第5話 懐かしの場所

電車の窓から覗く緑は、やはり諒が子供の頃来た時のまま、変わらない。

それなのに、なぜここまで胸が締め付けられるのだろう。

誰にも触れられたくない、胸の一番深い部分がずっと疼いている。

ただ、そこまで心に残るような思い出があった覚えも、美しい景色が見えた覚えも、諒にはなかった。

電車が駅に着くと、迷いのない足取りで祖母の家へ向かう。

「ばぁちゃん、お邪魔しまーす」

そう言いながら、随分建て付けの悪くなった扉をくぐって、仏壇に持ってきたお菓子を供える。

階段を降りて居間に寝そべると、懐かしい畳の香りが鼻をくすぐった。

(前来たのいつだっけ?五年前?そん時もやることなかったよなぁ。……あれ?俺、そのあとどうしたっけ?)

ムクりと起き上がって、その時の動きを思い出す。

(?たしかばぁちゃんに外で遊んでおいでって言われて……)

そこからの記憶が、霞がかかったように断片的にしか思い出せない。

(そんな思い出に残るようなことをしなかった、と言えばそうなんだけど……)

ここが見えた時からの胸の疼きが、何かを訴えているように思えて仕方がない。

(……行ってみよう)

再び断末魔をあげる扉をくぐって、外に出た。

断片的な記憶と照らし合わせながら、道を進む。

(やっぱり何もない。気のせいか?そういえばそこの川、暑くてよく行った、な、)

記憶の中よりこちらに伸びた木に気をつけて、川へと下をくぐると、胸の疼きが動悸に変わった。

風になびく長髪。あの頃よりもずっと伸びた背。変わらない、まるで天使のような装い。

それが目に入った瞬間。脳内に、小学生の夏の思い出が、ものすごい勢いで駆け巡った。

「リャー、ミャ……?」

喉から出た、蚊の鳴くような声は、しっかりリャーミャに届いたらしい。

振り返った姿が、あの頃と重なる。

「りょう……?」

あの時と同じように目を見開くリャーミャに、ゆっくりと近づいた。

こんな時に、あの時と違って、名前を呼んでくれる喜びなんてものを感じる。

「な、んで……?私あの時、諒の記憶、消したはずじゃ……」

「やっぱり。リャーミャが俺の記憶、消したんだ」

薄々思っていたことが、確信へと変わる。

「っ、……ごめん」

辛そうに目を伏せるリャーミャに、今までの違和感が全て繋がった。

そんなことを頭では冷静に考えてはいたが、体は正直に動き出す。

「……!?!?!?」

「会いたかった……!」

気づいた時には、リャーミャを抱きしめていた。

「りょ、諒!?」

体が硬くなったリャーミャの肩を掴んで、川辺に涙を落とす。

止まらない涙の勢いのまま、言葉を紡いだ。

「ほんとに!なんで忘れさせたんだよ!!」

「っ!……うっ、ゔぅ、ごめん、ごめんね、諒!!」


「はー、なるほど。それで俺の記憶消したんだ」

「うん」

ひとしきり二人で泣いたあと、リャーミャから、どうして諒の記憶を消したかを聞いた。

リャーミャが言うには、エルフは人間にバレる訳にはいかず、もしバラすときは、生涯を共にする契りを交わしたときだけ、だそうだ。

「もしあの時、そのままだったら。諒をここに、縛り付けることになると思ったの。」

諒は私の知らないことをたくさん知っていたから、もっと広い場所で、もっとたくさんのことを知ってもらいたかったの、とリャーミャは続ける。

「そっか……」

二人とも口を閉じ、音は、川の流れと葉の擦れる音だけになった。

と、いきなり勢いよく立ち上がったリャーミャが、満面の笑みでこちらを見下ろす。

「ねぇ!久しぶりに、魚の掴み取り、やんない?」












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