3話.名前、そして少女の試験

 リヴィアの宣言後、まず行われたのは受験生たちの組み分けだった。


 二十人もの受験生を一人ずつ見ていくのは非常に効率が悪いということで、一人の試験官につき五人の受験生が付く形で組が分けられている。


 組み分けはあらかじめ決められているようで、一人ひとり名前が呼ばれると、どの試験官の組に入るのかリヴィアが指示を飛ばしている途中であった。


 次々と名前を呼ばれていく中、レイコルトは自分の名前が呼ばれるのを静かに待っていると──


「次、エレナ・ソングレイブ!」


 リヴィアがその名前を読み上げた途端、周りの受験生たちがざわめき始めた。


「エレナって、あのソングレイブ家の!?」


「へぇー、あれが噂の‥‥‥」


「確か、今年の合格者候補の筆頭じゃなかったか?」


 ヒソヒソと会話する受験生たちを視界の端に、当の本人であるエレナは特段気にする様子もなく「はい」と静かに答えると、その美しい亜麻色の髪を揺らしながらリヴィアの前まで歩いていく。


 その歩き方や立ち振る舞いから感じられる品の良さは、さすが貴族といったところだろう。加えて彼女元来の美貌も相まって、そこにはまるで一枚の幻想画のような光景が広がっていた。


(あ、あの子は‥‥‥?!)


 皆がエレナに興味や羨望の視線を向ける中、レイコルトはただ一人違う反応を示していた。


 なにせ、レイコルトはその少女に見覚えがあったからだ。それもつい先ほどのことである。


(え?? 僕ずっと貴族のご令嬢を凝視し続けていたの? 何の遠慮もなく? しかも、周りの反応を見る限り、かなりの有名人を‥‥‥?)


 つい先ほどの自分の言動を思い返し、レイコルトは内心頭を抱えていた。


(ああああ、どうしよう‥‥‥。これはもう不敬罪で投獄されても文句は言えないレベルだよ‥‥‥)


 そんな考えが頭の中をぐるぐる回り、背中に冷たい汗を感じたレイコルトは、近くにいた男子受験生ににエレナの性格など聞いてみることにした。


「あ、あの~」


「ん‥‥‥? なんか俺に用か?」


「あ、はい。実は今呼ばれた人について聞きたいんですけど‥‥‥、ソングレイブ様ってどんな方なんですか?」


「どんなって、それはまた随分と抽象的だな。うーん、そうだな‥‥‥、エレナ様は由緒正しい貴族の家系なんだが、俺らみたいな庶民にも分け隔てなく接してくれる優しいお方だよ。加えてあの美貌だろ? アルカネルでは結構有名な方なんだが‥‥‥、もしかして、お前知らなかったのか?」


「いや、まぁ‥‥‥、実はアルカネルに来るのも久しぶりでして‥‥‥」


 レイコルトは苦笑いを浮かべながら、心配は杞憂に終わりそうだと内心ほっと胸を撫でおろす。


「あぁ、なるほどな。それならもう少し教えてやるよ。確かにエレナ様は貴族の身分だし、見た目もこの国では群を抜いている。だがそれだけじゃないだ。実はな──」


「次、レイコルト!」


 彼が何か言いかけた途端、それに覆いかぶさるようにレイコルトの名前が呼ばれた。


「あ、ごめん。呼ばれたから行かないと‥‥‥」


「それなら仕方ないな。まぁ、すぐに分かるだろうから、お互い頑張ろうぜ!」


「うん。本当にありがとう」


 レイコルトは男子受験生にお礼を言うと、リヴィアの元へと駆けていく。


(それにしても、さっきの話の続き‥‥‥)


 彼は一体何を言いかけたんだろう。


 そんな疑問を頭に浮かべながらリヴィアの元へと到着すると、満を持して試験が始まるのだった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 試験が始まると、訓練場内は先ほどとは比べ物にならない熱気に包まれ、様々な魔法が飛び交っていた。


 今行われているのは魔法試験であり、受験生が魔法の行使対象としているのは、魔道具によって作られた本物と遜色ない魔物である。 


 この魔道具は実際に存在する魔物を幻影として出現させ、限りなく実践に近い形での戦闘ができる代物らしい。幻影からの攻撃は肉体の代わりに、精神へとダメージが及ぶため、受験生は攻撃を巧みに躱しながら魔法を撃ち込んでいく必要がある。


 しかし、幻影とはいえ実際に存在する魔物を模したものでありその強さも本物と何ら変わりはない。


 滅多に魔物と戦う機会がない受験生達は、だいぶ苦戦を強いられているようだ。

 

 そんな彼らの様子をレイコルトはしばらく眺めていると、おぉっ!!、と別グループの間でどよめきが起きた。


「ん?」

 

 そちらにふっと視線を向けると、どうやらフェリクスが試験を終えた後だったらしい。


「フェリクス・マクシミリオン、討伐数13体で91点!」


 フェリクスの成績が読み上げられると、どよめきは他のグループにまで波及し、所々で感嘆の声が上がり始めた。


 実際、フェリクスの成績は称賛に値するものであり、試験前にリヴィアが話していた合格のためのボーダーラインは、魔法試験が十体、武術試験が五体だったはずだ。


 ボーダーラインとの差は三体ではあるが、ターゲットが討伐される毎に強化されるという特質をかんがみると、この差は数字以上に大きいと言えるだろう。


 結果を一瞥したフェリクスは、自分の点数に満足したのか、口元に微笑を浮かべると、どこか誇らしげな様子で元いた場所に戻っていった。


 その後も試験は順調に進んでいき──


「次、エレナ・ソングレイブ!」


 遂にエレナの名前が呼ばれた。


((いよいよだ))


 ここにいる誰もがそう思ったことだろう。



 

 周りの受験生たちが固唾を吞んで見守る中、彼女は静かに前へ出ると、目の前に現れたゴブリンと呼ばれる魔物の幻影に向けてゆっくりと右手を前に突き出す。


 だが──


「ん‥‥‥?」


 一瞬。ほんのまばたきにも満たない僅かな時間だったが、レイコルトにはその光景がスローモーションのように映って見えた。


 かすかにエレナの目元に影が差したように感じたのだ。


 ──気のせいだろうか? 


 そう思う間もなく試験が始まる。


「始め!!」




「──【ライトニング・アロー】!!」


 リヴィアの合図と同時に放たれた光魔法の【ライトニング・アロー】は一瞬でゴブリンの胸を貫き、粉砕した。魔法を放つまでの速さと弱点である心臓を寸分たがわず射貫く正確さは、今までの受験生の中でも突出している。


「すげぇ‥‥‥」


「これがソングレイブ家の令嬢の実力か‥‥‥」


 エレナの実力を目の当たりにした他の受験生たちが、口々に感嘆の声を上げている中、すぐさま強化されたゴブリンが現れる。


 しかしそれすらも、再び発動した【ライトニング・アロー】によって一撃で粉砕すると、先ほどよりも大きな歓声が上がった。


 試験が始まるやいなや、僅か十数秒で二体目のゴブリンを葬り去ったエレナにレイコルトは思わず「凄いな」と称賛の声がこぼれる。


 その後も難なく三体目、四体目と葬り去るエレナだったが、五体目に放った【ライトニング・アロー】はゴブリンの皮膚に傷をつけるにとどまり、撃破することは出来なかったようだ。


「‥‥‥?」


 一瞬、眉根を寄せたエレナだったが、冷静にゴブリンの攻撃を躱すと別の魔法を発動させる。


「それならこれはどうかしら!! ──【ファイア・ボール】!!」


 エレナの放った火球がゴブリンに直撃すると、全身が業火に飲み込まれながら消滅した。 


 その様子を神妙な面持ちで見届けたエレナは冷静に今の攻防を振り返る。


(今撃ち込んだ【ライトニング・アロー】は間違いなく心臓の真上を直撃していたわよね。いくら強化されて復活すとはいえ、私も結構な魔力を込めて放ったのだけど‥‥‥)


 まだ詳しいことは分からないが、どうやらこの幻影は単純に武器やフィジカルだけが強化されるわけではなく、魔法耐性も上がっていくらしい。


(ということは生半可な攻撃じゃ、ほとんどダメージは与えられないってことね)


 幻影が再び現れるまでの僅かな時間で戦略を練り上げたエレナは「よしっ!」と気合を入れなおすと、現れた五体目のゴブリンに向かって【ファイア・ボール】を放つのだった。

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