2話.到着、そして試験開始
『魔導士』──それは王家や国から、優れた魔法の技術と知識を保有していることを認められた者にのみ与えられる称号のことである。この称号を得た者は、その魔法技術と知識を国のために振るうことを約束しなければならない代わりに、国から様々な恩恵を受けることができる。
これは全世界共通の制度であり、ここ──『レヴァリオン王国』にも数多くの魔導士が存在し、国の秩序の安定や発展に貢献していた。
ところが七年前。王国領内で発生した大規模な
この出来事を重く受け止めた王家により設立されたのが、魔導士を育成するための教育機関──通称、『アルカネル魔道士士官学校』である。
五年前に設立されて以降、優秀な魔導士を数多く輩出しており、レヴァリオン王国の軍事力は最盛期ほどではないにしろ、驚異的なスピードで回復を果たしていた。
設立当初は世界的にも初めての試みに不信感を募らせる人が多く、入学希望者も僅かしか存在していなかったが、魔導士士官学校を卒業した生徒が王国騎士団に入隊したという噂が国中に広がると一転。入学する上で貴族や庶民といった身分は問わないことも相まって、希望者が殺到し入学試験はとてつもない倍率となった。
結果として、開校からわずか五年で士官学校は優秀な魔導士を育成できる教育機関としての地位を確立していったのだ。
そんなアルカネル魔道士士官学校の入学試験当日。正門前までたどり着いたレイコルトは──
「‥‥‥え? 本当にここだよね‥‥‥?」
──人生で初めて見る光景に圧倒されていた。
一つの街にも匹敵するほど広大な敷地。それら全てが石畳で丁寧に舗装されており、目の前には天を貫かんばかりの巨大な正門がそびえ立っていた。
さらにそこから伸びる長い通路の先には白を基調とした建物がこれでもかと言わんばかりに存在感を放っている。おそらくあれがメインの校舎なのだろう。
他にも実技試験の会場となっている訓練場や、定期的に開催されているらしい校内戦を行う闘技場なども正門の外からはっきりと目に捉えることができた。
「すごい‥‥‥、これが、アルカネル魔道士士官学校──」
ここに来るまでに幾つか事前知識として情報は集めていたのだが、実物はレイコルトの想像をはるかに容易く凌駕していた。
今更ながらに魔導士士官学校の凄さを理解したレイコルトは、しばらくの間ほうけた後に気を取り直すと学校の敷地に足を踏み入れるのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
入り口で受付を済ませたレイコルトは試験会場となる訓練場へと訪れていた。
重厚な石畳の扉をズズズと押し開けた先は、一面を砂で敷き詰めた広大な空間が広がっており、周囲は特殊な加工が施された石壁で囲まれている。パっと見た限り並みの魔法では傷一つ付かない頑丈そうな造りになっているようだ。
訓練場内には既に十数人もの受験生の姿があり、思い思いに試験までの時間を過ごしている。
レイコルトも急いで彼らの中に混ざると、さりげなく周囲の状況を観察し始めた。
魔道書を片手に持ちながら読みふける者、緊張を紛らわすためなのか左胸を拳でトントンと叩いている者など各々が試験に向けて集中している様子だ。
(やっぱりみんなピリついてるなぁ‥‥‥。まぁ、無理もないか)
ここに集まっている人達は全員が士官学校の教員から推薦状を貰って来ている人たちなのだ。つまり、少なからず実力を認められた人たちということであり、それ相応のプライドと信念を持って試験に挑んでいる。張り詰めた空気になるのはある種当然と言えるだろう。
そんな彼らを邪魔しないように気を払いながらも周囲をグルリと見渡してみると、
──ある一人の少女に目が留まった。
意志の強そうな凛とした赤い瞳。艶のある亜麻色の髪は黒色のリボンでポニーテールに纏められ、活発そうな印象を与えている。陶磁器のような白い肌に、左右の輪郭が完全な対称を描く顔の造形はまさに絶世の美少女と呼ぶに相応しいものだった。
特に何かするわけでもなく、ただ静かに佇む姿はそれだけで美しい絵画のようであり、周りの受験者たちの目を引きつけていた。
しかし、レイコルトが彼女から目を離せない理由は他にもあった。
(あの鞘の形って、刀だよね‥‥‥?)
そう、動きやすそうな服装に身を包んだ彼女の腰には、
レヴァリオン王国では剣術のような武術はあまり重要視されておらず、どちらかと言えば魔法等の特殊な能力に重きを置く傾向がある。武器らしい武器と言えば
実際この場にいる受験生達はレイコルトと彼女を除いて全員が一振りの杖を携えていた。
(なんであの子は刀を持っているんだろう‥‥‥)
自分のことを棚に上げつつ、レイコルトは内心で首を傾げる。
そうして、しばらく彼女のことを見つめていると、不意に彼女と視線が交差した。
(あっ‥‥‥‥‥‥)
思わず視線を逸らしてしまう。
(さすがに不躾に見過ぎだったか‥‥‥)
いくら彼女が自分と同じ武器を持っていたとはいえ、女性をジロジロと不遠慮に見つめるのはあまり褒められたことではなかったかもしれない。
少し反省しつつも、レイコルトはもう一度だけ横目で彼女を盗み見てみる。
先程までこちらを見据えていたはずの瞳は、まるで何事もなかったかのように元の方向に向き直っており、悠然とした態度で瞑想するように深く呼吸を繰り返していた。
(気付かれなかったのかな‥‥‥? )
そう思ったレイコルトは内心ホッとしていると──
ズズズッ、という重々しい音と共に再び訓練場の扉がゆっくりと開かれると、中からは黒色のスーツに身を包んだ一人の女性が姿を現した。
いかにも出来る女、といった感じの雰囲気を醸し出すその女性はレイコルト達の前に立つとコホンと一つ咳払い。そして、堂々たる振る舞いで声を張り上げた。
「これより、アルカネル魔道士士官学校入学試験、三日目。推薦入試の部を始める!!!」
女性の宣言と同時に、訓練場は水を打ったかのように一瞬にして静まり返る。
「まず初めに軽く自己紹介をしておこうか。私はリヴィア・マレノ。今回君たちの試験の総監督を勤めるものだ。よろしく頼む」
リヴィアと名乗った女性はそこで一度言葉を区切ると、今度はレイコルト達一人ひとりに視線を向けながら言葉を続けた。
「早速だが今回の試験内容について説明させてもらおう。君たちは推薦入試ということで筆記試験はなく、実技試験のみを受けてもらうことになる。そして肝心の試験の内容についてだが──」
リヴィアの説明を要約するとこうだ。
・試験は魔法試験と武術試験の二つに分かれており、二つの試験の総合点を競い合う
・試験時間は五分であり、学校側が用意したターゲットを倒してもらう
・ターゲットは倒されるごとに強化されて復活する
・一体目は一点。二体目は二点。十体目は十点という風に点が加算されていき、最終的な合計点数がその試験での結果となる
・魔法試験で使っていいのは魔法や
・合格できるのは上位十名のみ
「──以上だ。何か質問のある者は?」
受験生達の様子を窺うように問いかけたリヴィアに対して、一人の少女が控えめに手を差し挙げた。
「はい。試験において何か気を付けることはありますか?」
「良い質問だな。特にこれといったものは無いが、魔力切れには注意した方が良いだろう。身の安全を優先するためにも、魔力切れの初期症状がみられた時点で、その者の試験は強制的に中断させてもらう。その場合、点数はその時点のものが反映されることになる。これで良いか?」
リヴィアのの答えを聞いて満足したのか、その少女はお礼と共にぺこりと頭を下げた。
魔力切れとは魔法の使い過ぎなどによって、体内に存在する魔力が枯渇した際に起こる症状のことである。その状態でなお無理して魔力を使おうとすれば極度の疲労感や頭痛、眩みなどが襲ってきてまともに動くことが出来なくなる。最悪の場合、命を落すことだってあり得るのだ。
「他にも武術試験で用いる武器についてだが特に指定はない為、各々が好きな武器を使うとよい。自前の武器を持っていないものは、学校側が用意したものを好きに選んでくれて構わない。ただし、自分の身体に合わないような武器は使うなよ? 怪我の元だからな。他に聞きたいことはあるか?」
リヴィアの問いに答える者はいない。
「よし。それでは、五分後に試験を──」
「ちょっといいですか、リヴィア先生?」
”開始する”、そう言いかけた瞬間、遮るように声を被せた受験生に一同の視線が集中する。
レイコルトもその人物に顔を向けてみるとそこには、この場には到底そぐわない金の刺繍に赤い外套を羽織った
金の長髪と整った目鼻は、一見して美形の優男だが、薄く張り付いた笑みがどこか不気味な印象を与えるその男は、一目で己が高貴な身分に位置することを周囲に理解させた。
その男子受験生を見たリヴィアは、一瞬苦虫を嚙みつぶしたような顔になりそうになるが、すぐに元の表情に戻ると、
「何か質問か?それなら挙手をしてほしいのだが‥‥‥」
「おっとこれは失礼。なにせこういった場には慣れていないものでして」
いかにも芝居掛かったわざとらしい口調で、大仰に肩をすくめてみせる男子受験生。そんな彼の態度にリヴィアはため息を吐きつつ、呆れたように口を開いた。
「冷やかしならば止めろ、フェリクス・マクシミリオン。お前がいくら貴族の家柄とはいえ、この場においては身分など何の関係もないのだからな」
そのリヴィアの言葉を聞いて、受験生たちの間に緊張が走る。
フェリクス・マクシミリオン。彼はレヴァリオン王国でも特に有名なマクシミリオン家の長男だ。マクシミリオン家は、七年前の
だが、同時に黒い噂も多く囁かれており国民からはあまり良くは思われていないらしい。
「いや、なに。質問ではなく純粋な疑問なのですが‥‥‥なぜ武術試験などという、何の意味もない試験を行う必要があるのかと思いましてね」
「どういうことだ?」
「だってそうでしょう? 魔法という圧倒的な力が使える我々にとって、武術などという無粋なものは何の意味もない。わざわざこんな試験を行う必要があるのでしょうか?」
フェリクスは両手を広げながらそう問いかける。
その態度は
フェリクスの言う通り魔法と武術の間にはどうしても超えられない壁があり、それが圧倒的な攻撃範囲と殲滅力だ。
仮に純粋な武術家と魔導士が戦えば、五秒と経たずに武術家が負けてしまうだろう。それほどまでに魔法と武術には大きな差があるのだ。
だが、フェリクスは一つ見落としている。魔法を使う者の最大の弱点を──
「確かに、魔法の力は強大だ。それは私はもちろん学校側も十分理解している」
フェリクスの問いに対してリヴィアは、この場にいる全員に言い聞かせるように話し始めた。
「だが強大な力は時に、我々に破滅をもたらすこともある。七年前の
「一体どういうことでしょうか?」
フェリクスはその端正な顔に困惑の表情を浮かべながら問いかける。
「あの時、
リヴィアの問いに答えられる者はいない。
「答えは単純。魔導士の魔力切れだよ。開戦当初は強力な魔法で魔物を殲滅していた我々だったが、徐々に魔力切れを起こす者が続出していき、戦線は崩壊した。私を含め何人かは武術の心得がある者もいたが、本当にごく僅かだ。あんな人数では戦線を支えることなどできない」
そう、魔法を使う者の最大の弱点とは魔力切れだ。いくら強力な魔法が使えても、魔力が無くなってしまえば、もぬけの殻も当然となる。そのため魔力が使えなくなっても、最低限身を守れるくらいの技術は必要なのだ。
当時のことを思い出しているのだろうか。リヴィアの顔には苦悶の表情が浮かんでいた。
「あの時の悲劇を繰り返すわけにはいかない。だからこそ君達には、魔力に頼らない戦い方を身に着ける必要がある。もちろん入学すれば武術に関する講義もある。そして武術試験とはその技術を持ち合わせているかどうかを測る試験だと言えばいいか。フェリクス・マクシミリオン?」
「……っつ!?」
リヴィアの話を聞いて、フェリクスは忌々しげな顔で反論しようとするが、結局は何も思いつかなかったのか、これ以上何か言うのは無駄と判断したのだろう。そのまま黙り込んでしまった。
そんな様子のフェリクスを、リヴィアは一瞥すると──
「では改めて、これから試験を始める!!」
試験の開始を宣言するのだっだ。
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