8話.解説、そして力の片鱗
試験終了の合図が訓練場内に鳴り響く中、レイコルトは刀を鞘に戻しながら安堵の念に包まれていた。
セリーナが提示した指定討伐数の15体。それ以上を討伐することは叶わなかったが、これでセリーナが理事長の座を退くこともなく、レイコルトの入学試験も即失格となることは避けられたのだ。それだけでも十分だろう。
激しい戦闘直後の
「「‥‥‥‥‥‥」」
するとそこには、何が起きたのか分からないといった様子で、呆然とレイコルトを見ている大勢の受験生達がいた。
(な、なんだろう。すごく気まずい‥‥‥)
試験開始前の悪意に満ちた視線とは別種の、言うなれば物見小屋の珍動物を見るような、あるいは商人が値踏みする時の様な、そういった類の視線だ。
憎悪や侮蔑の視線に比べれば何倍もましなのだが、居心地が悪いことに変わりはない。
早く自分の点数を聞いて集団の中に戻ろうと、試験監督であるリヴィアの元に向かう。ちなみにセリーナはいつの間にかこの場から消えていた。
「えっと、リヴィア教官。僕の点数教えてもらってもいいですか?」
実技試験の点数は、一体目を倒せば一点、二体目を倒せば二点という風に非常にシンプルな加点方法なので、自分で計算しようと思えばできるのだが、念には念をだ。
「あ、あぁ、すまない、少し呆けていた。討伐数が15ということは、合計点数は120点だな」
普段から凛としている印象のある彼女にしては珍しい反応だな、と思いながらも自分の点数が間違っていなかったことに胸を撫で下ろす。
「しかし、まさか本当に理事長の提示した条件をクリアしてしまうとはな。君といい、ソングレイブ家の令嬢といい、今年は規格外な受験生ばかりだ」
純粋な賞賛と少々の呆れが混ざったような視線を向けるリヴィアに対して、レイコルトは引きつった笑みを浮かべて返すと、多少強引に話を切り替える。
「そ、そういえば少しボーっとしてたって言ってましたけど、何かあったんですか?」
試験とは一切関係ない話だが、少しでもこの居心地の悪さを払拭しようと、気になっていたことを聞いてみる。
するとリヴィアは一瞬渋い顔をして見せると、はぁぁ、とため息をついた。
(あっ、会話の選択肢、間違えたかも‥‥‥)
誰がどう見ても話したくないことが分かるその態度に、速攻でこの会話の内容を選んだ自分を呪うレイコルト。
「あ、その、すみません。こちらこそ不躾な質問をしてしまって‥‥‥」
慌てて謝罪を述べるレイコルトに対して、リヴィアは
「いや、私こそ大人げない態度をとってしまったな。すまない。なにせ、考え事の種は君だったものでな」
「僕、ですか‥‥‥?」
「あぁ、今の試験。君は最後、一体何をしたんだ?」
「あ、あぁ、そういうことですか」
てっきり、
だが確かに、あの現象を
(まぁ、隠すことでも無いしいいか)
少し考えた末にレイコルトは、素直に幻影を倒した方法を話すことにした。
「まず、結論から言うと幻影が突然倒れこんだ理由───それは両脚の骨折と筋肉の断絶です」
「骨折と筋肉の断絶だと?」
「はい」
肯定の意を示したレイコルトに向かってリヴィアはさらに疑問を投げかける。
「だが、君の攻撃は全て甲冑によって防がれていたはずだ。まさか、実はダメージが通っていました、というわけでもないだろう?」
「えぇ、だから僕の攻撃はあくまで骨折や肉の断絶を誘発させ易くするためのものでしかありませんでした」
「‥‥‥つまり君の攻撃とは別に、もっと根本的な理由があるということだな」
「そうです。それが───」
「急加速と急停止を行った際に伴う脚部への
リヴィアの問いに対してレイコルトが答えようとした瞬間、まるでそれを遮るように現れたのは、
「師匠!?」「理事長!?」
「やぁ、レイ、試験お疲れ様~。リヴィアも、試験監督としてありがとね」
武術試験が始まる前と同様に、突如として現れたセリーナは緊張感あふれるこの場には到底似つかわない飄々とした態度で二人にねぎらいの言葉をかけると、レイコルトにとって代わるように説明を続ける。
「リヴィアも知ってると思うけど、私たちのような二足歩行の生物が急に加速をしたり、反対に急停止を行う時は脚部──特に膝にはとんでもない負荷がかかっている。レイはそれを利用したんだよ」
「? しかし、それだけでは不十分ではありませんか? 人体の構造上起こりうるものだとしても、それを引き起こすほどの衝撃を脚に与えるのはかなり難しいはずです」
リヴィアの指摘通りセリーナの言ったことは理論上起こりうるというだけで、現実的に可能かどうかは別問題である。
ましてや相手は強化された幻影だ。そう簡単に骨が折れたり、筋繊維が断裂したりするようなことはないだろう。
「確かにそうだね。でも、あの幻影は甲冑を着けて重量が増してるから、その分だけ余計な負担がかかってしまう。加えてレイの攻撃によってプレートが歪み、膝部分の可動が極端に制限されてた。そんな状態でなお、急加速や急停止なんて行えば──どうなると思う?」
「それは──」
とリヴィアは思わず息を呑む。
それはいわば、重しを背負い膝を伸ばし切った状態で全力疾走と急ブレーキを繰り返すようなものだ。そんなもの、いくら強化された肉体とはいえ何度も耐えられるものではない。
「体への負荷はその者の体積に比例するからね。当然、五メートル級の巨体ともなれば、膝にかかる負担は何百トンにもなる。レイはそこに目を付けた、というか──」
そこで一度言葉を区切ったセリーナは、瞳奥を覗き込むようにレイコルトを見つめると、ニヤリと口角を上げた。
「
そう、レイコルトは幻影が相手に合わせて強化されていくという性質を見抜いた時点であの結末をある程度想定していた。
通常のオークではありえないほどの速さを身に着けさせたのも、意図的に上からの攻撃に対して対応を遅らせることで体格を巨大化させたのも、レイコルトの
全ては15体目で先ほどセリーナが説明してくれたように
流石に甲冑を纏ってくることは想定外だったが、それすらも戦略の一部に組み込み、即座に組立て直す思考力。そしてそれを土壇場な状況で実行する胆力はまさに圧巻の一言。
蜘蛛の糸のように何十重にも張り巡らされたレイコルトの計略に、リヴィアはただただ言葉を失うしかなかった。
「まさかそこまで考えていたとは‥‥‥‥」
「まぁ、これくらいは出来て当たり前だよ。なにせレイは私の一番弟子だからね!」
誇らしげに胸を張るセリーナを見て、レイコルトは苦笑いを浮かべる。
(というか、師匠も大概なんだよなぁ)
レイコルトの戦略をいとも簡単に見抜き、なおかつそれを第三者に説明できるほど完璧に把握しているセリーナの洞察力。
おそらく、セリーナの頭の中にはレイコルトが考えもしなかったような数多の戦術が詰まっているのだろう。
「なるほど、そういうことだったんですね‥‥‥。丁寧に説明していただきありがとうございます、理事長」
そうお礼を言うと、リヴィアはセリーナに対して深々と頭を下げる。
そして今度はレイコルトと向き合うと、真っすぐな瞳を向けてきた。
「君も、試験が終わった直後で疲れていただろうに、わざわざ付き合ってもらってすまなかったな」
「い、いえ、僕の方こそ貴重な時間を取らせてもらってありがとうございました」
突然感謝を述べられたことで、多少しどろもどろになりながらもレイコルトもお礼の言葉を口にする。
「では理事長、私は試験監督の仕事がありますので、これで‥‥‥‥‥‥」
「あっ、最後にもう一個お願いがあるんだけど、ちょ~っとだけレイのこと借りてもいい? 二人で話したいことがあるんだけど」
「えぇ、良いですよ。彼はもう試験は終わってますし、全員の試験が終わるまででしたら問題ありません」
それだけを言い残すと、リヴィアは自分の仕事に戻っていく。
そんな彼女の背中を見届けると、レイコルトはセリーナに問いかける。
「──で、話したい事って何ですか、師匠?」
「うーん、その前にちょっと場所を変えようか。ここじゃ人も多いし」
セリーナがそう呟いた途端、レイコルトの肩をガッ!、と掴み、瞳を覗き込むと力ある言葉を発する。
「『
直後、二人の体は白い光に包まれたかと思うと、一瞬の浮遊感と共に全く別の空間へと転移されるのだった。
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