4話.決着、そして天才魔導士
エレナの魔法試験が始まってからおよそ四分。
他のグループの受験生もその様子を食い入った様に見守る中、ちょうど14体目のゴブリンを風属性の中級魔法【ウィンド・ランス】によって撃破したエレナの姿があった。
その端正な顔には未だに魔力切れや疲労の様子は見られず、悠然と十五体目のゴブリンが現れるのを待っている。
それもそのはずで、彼女は今までのターゲットを全て最低限の魔法だけで仕留めており、魔力の消費量を抑えているからだ。これを実現するためには、どれほどの魔力を込めれば仕留められるかを正確に測る技術と経験が求められ、これだけでもエレナの技量の高さがうかがえる
それにしても──
(ソングレイブさんって、一体どれだけの魔法適性があるんだろう?)
レイコルトは内心、首をかしげていた。
魔法適性とは、その者がどの属性の魔法が使えるかを指し示すものである。
魔法には大きく分けて、火、水、風、土、光、闇の六属性が存在しており、普通の人であれば一つから二つの適性を持って生まれてくる。
これは先天的なものであり、生まれた後から魔法適性を増やすことは決して出来ないとされている。そして稀に、三つ以上の適性を持って生まれてくる者がいるのだが、そういった存在は非常に希少であり、四つ以上ともなれば誰もが歴史に名を残すような大成を果たしている。
そしてエレナだが、彼女は既に火、水、風、土、光の計五属性の魔法を使っている。
つまり彼女は、最低でも五つの魔法適性を持っているということであり、歴史的に見ても類まれ無い魔法の才能を有していることは間違いなかった。
そんなエレナの前には遂に十五体目のゴブリンが出現したのだが──
「あれは‥‥‥?」
その姿を目に捉えた瞬間、この場に居合わせた全員が思わず目を見開いた。
現れた十五体目の幻影は今までに比べて体が一回りも二回りも大きく、肌もゴブリン特有の濃い緑色から深い黒色に変色している。
加えて武器もこん棒から、大人一人と同等の大きさを誇る大型の両刃剣に変わっており、どこか
「間違いない。あれはゴブリンロードだ!!」
レイコルトの隣で試験を見守っていた受験生が狼狽したように声を震わせながら叫んだ。
ゴブリンロードとは、通常のゴブリンのおよそ五倍もの強さを誇る魔物であり、実際の討伐には魔導士が最低でも三人は必要と言われている。
(まさかそんな魔物が試験で現れるなんて‥‥‥)
さすがに無茶でしょ、と思いながらエレナの方をチラリと見てみると──
「──【ファイア・ランス】ッ!!」
臆するどころか、さらに真剣みを帯びた表情で炎属性の中級魔法【ファイア・ランス】を幻影に叩き込んでいる姿があった。
「まさか、ゴブリンロードを倒すつもり!?」
「無理だ! 魔導士三人がかりでようやく倒せるような奴だぞ‥‥‥」
「いくら何でも無謀すぎるだろ……」
周りの受験生達が口々にそう呟く。
実際、今放った【ファイア・ランス】はレイコルトの目から見てもかなりの威力を持っていたはずだが、幻影には傷一つ付いていない。
さらに今の攻撃でゴブリンロードの
「──ッ!!」
エレナも反撃に転ずる余裕がないのか、防戦を強いられてはいるが全て薄紙一枚の差で回避しており、しばらくはその硬直状態が続く。
均衡が崩れたのは一瞬。
大振りに振り下ろされた両刃剣の軌道を見切ったエレナが華麗なバックステップで間合いから逃れると水属性の中級魔法【ウォーター・ランス】を放った。
大型槍の形を模した水流が無防備状態のゴブリンロードに直撃する。
その攻撃は誰が見ても必殺の威力を誇っており、衝撃の余波で視界を覆うほどの砂埃が舞い上がった。
「ハァッ、ハァッ、これならどうかしら!?」
さすがのエレナも回避のために相当な集中力を使ったのだろう。額にはかすかに汗がにじんでおり焦りの色が見える。
だが、今の攻撃は確かに捉えた感覚があった。撃破まではいかなくとも深手を与えられていればいいが──
ゴォアァァァァァッッー!!!
しかし、エレナのそんな期待を裏切るように、もしくはそんな攻撃はまるで効かないと
砂埃の中から姿を見せたゴブリンロードの体には深手はおろか、傷一つ付いてはいなかったのだ。
その事実を目の当たりにしたエレナは唇を噛みしめ、手のひらに爪が食い込むほど拳を強く握りしめる。
(どうして!?、どうして攻撃が通じないの!!)
エレナは
ゴブリンロードの巨体が大地を揺らす音すら遠く聞こえるほど思考は加速し、様々な可能性を模索する。
(さっきの【ウォーター・ランス】は間違いなく直撃した。タイミング的にも
──魔法の威力?
──タイミング?
それとも‥‥‥。
エレナが思考を巡らせている間にもゴブリンロードは、その巨体に似合わない素早い動きで間合いを詰めると、禍々しく黒光りしている両刃剣を叩きつけてくる。
「くっ!【アース・ウォール】ッ!!」
エレナは咄嗟に土属性の中級魔法【アース・ウォール】を発動すると、土壁がエレナとゴブリンロードの間に現れ、攻撃を受け止めるかに思えた、
が──
ピシッ──!! ドゴオォォンッッーー!!
速度と重さの乗った斬撃は土壁はいとも容易く打ち砕き、余波だけでエレナの体は地面に強く打ち付けられた。
「カハッ!?」
肺の中の空気が一気に押し出され、口からくぐもったうめき声が漏れる。
(ぐっ‥‥‥!? 本当にまずいわね)
エレナは痛む体を無理やり動かすと即座に立ち上がる。この絶望的な状況下でもなお、その赤い瞳は闘志を失ってはおらず冷静にゴブリンロードを見据えていた。
「ハァ、ハァ、今の攻撃は流石にまずかったわね。即席で作った
──壁?
何気なくつぶやいたその単語にエレナはハッと目を見開く。
(まさか‥‥‥ッ!?)
ある一つの仮説に辿り着いたエレナは確信を持つためにゴブリンロードへ向けて【ライトニング・アロー】と【ウィンド・ランス】を連続でうち放つ。
雷光をまとった矢と
ゴブリンロードに回避する様子はなくそのまま直撃するかと思いきや──
──バチッッ!!!
そんな音と共にエレナの放った二つの魔法は何かに阻まれ、命中することはなかった。
(やっぱりね‥‥‥)
エレナは自分の仮説が間違っていなかったことを確認するようにニヤリと笑みを浮かべると、
(
──
(私が使った魔法の属性は火、水、風、土、光の五つ。これらの属性を
突き出した右手に魔力が溜まっていくのを感じ取ったエレナは、文字通り必殺の魔法を唱える。
「──【
エレナがその魔法を発動した途端、足元に出現した黒の魔法陣から鎖が伸びると、ゴブリンロードの四肢を拘束し動きを封じる。
ゴブリンロードも今までの魔法とは明らかに異なる雰囲気を感じ取ったのか、鎖を無理やり引きちぎろうとするが、ギギッ、と耳障りな音が響くだけでビクともしない。
「無駄よ。その鎖は対象の魔力量が多ければ多いほど、より硬度を上げて拘束力を増していく。あなたはもう身動き一つできないわ。そして──これで終わりよ!!」
次の瞬間、エレナの足元にある魔法陣がより一層輝きを増すと、彼女の周囲にはまるで夜空を彷彿とさせる漆黒の剣が無数に姿を現した。
エレナは右手を頭上に掲げ、振り下ろすと、漆黒の剣はゴブリンロードに向けて流星雨のように降り注ぐ。
ドドドドッッー!!
エレナの予想通り、漆黒の剣は魔法障壁に阻まれることなくゴブリンロードの体を貫いていく。
そう、【
現状、ゴブリンロードの魔法障壁を無視して攻撃できる唯一の属性であり、なおかつエレナが使える魔法の中でもトップクラスの威力を誇っている。
もちろんエレナ自身も、ここまでを完全に想定していたわけではなく単なる偶然ではある。
だが、ゴブリンロードの魔法障壁の特性に気づき、その偶然すらも利用して見事攻略法を導き出したのだ。
そして、ついに────
「ゴアァァッッッーー!!! 」
無数の剣によって串刺しにされたゴブリンロードの断末魔が訓練場内に響きわたると同時に幻影は消失した。
ゴブリンロードの幻影が消滅したことを確認したエレナは、緊張の糸が途切れたのかその場に崩れ落ちる。
それとほぼ同時にリヴィアによって試験終了が告げられた。
「エレナ・ソングレイブ、討伐数15体で120点!!」
「「「うおおおおおぉー!!」」」
リヴィアのアナウンスを聞き、周りから溢あふれんばかりの歓声や拍手が上がる。
それもそのはずで、エレナはゴブリンロードをたった一人で倒しただけでなく、ここまでの最高点を記録して試験を終えたのだ。
レイコルトも拍手を送るが内心では驚愕の中に立ち尽くしていた。
(まさか、ソングレイブさんが
試験前、レイコルトが話しかけた男子受験生が言いかけたのは、きっとこの事だったのだろう。
魔法適性を持つものは、その数によって呼称が決められている。
例えば二つの魔法適性を持っている者であれば『
そして、全ての魔法適性を持つ者──通称『
それが、千年前に存在したとされ、現在の魔法の基礎を築き上げた《大賢者》と呼ばれる人物のことである。
本名、出生地、性別、全てが謎に包まれており、彼(彼女?)について研究している学者達は日々頭を悩ませているらしい。
だが、大賢者が千年前にいたこと、そして『
(そんな大賢者と同じ存在が現れたなんて‥‥‥‥‥‥)
有史以来二人目となる天才魔導士にレイコルトは、深い感嘆の念と同時に僅かばかりの畏怖を感じるのだった。
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