欠陥品と蔑まれた少年、実は最強の魔導士殺しでした ~魔法の使えない剣士、魔導士士官学校に入学する~

待ち貝

第1章 プロローグ

1話.手紙、そして旅立ち

「レイコルト! お前さん宛てに手紙が届いてるよ!」


 王都からは遠く離れたとある場所。辺り一帯が豊かな自然に囲まれた小さな宿屋に野太い声が響き渡った。


「えっ? 僕宛てにですか?」


 入り口のドアからひょこっと顔だけを覗かせた少年──レイコルトは思わずそう呟いてしまう。


 この国では珍しい、黒眼に黒髪。本人も少し気にしている童顔寄りの顔には困惑の表情が浮かんでいた。


 それもそのはずで、国中を転々としながら旅をしているレイコルトにわざわざ手紙を送ってくる人はまずいない。


 仮にいたとしても、決まった住処すみかを有していないレイコルトは、手紙を出されても高確率で受け取ることはできないのだ。


(‥‥‥誰だろう? 前にお世話になった宿の娘さんとか‥‥‥? それとも──)

 

 かろうじて手紙を出してくれそうな人達の顔を思い浮かべながら、頼まれていた看板の修理を中断すると、声の主であるオスカさんの元へと駆け寄る。


 オスカさんはこの宿で店主を務めている人だ。


 大柄な体格と強面こわもてな見た目に反してとても面倒見の良い優しい性格をしており、金欠で泊まる宿に困っていたレイコルトを仕事の手伝いを条件に、二食寝床付き、宿賃も半分という破格の条件で受け入れてくれた恩人である。


「えーっと‥‥‥‥‥‥差出人は、"セリーナ・フレイムハート"だってよ。知り合いかい?」



 差出人の名を聞いた瞬間、レイコルトの脳裏を嫌な予感が駆け巡った。


(うわぁ~ 絶対面倒事な気がする‥‥‥‥‥‥)


 開けたくないなぁ~、という思いがありありと顔に出ていたのか、オスカさんは苦笑いを浮かべながら手紙を渡してくれた。


「そんなに嫌な相手だったのかい?」


「いえ、むしろ恩人ではあるんですけど、何か面倒事に巻き込まれそうな気がして‥‥‥‥‥‥」


「まぁ、開けてみりゃわかるさ。ほら早く確認しな!」


 レイコルトは渋々といった様子で封蠟印ふうろういんを剥がすと、中身を取り出す。


 どうやら中には手紙ともう一枚紙が入っているようで、まずは手紙の方から目を通すことにした。


「えーっと、手紙の内容は──」


『やぁ!レイ!元気かな?私はすっっごく元気だよ。どれくらい元気かだって?こうして国中を旅しておきながら、自分の師匠に一切連絡を寄こさない弟子に手紙を出してあげられるくらいには元気だ』 


「‥‥‥‥‥‥」


(凄い、文体自体は明るいはずなのに文章の端々からとてつもない怒りを感じる‥‥‥‥‥‥)


 早々に手紙を折りたたみたい衝動に駆られるが、読み始めた手前ここで引くのも何か癪だったため我慢して続きを読むことにする。


『まぁ、君への皮肉はこれくらいにして本題に入ろう。単刀直入に言う。君には私が理事長を務める魔導士士官学校に入学してもらいたい。もちろん入学試験は受けてもらうがね。あぁ~、学力については心配しなくていい。この手紙に推薦状を同封してあるだろう?それさえあれば筆記試験は受けなくていいからね。実技試験は受けてもらうことになるが‥‥‥、まぁ君ほどの実力があれば難なく合格できるはずだ。伝えたいことは以上だ。良い返事を期待しているよ。ちなみに知っていると思うけど私がその気になれば君がいる場所まで一瞬で行けることを忘れないようにね』


「いやっ、怖!?」


 特に最後の一文。あれは完全に脅迫に近い何かだろう。


「こりゃまた情熱的な手紙だなレイコルト」


「どこがですか!?」


 ガハハッ、と豪快に笑っているオスカさんにレイコルトは思わずツッコミを入れてしまう。


「まぁそんなに声を荒げるなって。ほら、手紙通り推薦状も入ってるぞ」


 オスカさんは、同封されていたもう一枚の紙を渡してくれた。


 それは間違いなく『アルカネル魔道士士官学校』からの推薦状だった。推薦人の欄には偽造防止のための魔法印と共にセリーナの名前も記載されてある。

 

「そんで、どうすんだよお前さんは? その魔導士士官学校っていうのに行くのかい?」


 突然オスカさんは神妙な面持ちでそう尋ねてきた。もしかしたらレイコルトの心情を察してくれたのかもしれない。


「迷ってんだろ?行くかどうか」


「‥‥‥はい」

 

 正直行きたくない気持ちが強い。レイコルトが国中を旅しているのは、とある目的があるからであり、魔導士士官学校に通うとなれば少なくとも三年間は拘束されることになる。それはかなりの痛手だ。


 何より、レイコルトには重大な欠陥があった。魔導士士官学校に通う上ではかなり致命的な欠陥が。


「まぁ、別に無理していく必要はねぇとは思うがよ、一度っきりの人生なんだ。挑戦してみるのも良いんじゃねえのか?」


「挑戦、ですか‥‥‥」


 オスカさんの言葉を噛み締めるように脳内で反芻していると──


「‥‥‥ん? その手紙、裏にも何か書いてねぇか?」


「え?」


 オスカさんにそう指摘されたレイコルトは、慌てて手紙を裏返す。


「‥‥‥あ、ありますね!手紙のインパクトが強すぎて気づけなかったのか‥‥‥」


 どうにも一つのことに集中すると周りが見えなくなるのはレイコルトの悪い癖だ。


『追伸:もちろん君が目的をもって国中を歩き回っているのは私も知っているよ。でもね、それを加味しても私は君に来てほしいと思っている。君に同年代の友人というものを感じてほしいんだよ。それは、私が君に与えられなかったものだからね。何より、君の目的を叶える手助けにもなるはずだ。これで、本当に伝えたいことは全て伝えた。どうか入学試験に君が現れることを期待しているよ』


 おそらく、これはセリーナの本心なのだろう。


 魔導士士官学校の理事長としてでもなければ、ましてや師匠としてでもない。


 を拾い、本当の親のように育ててくれたセリーナ・フレイムハートという一人の人間としての。あえて裏面に続きを記載したのも、試験を受けるかどうか迷うであろうレイコルトの思考を見越してのことだったのかもしれない。


「まったく、師匠には敵わないな‥‥‥」


「ガハハッ! どうやら決心がついたみてぇだな!」


「はい。僕、士官学校の入学試験に行ってこようと思います!」


 レイコルトは力強くそう宣言した。


 正直、自分が入学試験に受かるとは思っていない。それでも試験を受けることで、少しでもセリーナに恩が返せるというのなら、それだけでもレイコルトにとっては価値のあることだった。


「なら、さっさと出立の準備をしな!ここからアルカネルまではかなりの距離があるんだ。今日中にここを出ねぇと試験には間に合わんだろ」


 するとオスカさんは全てお見通しと言わんばかりにニカッ、と真っ白な歯を見せると快く受け入れてくれた。


「え‥‥‥?、でも、まだ看板の修理も──」


「んなこたぁどうでもいいんだよ!お前さんの門出が先に決まってんだろ!?ほら、さっさと荷造りしてきな!!」


「わ、分かりました!!」


 そこからは早かった。大急ぎで出立の準備を済ませたレイコルトは宿泊日数分の宿賃(本来の金額の半分だが)を支払い、オスカさんに最後の挨拶をする。


「オスカさん。短い間でしたが本当にお世話になりました。またいつか、近くを通ったときは利用させてもらいますね」


「おう! そん時は立派な士官学生になっとけよ!」


「あはは、まぁ、自分なりに精一杯頑張ってきますよ!!」


 その一言を最後にレイコルトは勢いよく走りだした。宿から魔導士士官学校があるアルカネルまではかまだまだ遠い。あまり休んでいる暇もなさそうだ。


(オスカさん。見た目は強面だけどすごくいい人だったなぁ~)


 お世話になった店主の顔を思い浮かべながらレイコルトは士官学校までの道を駆けていくのだった。

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