第3話 隣人と友人

29 波長が合わない


 もうすぐ秋が終わる頃。11月下旬。

 葉は全部、枯れ葉になり、散ってしまっている。


 嗚呼、寒い。


 でもこの寒さも玲愛と一緒にいたら、あったかいから、何も困らないのだけれど。



 ――ちなみに今、俺と玲愛は勉強をしている。もうすぐ始まる期末試験のテスト勉強だ。二人は成績優秀なので、特に焦りや不安は感じていない。

 だから、二人で教え合う、といった光景も見られない。お互いひとりでテキストに向き合っている状態だ。


「――何だか、カナメくんと一緒に勉強していると、いつもより早く解き終わるかんじがします」

「そうか?」

「ええ。頑張っている人を見ると頑張ろう! って思えるんです」


 それは分かる気がする。

 俺だって、玲愛が頑張っているから頑張れる。同じだったんだな……。



 ――テスト勉強が一段落して、お菓子を食べていると、何やら隣室が煩い。


 ドド、ドン。


「よっこいしょ」


「この荷物、こっちでいい?」


 今日まで隣室に人は住んでいなかった。

 てことは、お引越しさんか……? 若い女の人の声がする。


「――ありがとうございましたっ!」


 隣室のドアがバン、と閉まる。


「ちょっと様子見てきてくれないか?」

「隣室のかたが部屋の中に入った、いまですか? タイミング悪すぎます」

「表札だけでも……」

「多分、いま無いと思いますよ? 入りたてですし」

「そうか」


 お隣さんと仲良くなりたい、と思った。もう片方のお隣さんはおばあちゃんで、寝たきりなのかあまり外で見かけない。偶に息子さんらしき人が買い物袋を手にその部屋を訪れているが、俺とは一切交流が無い。

 だから、大人になるんだし、少しくらいはご近所付き合いしなきゃな、という焦燥感に駆られている。



 翌日。


「ゴミ捨て行ってきてくれるか?」

「勿論です」

「どうしてそんなに玲愛は家事を率先そっせんしてやりたがるのかなぁ……」


 独り言のつもりだった。だけど、彼女にばっちりと聞かれていた。


「将来、家事も子育ても完璧に出来る有能な奥さんになりたいからです。仕事で疲れたカナメくんを癒してあげるんです」


 話が飛躍し過ぎてて、理解が追いつかない。


 なに? 俺と玲愛は結婚するのか? 子供作るのか?


「違うんですか」

「人の心読むなよ」

「顔に出ていました」

「そうかよ」


「ひとまず、この話は一旦置いておこう。玲愛は早くゴミ捨てに行ってきてくれ」

「了解しました」


 玄関のドアがバタン、と閉まる。


 ***


 外に出ると寒かった。

 玲愛は身体を震わす。


 エレベーターの方に行くと待っている先客がいた。年は同い年くらいで、茶髪のウェーブがかった長い髪に栗色の瞳。背は玲愛より高く、頼れるお姉さん感が出ている。

 紛れもなくその人も美少女に入る部類だった。


 後ろ姿さえ、華やかでスタイルも良い。そして、甘い香りがする。


 玲愛が彼女に近づくと、その美少女は振り返り――


「「あ」」


 二人とも第一声がそれ。

 お互い隣人だと気づいての「あ」だったのだろう。


「これからゴミ捨て?」


 気まずくなるかと思いきや、彼女がそれを回避してくれた。見れば、隣人の美少女もゴミ袋を手にしている。


「そうですが。初対面なのに敬語じゃないんですね。学校で何を学んでいたのですか?」


 喧嘩腰な玲愛だが、その美少女は物怖じしない。対抗心も向けない。


「えっ? だってこれから仲良くなるんだし、敬語だと堅苦しいでしょ? そう思わない?」

「……。まあいいでしょう」


 玲愛は現時点でこの人とは仲良くなれない、と思った。馬が合わない……。


 ――エレベーターの中に入る。


「……」

「無言だと寂しいじゃん。私は301号室に住み始めた、さぎみや理衣菜りいなね。よろしく。あなたは?」


 やはり、この人は隣人だったらしい。


「302号室の佐渡玲愛です」

「もー、敬語やめてよ。呼び方は玲愛でいい?」

「いいですけど。あなたのことは、りいなお姉さんって呼びますね」

「お姉さんは要らないから!」

「じゃあ、りいな……」


 やっぱりこの人とは合わない。早くカナメくんに会いたい。


 ゴミ捨て場に着く。


「ゴミ捨て場はここだよー」

「知っています」


 玲愛のほうが先に住んでいたのに、上を行かれている感が気に食わない。


「そういえばさっき、って名乗らなかった? あそこ住んでるの、二階堂さんだよね?」

「二階堂くんとは同棲しているんです」

「キャー! 仲良いんだね。お姉さん、応援したくなっちゃう。ちなみに私も彼氏いるよー」

「そうですか」


 それだけ言い残し、玲愛はゴミ捨て場から立ち去ろうとする。理衣菜はそこで「待って」と引き止める。


「なんか、ごめんね? 玲愛のペースに合わせられなくて。でもね、私、玲愛のこと好きだからさ、もっと仲良くしない? なにか、言いたいことあったら、言っていいよ。ごめん、これも上からだったね……」

「言いたいことは特にありません」

「そしたら、部屋戻ろっか」


 理衣菜が先を歩き、玲愛がそれに続く。


 エレベーターの中の少しの無言でさえも気まずいのか、理衣菜はずっと玲愛に話しかけていた。

 やはり、波長というのは存在するのかもしれない。果たしてカナメと理衣菜の波長は合うのだろうか。


 ――部屋の前に辿り着き、別れる。


「じゃ、今から彼氏呼んでくるね!」

「呼んでこなくていいです。さようなら」


 勢いよくドアを閉める玲愛。


 部屋に入るや否や走ってカナメに抱き着く。


「やっぱりカナメくん成分をこまめに摂取しないと私、死んじゃうみたいです」

「? それでお隣さんと挨拶出来たか?」

「出来ましたけど、私とはどうも馬が合わないようです」

「そうか、残念だな」

「それでこれから彼氏さんを連れてくるみたいです」

「ん? 一緒に住んでるんじゃないのか?」

「分かりません」

「彼氏連れてきて、どうするんだ?」

「知りません」


 よく分からないお隣さんだな、とカナメは思った。自分との波長も心配になってくる。

 でも、理衣菜は悪い人ではない。むしろ、良い人だ。


「ピンポーン」


 そんなタイミングでインターホンが鳴った。


 カナメが代表してドアを開けた。





 


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