総合点120点【魔法試験0点  武術試験120点】





「──よっし!」

 

 結果が表示された瞬間、レイコルトは小さくガッツポーズを取った。

 

 レイコルトとしては合格さえできれば順位は何でもいいとは思っていたのだが、実力者ぞろいの中で三位という高順位は、実際に目の当たりにするとやはり嬉しくなってしまうものである。


 一方、レイコルトとは対照的に、結果に納得がいってないのか先ほどよりもさらに悔しそうな顔をする者や、安堵の表情を浮かべている者など様々だった。

 


「‥‥‥うぅっ‥‥‥くっ‥‥‥‥‥‥、駄目だったか‥‥‥」


「‥‥‥‥‥‥」


 中には地面にうずくまって大粒の涙を流している者や、両膝をついて項垂れる者もいて、レイコルトは一瞬だけ複雑な気持ちになるが、そんな自分を即座に戒める。


 これは試験に臨んだ全員が己の持つ力をすべて出し切った結果なのだ。その健闘を合格した自分が憐れむのは彼らへの冒涜だ。レイコルトは胸中で渦巻いていた感情を押し殺す。


 こうして、訓練場内には様々な感情や思いがひしめき合う形で、アルカネル魔道士士官学校入学試験は幕を閉じるのだった。





 


 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 結果発表の後、特にその場にとどまる理由もなかったレイコルトは、続々と出ていく人たちの流れに適当なタイミングで乗ると訓練場を後にした。


 外に出ると空は既に茜色に染まっており、心地よい風がレイコルトの頬を撫でていく。


 熱気で火照った体を冷やすにはちょうど良い冷たさだ。


「んん~っ! 」


 レイコルトは一度大きく伸びをした途端、無意識の内に結んでいた緊張の糸が途切れたのか、疲れがドッと押し寄せてきた。


(はぁ~、自分では気づかなかったけど、だいぶ疲れてるんだな)

 

 正直、今すぐにでもセリーナの家に向かいたいのだが、この疲労感では真っ直ぐ帰るにしても途中で力尽きてしまいそうだ。


 仕方なくどこか休憩できる場所を探すことにしたレイコルトは、フラフラとした足取りで校内を散策することにした。


 


 ──しばらく士官学校の領内を歩き回ったレイコルトは大通りから少し外れた場所にあるベンチを見つけると、そこに腰を下ろす。

 

 そこいら一帯は石畳の代わりとして人口芝生が敷き詰められており、等間隔に置かれたベンチからは遠くの山に沈んでいく夕日をはっきりと目に捉えることが出来た。

 

 近くには大きな噴水も設置されていることから、ここは生徒に憩いの場を提供するために作られた空間なのかもしれない。


 ようやく体を休めることが出来たレイコルトは、背もたれに体重を預けると徐々に体の力を抜いていく。自然と口からは「ふぅ~」という深いため息が漏れ出る。


 そのまま目を閉じると、今日起きた出来事を少しずつ振り返ることにした。

 

 初めて士官学校を見たときの衝撃、エレナと幻影の壮絶な戦い、自分と幻影の一進一退の攻防、セリーナから聞いた魔王教団ディルヴィアの存在、そして───


(本当にが‥‥‥‥‥‥)


 ──忘れることなど出来るはずもない宿敵。


 ズキリと鈍い痛みが胸の奥で疼くと、レイコルトはベンチのひじ掛けに立てかけていた黒い刀に無意識の内に手を伸ばしていた。


『お前に英雄になることなど出来はしないさ、レイ』

 

「‥‥‥‥‥‥っ」


 レイコルトは眉間のしわをギュッと寄せると脳内に響き渡る声を消し去るようにかぶりを振る。


 (──いや、もうよそう。今はただ休むことだけを考えよう)

 

 自分に言い聞かせるように心の中で呟くと、深く息を吐き心を落ち着かせる。


 しばらくそうしていると、心地よい微風が全身を包み込むような感覚と共に、徐々に意識が遠のいていく。


 慣れない出来事の連続で疲弊しきったレイコルトの体には、睡魔に抗うような力は残されておらず、欲望に身を任せようとした瞬間───









「そんなところで寝たら、風邪ひいちゃうわよ」

 

 子供のイタズラをたしなめるような甘くも凛とした声が、レイコルトの意識を半ば強制的に引き起こした。


 どうやらレイコルトが眠りにおちる寸前で、誰かが声をかけてくれたようだ。


「ん‥‥‥んぅ‥‥‥」  

 

 閉じていた瞼を開けると、そこには夕焼けに染まる空を背景に一人の少女が映り込む。


 光沢のある亜麻色の髪を黒のリボンでポニーテールに纏め、意志の強さを示すかのような赤い瞳を携えた少女───エレナ・ソングレイブは膝を曲げてしゃがみこんだ姿勢からレイコルトを見上げると、その端正な顔に柔らかく温かみのある笑みを浮かべていた。


(っ!?) 


 先ほどまで微睡んでいた意識が一瞬で覚醒するとレイコルトは彼女の美貌に思わず見惚れてしまった。


 この至近距離で見てもシミ一つない乳白色の肌に長いまつ毛、スッと通った鼻筋に、薄い桜色の唇。その一つ一つのパーツが完璧な彫像の様であり、彼女をより一層美しく際立たせている。


 遠目からは何度か見ていたが、間近で改めて見てみてもレイコルトの語彙では到底表現できないほどに、彼女は綺麗だった。


「‥‥‥‥‥‥」


「えーっと、大丈夫? もしかして体調が悪かったりするの?」


 どうやらエレナは自分が呼びかけても反応しないレイコルトを体調が悪いと勘違いしているらしい。


 レイコルトはハッとすると、慌てて口を開く。


「あ、いや、大丈夫です! ちょっとウトウトしちゃっただけで! それよりソングレイブ様こそどうされたんですか?」

 

 今、二人がいるここはメインの通りからは大きく外れた場所であり、たまたま通りかかるということはあり得ない。それなら、エレナがわざわざここに来た理由は何なのか。

 

 レイコルトの疑問に答えるかのように、エレナは微笑みながら口を開いた。


「実は貴方を探してたの」


「僕を、ですか? でもどうして?」


「うーん、話すのは別にいいんだけど、歩きながらでもいいかしら? ほら、日も暮れてきてるし?」


 首をかしげるレイコルトに対してエレナは立ち上がってズボンの裾を払うと歩き出した


 エレナの言う通り、周囲はすっかり夜の帳が下り初めており、空は深い群青色に変化していた。

 

 レイコルトも慌ててベンチから立ち上がると、そのままエレナの後ろについていくように歩き出す。


 やがてメインの通りに戻ってきたレイコルトは、先ほどと同じ質問をエレナに投げかけた。


「それで、僕を探してた理由って何ですか。ソングレイブ、様?」


「エレナでいいわよ。それに敬語だっていらない。ここ士官学校に入学すれば身分なんて関係ないんだし、それになにより──」


 前を歩いていたエレナは、振り向いてレイコルトの隣まで戻ってくると、


「──同じ学校に通う仲間でしょ!」


 花が咲いたような満面の笑みを浮かべるエレナに、レイコルトは一瞬ドキリとしてしまう。なんとか平静を装うとレイコルトは「分かったよ、じゃあエレナ」と小さく笑い返す。

 

 その返事に満足したのか、エレナは再び笑顔を見せると今度は横並びで歩き始める。


「そういえば、私があなたを探してた理由だけど、単純に同じ剣士として話してみたかったの」


「えっ? 剣士ってことはエレナは刀を主体に戦うの?」


 レイコルトはエレナの腰に吊り下げられた刀へと視線を向ける。


「えぇ、確かに魔法優位の思想が根強いアルカネルでは珍しいかもしれないけどね。私、こう見えて結構強いのよ?」


「そうだったんだ。てっきり全属性持ちゼータのエレナのことだから、魔法が主体で刀の方が副装備サブウェポンだと思ってたよ」


 世界には魔法と武術を組み合わせた戦闘スタイルの使い手が何人かいるらしく、エレナもそのうちの一人だと思っての発言だったのだが──


「‥‥‥‥‥‥」


「‥‥‥エレナ?」


 途端、隣を歩くエレナからの反応がないことに違和感を覚えたレイコルトは不思議そうに顔を覗き込む。


 そこには、眉間にしわを寄せ目元には影を差したエレナの姿があった。


 それは奇しくも、彼女の魔法試験が始まる前に一瞬だけ見せたものと全く同じであり、レイコルトは反射的に体を強張らせてしまう。


(‥‥‥何か、気に障ることでも言っちゃったかな?)

 

 しかしそれは一瞬の出来事でありすぐに元の柔らかい表情に戻ると、エレナは「ごめんなさい、少し考え事をしてて」と苦笑する。


「そっか‥‥‥」


 そんなエレナの様子を見たレイコルトも困惑気味に微笑むとその話は半ば強制的に打ち切られた。


 その後は互いの剣術に対する見解や、おすすめの指南書など普段では滅多にできない会話に花を咲かせた二人は気が付くと士官学校の正門前まで来ていた。


「いやー、やっぱり好きなことについて語れるって楽しいわね!」


「そうだね、僕も久しぶりに誰かと剣術について話せて良かったよ」


 ここまで話してて分かったのは、エレナは相当な剣術好きだということだ。古今東西のあらゆる剣術を網羅しているようで、彼女の知識の中にはレイコルトが知らないものも多くあった。


 レイコルト自身も修業時代は、数えきれないほどの流派や技の型を覚えさせられたが、彼女はその比ではなかった。


「うーん、もっと話したかったんだけどなぁ~。好きなことについて話してるとつい時間が経つのを忘れちゃうわね」


 残念そうに言うエレナの自宅は、これからレイコルトが向かうセリーナの家とは真反対らしく、ここでお別れとなった。


「次に会うのは入学式の時ね。もし、同じクラスになったらよろしくね、レイコルト」


「うん、こちらこそよろしくエレナ。それと、呼び方はレイでいいよ。親しい人は皆そう呼んでくれるから」


「そうなの? じゃぁ遠慮なくそう呼ばせてもらうわね、レイ」


 その後、一度握手を交わした二人は、それぞれの帰路につくのだった。

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