6話.信頼、そして少年の試験

今日はもう1話更新します。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「久しぶりだね、


「えぇ、お久しぶりです。


「五年ぶりかな。元気だったかい?」


「おかげさまで」


「そうか‥‥‥‥‥‥、それはよかった」


 セリーナは聞きたい言葉が聞けて安堵したのか、柔らかな笑みを浮かべる。


 二人の間に多くの言葉はなく淡々とした会話が続いていたが、頃合いを測っていたのかリヴィアが二人の会話に割って入る。


「あの‥‥‥、理事長?  そろそろよろしいですか?」


「ん? 何かなリヴィア? 今私は愛弟子との感動的な再開を──」


「私が聞きたいのはそこです!」


 セリーナの言葉をピシャリ、と遮ったリヴィアは視線を鋭くさせると続ける。


「あなたが彼に推薦状を出したことは理解わかりました。それなら、わざわざ確認する必要がないことも承知しています。ですが、あなた方に師弟関係があるのならば、別の問題があります」


 リヴィアはそこで一度言葉を区切ると、バツが悪そうにセリーナから視線を逸らす。

 

 その様子からリヴィアが言いたいことを察したのか、セリーナもどこか申し訳なさそうに苦笑すると先んじて口を開いた。


「君の言いたいことは分かるよ。ズバリ、師匠である私が弟子のレイに対して忖度そんたくを働いている可能性がある、ってことだよね? 」


「えぇ。あなたとはそこそこ長い付き合いですので、そういった類のことはしないと理解していますが‥‥‥」


「ここにいる他の人たちだよねぇ~」


 セリーナは受験生達の方へ視線を向ける。

 

 突然、国の英雄とまで呼ばれているセリーナに視線を投げられ、顔が強張る彼らだったが、依然としてレイコルトへの疑惑は向けられたままのようだ。


(まぁ、しょうがないよね‥‥‥)

 

 顔は固定したまま視線だけを他の受験生に向けて様子を確認したレイコルトは内心ため息をつく。

 

 いくら学園のトップであるセリーナが推薦したといっても、両者の間に近い関係性があれば身内贔屓ひいきを疑うのは、ある種当然と言える。


 ましてや、その推薦相手は魔法が使えず、固有能力スキルも持たない忌み子フォールンなのだ。疑うなという方が無理な話であろう。


「まぁ、彼らの反応も理解できなくはないけど、こればかりは信じてもらうしかないかなぁ」


「信じてもらうって‥‥‥、具体的にはどうするおつもりですか?」


 リヴィアが尋ねるとセリーナは顎に手を当て、う~んと小さく唸る。やがて何か思いついたのかポンッと手を打つと──


「じゃぁこうしよう! レイには今から行う武術試験で私たちが指定する数だけ幻影を倒してもらう。もし指定した数を倒しきれなかったら、その時点で入学試験は失格っていうのはどうかな?」


 ──とんでもない提案をしてきたのだった。


「ちょ、ちょっと待ってください師匠!! 何サラッととんでもないことを言ってくれてるんですか!?」


 流石にこの提案は予想外だったのか、先ほどまで静かに事の成り行きを見ていたレイコルトも血相を変えて抗議の声を上げる。が、


「あっ、ちなみにレイが入学試験で失格になったら私も理事長を辞任するから。いやぁ~私のためにも頑張ってね?」


「「はぁ??」」


 ──話を聞くどころか、さらなる爆弾発言を投下した。


「いやいや、それぐらい当然でしょ? レイを推薦した当人としてしっかり責任は取るよ」


「だとしても理事長、流石にそれはやりすぎです!! 第一そんなに簡単に辞められるわけがないでしょう!!」


「そうです師匠!! 別にあなたがそこまで責任を負う必要は──」







「あるよ」





「っッ!?」

 


 今までの飄々とした態度から一変。たった一言で目の前に存在する生物すべてを平伏させてしまうような重々しい声音に、レイコルトは喉まで出かかった言葉を押しとどめる。


 それと同時に、何故彼女がそこまでのリスクを負う必要があるのかを理解してしまった。


 自分が──レイコルトという人間が忌み子フォールンだからだ。魔法の使えない者が魔導士士官学校に入学する。そんな矛盾とも言えることを成し遂げるにはそれほどのリスクを背負う必要がある。


 否、そうしなければ、仮に入学できたとしてもレイコルトへの不信感は消えないどころか、さらに増す可能性がある。そうなれば、レイコルトは確実に学園での居場所を失くしてしまうだろう。

 

 だが、セリーナが自らの地位を天秤にかけてまで推薦したと学校中に流布されれば、多少はレイコルトへの不信感を抑えることができるかもしれないという、彼女なりの優しさだった。


(全くこの人は、本当に‥‥‥)


 レイコルトは自身の師匠であり、育ての親でもある彼女の不器用な優しさに口角をニヤリと上げると───


(師匠がそこまでのリスクを背負うと言ったのなら、それに応えるのが弟子の役目だろう? レイコルト!!)

 

 自らの心をふるわすように自身に問いかけたレイコルトは、一度深く息を吸うとまっすぐにセリーナを見据える。

 

 先ほど見せた威圧感は既に噓のように霧散しており、レイコルトからの視線を真っ向から受け止めていた。


「覚悟は決まったようだね?」


「えぇ、今日一日だけで何度目かも分かりませんが‥‥‥」


 セリーナの問いに対してレイコルトは自嘲気味に答える。


 そのやり取りを見ていたリヴィアは、諦めたかのようにため息をつくと、最後の確認を取るかのように口を開く。


「はぁ、どうせここで私が何かを言っても無駄そうですね。では、彼への指定討伐数は何体にしますか? 理事長?」


「ん~、逆にリヴィアはどれくらいがいいと思う?」


「考えていなかったんですね‥‥‥。そうですね、武術試験のボーダーラインが五体でしたので、その倍の十体でどうですか?」


リヴィアの提案にセリーナは、う~ん、と唸りながらも数秒考えるそぶりを見せると,、そっと口を開く。


「‥‥‥いや、15体にしよう」


 そう言い放ったセリーナの顔は、まるでイタズラを思いついた子供のように無邪気なものだった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ 


(15体、か‥‥‥)


 セリーナから提示された指定討伐数を脳内で反芻はんすうさせながら、レイコルトは一人思考を巡らせる。

 

(ソングレイブさんの試験から察するに幻影は五体ごとに、肉体や武器、思考や能力に大きな強化が施されている。そして、その強化は受験者との戦いを通じて学習した戦闘スタイルや能力を徹敵的に対策するようになっているはず。それなら‥‥‥)


 レイコルトはそこまで思考をまとめると試験監督であるリヴィアにちらりと視線を送る。


 それでレイコルトの準備が整ったことを察したのか、リヴィアは訓練場全体に行き渡る程の声量で宣言する。


「これより受験者レイコルトの武術試験を執り行う。なお、この試験のみ理事長セリーナ・フレイムハートの名のもとに特殊ルールを設けることとする。試験者は幻影を15体討伐できなかった場合、試験の点数に関係なく不合格となり、理事長セリーナ・フレイムハートは辞任することになる。両者とも、よろしいですね?」


「はいっ」


「うん、問題ないよ~」


「では、試験者は武器を構えろ」


 リヴィアの指示を受けたレイコルトは腰に吊り下げられている漆黒の鞘から刀を抜く──のではなく、納刀された状態で鞘と同色の柄を右手で軽く握る。さらに右足を前、左足を後ろの半身に構え、重心はズシリと低く保つ。いわゆる抜刀術の構えだ。


 リヴィアの怪訝そうな顔を尻目に、レイコルトは魔法陣と共に現れた幻影を鋭い目で見据える。


 がっしりとした筋肉質の肉体を黒土色の皮膚で覆い、口元には鋭利な歯をキラリと覗かせている。いわゆるオークと呼ばれている魔物の幻影だった。


 体格が大きいぶんスピードはそこまで早くないが、その腕力から繰り出される拳は強固な岩を一撃で粉砕するほどである。

  

 討伐対象が現れたことでレイコルトの中の戦闘本能にギアが入ったのか、徐々に感覚が研ぎ澄まされていくのが分かる。


 試験の様子を見ようと集まってきていた受験者ギャラリーたちのザワザワとした声は既にシャットダウンされ、視界にはオークのみが映りこむ。


「では、試験開始!!」


 リヴィアが試験の開始を告げた──刹那。


 




 ゴトッ!!と何か重たいものが地面にぶつかる音が木霊こだました。


 訓練場内は一瞬、水を打ったかのように静まり返り、誰もがその鈍い音の原因を探そうとするが、それ自体はすぐに判明する。


 ────オークの首が地面に落ちているのだ。


 一秒にも満たない間にオークに接近し、弱点部位である首を正確に切断した。  

 

 そのことを認識した受験者やリヴィアの視線は必然的に、それを成し遂げた少年──レイコルトに集まる。 


 視線の的であるレイコルトは、漆黒の刀身部分を露わにした刀を振りぬいた姿勢から静かに立ち上がると、光の粒子となって消滅していくオークを見つめている。


 その後は完全に消滅したことを確認すると、二体目に備えて、先ほどまでオークがいた場所から少し距離を取った。




「理事長! 彼は一体‥‥‥!?」


 リヴィアは慌てた様子でセリーナに問いかける。今現在、目の前で繰り広げられた光景にリヴィアの脳みそは処理が追い付いていなかった。

 

「リヴィア、この試験はよく見ておくんだ。きっと、レイはこの学校‥‥‥いや、この国にとって必要不可欠な存在になるはずだよ」


 セリーナはリヴィアの問いには答えず、ただそれだけを伝える。


「‥‥‥‥‥‥」


 押し黙ることで肯定の意を示したリヴィアの視線の先では、魔法陣から出現した二体目のオークと相対あいたいしているレイコルトの姿があった。

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