7話.決着、そして戦術《シナリオ》

(よかった、


 一体目の幻影を刹那の間に切り伏せたレイコルトは、内心そう呟きながら右手に握っている刀を見つめる。


 少々特殊な性質をもつこの刀では、幻影にダメージを与えられるか心配だったが───


(これなら問題ないな‥‥‥)

 

 そう確信したレイコルトは、現れた二体目の幻影に目にもとまらぬ速さで接近すると、またもや一刀のもとに首を切り落とした。

 

 ここまで試験開始から僅か十秒ほどしか経過しておらず、今のところは順調といえるだろう。


(師匠が提示した指定討伐数まであと13体か‥‥‥)


 レイコルトの予測では15体目を討伐するためにおよそ一分ほど時間を要する。そこまでの戦略を脳内で即座に組み立てたレイコルトは、出現した三体目に向かって刃をふるうのだった。










 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


「お、おい、なんなんだよ、あいつは‥‥‥?」

 

 レイコルトの武術試験が始まっておよそ三分。その試験の様子を観戦していた受験生たちの内の一人が思わずといったようにそうこぼす。

 

 なにせ目の前では同年代と比べても小柄と言える少年が、自分の何倍も大きな体格を持つ魔物と互角以上に戦っているのだ。驚くなという方が無理な話だろう。


 現在、レイコルトが戦っている幻影は既に14体目に差し掛かっており、一体目の時と比べてパワーやスピードは桁違いに跳ね上がっていた。そんな幻影の体や能力に大きな変化が現れたのは、レイコルトの読み通り五体目と十体目の時だ。

 

 五体目にはレイコルトの速さに追いつけるようになり、それまでの高速で接近し、一撃で仕留めるという戦略は使えなくなった。


 十体目にはこれまでの交戦でレイコルトは頭上からの攻撃には僅かに対応が遅れることを学んだのか、上からの攻撃が行いやすいように体格がおよそ二倍にまで巨大化していた。


 加えて、今戦っているオークの幻影は14体目ということもあってか、かなり深くまでレイコルトの戦い方バトルスタイルを学習しており、レイコルトはなかなか決定打を見い出せないでいた。


 だがそれは幻影も同じであり、レイコルトのバックステップによる射程圏外への退避、攻撃の瞬間を抑えることで威力を相殺させるといったような神業的な攻防がいくつも繰り返され、戦況は硬直していた。


 が───


 そんな硬直を先に切り裂いたのはレイコルトの方だった。


「──っ!!」


 今までオークの幻影からの攻撃を紙一重で躱していたレイコルトが、背後を取るような動きで右側に大きく回り込んだのだ。


「グォッ!!」


 それを逃すまいと不十分な体勢で放たれた追撃の拳はレイコルトによって回避───ではなく、その黒刀によって


 威力を後方に流すための絶妙な刃の角度、拳を受けるタイミング、そして僅かな隙を見逃さない観察眼と激しい攻防の中で実行する度胸。


 それら全てが嚙み合わなければ自分が大ダメージを受けかねない絶技を魅せたレイコルトは、すれ違いざまに横腹へ斬撃を切りつけると反撃に移る。


「ハァァァァッ!!」


 全身が屈強な筋肉に覆われているオークといえども関節部位は脆いはずだと狙いをつけていたレイコルトは、烈火の如き気迫と共に一撃、二撃目と目にもとまらぬ速さで斬撃を撃ち込んでいく。


「グオオォォォオオッー!?」


 十数撃にも渡る乱撃の末、脚の関節部位が砕けたのかその巨体を支えることが出来なくなり、オークは粉塵を巻き上げながらその場に倒れこんだ。 



 そして──

 

 


 ズシャッ!


 

 その隙を見逃すはずもなく、黒刀を両手持ちに切り替えたレイコルトは加速の勢いと全体重を乗せた斬撃をオークの首に打ち込む。


 鈍い音と共に首を落とされた幻影は、光の粒子となって消滅していった。


「ふぅー、これで残り一体か‥‥‥」


 誰にも聞こえないような小さな声で呟いたレイコルトは、額にじんわりと浮かんだ汗を服の袖で拭う。


 試験終了まで残り一分と三十秒ほど。比較的順調に見えるがレイコルトには少し不安に思うことがあった。それは──


(思っていたよりも、幻影の強化スピードが速いな)


 ──そう、幻影の強化速度が想定を大きく上回っていたのだ。


 レイコルトは試験開始前の段階で、何体目がどれほどの強さを持っているかをエレナやフェリクスの試験からある程度予想を立てていたのだが、どうやら強化幅や速度は一律ではないらしい。

 

(今戦った幻影も割とギリギリだったし。次の15体目となると‥‥‥時間が足りるか?)


 僅かに不穏な予想が脳裏をよぎるレイコルトだったが即座に気持ちを切り替えると、目標である15体目に備えて黒刀を納刀し、抜刀術の構えを取る。


 次の瞬間──


 訓練場の地面に大きな魔法陣が描かれたかと思うと同時にひと際強い光を放ちだした。


 これは幻影が出現する際のエフェクトなのだが、発生した魔法陣の大きさも、光量も今までのものとは明らかに質が違う。


 あまりの眩しさに一瞬目をつむるレイコルトだったが、薄目でぼんやりとした視界の中、現れた幻影を見逃すまいと注意深く観察すると──


 










 ズンッッ!!


 

 



 



「「‥‥‥ッ!?」」

 



 ──その場にいる受験者達ギャラリーが自身の目に映るものを疑った。



 地鳴りかと錯覚するほどの足音を踏み鳴らしながら現れたのは間違いなく十五体目の幻影なのだが、エレナの時と同様に身体には大きな変化が見受けられた。


 身長はおよそ五メートル。両腕は成人男性二人分ほどに太く、元から特徴的であった口元の牙も禍々しいほど大きくなっている。その姿から発せられる威圧感は、精鋭揃いの王国騎士団すら足がすくんでしまうのではないかと思わせるほどである。


 ──が、


 受験者達ギャラリーが真の意味で自身の目を疑ったのはその巨体ではない。ましてや鋭利な牙でもなければ、その身から放たれる威圧感ですらない。 


 オーク特有の黒土色の皮膚を覆い、訓練場内に設置されている光源からの光を受け、燦然と銀光りしているそれの正体は──、








「「‥‥‥‥‥‥甲冑かっちゅう!?」」



 訓練場内に戦慄と動揺が入り混じった声が響き渡る。


 そう、オークの幻影が身に纏っていたのは紛れもなく甲冑だった。幻影がその巨体を動かすたびに、ガシャン、ガシャンと鳴り響く音は、その堅牢さを如実に表していた。

 

 しかも、顔面以外の全てを隙間なく覆ったフルプレートアーマー式な為、弱点である首を狙うにはまず、強固な鋼鉄を突破する必要があり、武器が刀のみであるレイコルトにとっては至難の業だ。


「‥‥‥」

 

 そんな甲冑をどうやって突破するか、レイコルトはあくまで冷静に思案していると───、

 

 それを隙と捉えたのか甲冑姿の幻影が砂埃を巻き上げながら一直線に突進してきた。


「‥‥‥ッ!? 速い──!?」


 全身に甲冑を装備しているとは思えないほどの速さで肉薄してきた幻影に対して、レイコルトは咄嗟に地面に転がり込む形で回避する。

 

 その後、即座に起き上がったレイコルトは、疾風の如き速さで幻影に接近すると、比較的防御が薄いであろう間接部位に一撃を叩き込む。

 

 ──が、 


 ガキンッ!!


「くっ‥‥‥‥!?」


 速度と体重を乗せた渾身の一撃は、幻影の膝を覆うプレートを僅かに歪ませるにとどまり、本体にまでダメージを通すことは出来なかった。


 あまりの強度に目を見開くレイコルトへ向かって、幻影はお返しと言わんばかりに丸太のような巨腕を振り下ろす。


 


 ズガァァァアアァァァンッ!!


 


 大地を割らんばかり攻撃は後方に跳躍することで回避するも、拳が地面にぶつかった衝撃で砂が空中に舞い上がり、レイコルトの視界を奪う。


(この視界の悪さじゃが悪いか──!)

 

 この砂埃の中では人よりも嗅覚が鋭いオークの方が有利と判断し、できるだけ遠くに離れた場所に着地する。


 数秒後───砂煙を突き抜けて放たれた幻影の拳を半身で躱すと、回転切りの要領で黒刀を先程攻撃した脚とは反対の膝に切りつける。


 ギィィィィンッ!!


 しかし、結果は変わらず本体にまでダメージが通った感覚がまるでない。

 

 

 ここまでの二度にわたる攻防。

 

 それだけでレイコルトに有効打がないと悟った幻影は、自らの勝利を確信したように口元に下卑た笑みを浮かべる。討伐されるごとに相手を学習する幻影は、そんな人間らしさまで学ぶのだろうか。 


 そんなオークの幻影と相対しているレイコルトだが、二度の攻撃を防がれてもなお表情に変化は見られず、冷静に敵の様子を窺っている。

 

 そんな正反対の表情を浮かべる両者だったが、先ほどの攻防で不用意な攻撃はかえって危険だと判断したのか、一定の間合いを保った状態でにらみ合いが続いていた。


 彼我の距離はおよそ十メートル。互いの息遣いが明瞭に聞こえるほどの沈黙。


 どちらが先にこの沈黙を破るのか、誰もが固唾を飲んで見守る中、先に動き出したのは幻影の方だった。


 一足で懐に潜り込むためにレイコルトが重心を僅かに前方に傾けたその刹那──幻影が弾かれたように動き出す。


「ッ‥‥‥!?」 

 

 離れていた距離が、瞬く間に消滅すると固い甲冑に覆われた拳をレイコルトめがけて突き出す。


 攻撃の瞬間を抑えるようなその動きはまさしく、これまでの試験でレイコルトが何度も魅せた防御術の応用であり、既に重心が前に偏っているレイコルトにこの攻撃を回避する術はない。


 それを瞬時に悟ったレイコルトは神経が焼ききれんばかりの速さでできる限りのの防御態勢を取った。


 刀を自分と相手の拳の間に水平に滑り込ませると刀の刃部分で攻撃を受け止める。


 ギャリィリィィィィイィィイィ!!

 

 その瞬間、凄まじい金属音と共に鋭い火花が眼前で散り、腕には電流で貫かれたかのような衝撃が走る。

  

「ぐ‥‥‥ッ!?」


 いくら直撃を避けたとはいえ、その威力の全てを受け止められるはずもなく、苦悶の声を上げながらレイコルトは後方十数メートにもわたって弾き飛ばされる。


 対して、この駆け引きに勝利した幻影は自らの勝利を更なる完全なものとするために、訓練場の大地を踏みしめ──突貫する。


 目指すは宿敵レイコルトが落下してくる地点。そこで成すすべなく落ちてきたレイコルトへ渾身の一撃を叩き込めば完全な勝利で幕を引くことになる。


 そう確信した幻影はいまだに吹き飛ばされて空中を漂っている宿敵レイコルトを追い抜くと、落下地点でした、その瞬間──













「グオオォォォオオォォォオオオー!?」


 幻影は断末魔のような咆哮を上げると、まるで糸が切れた操り人形のようにうつ伏せに倒れこんだ。 

  

「「!?」」 


 つい先ほどまでレイコルトの攻撃など意にも返していなかった幻影が突如として倒れこみ、悶えている。そんな不可解な現象に対して受験生達ギャラリーの間で困惑が広がる中、空気を切り裂くような裂帛れっぱくの気合が訓練場内に響き渡った。


「ハァァァァァァァァァァァァッ!!!」


 ───レイコルトだ。



 オークの幻影に吹き飛ばされた後、空中で体勢を立て直したレイコルトは落下地点先でうつ伏せに倒れている幻影の首元をめがけて逆手に握った刀を突き刺す。


(これならいける!!)

 

 吹き飛ばされた衝撃、落下による重力加速、そしてレイコルトの全体重を切っ先の一点に集めた突きは、弱点である首のちょうど真上──フェイスプレートとボディーアーマーのつなぎ目を一寸の狂いもなく突き刺した。


 ピシッ!!


 そんな音とともに鋼鉄の甲冑にひびが入れると、それは幾億もの針のように広がり、崩壊。遂にレイコルトの刃を弱点である首へと届かせた。



 グオオォォォオオォォォオオオッッッ‥‥‥‥‥‥

 

 

 幻影はその断末魔を訓練場内に響き渡せながらも光の粒子へと還っていく。それとほぼ同刻で試験終了を知らせる合図がなるのだった。

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