24 全国大会
昼下がりの屋上。
俺はいつものように玲愛と昼飯を食べている。
「最近、部活のほうはどうだ?」
「特に何事もなく、活動中ですよ」
「そうか。この前はクッキー、ありがとな。美味かった」
「いえいえ」
玲愛は手を顔の前でひらひら、と振る。あのクッキーはお世辞抜きで美味しかった。ひょっとすると、店で売ってるクッキーより良質かもしれない。
「そう言うカナメくんは部活、順調ですか?」
「ああ。そのことなんだがな。今度、水泳の全国大会があるんだ。その大会に俺のチームも参加する事になった。玲愛が良ければ、その、応援に来てくれないか」
「えっ、いいんですか!? 全国大会、凄いじゃないですか。行きますよ、勿論!!」
俺はホッと胸を撫で下ろす。
でも同時に緊張も込み上げた。好きな子に応援されるのは嬉しいけど、それだけプレッシャーも掛かる。
玲愛は俺の肩にゆっくりと頭を乗せた。この重ささえも心地よい。
「玲愛……?」
「優勝して欲しいですね。これはチャンスですよ」
「チャンス?」
「はい。きっと優勝したら……五城さんは嫌がると思います」
何故、五城が嫌がるのだろう。
それに、彼女への恨みや敵意はもう謝られた事により、消滅しかけていた。
「?」
「まあ今は分からなくても、そのうち分かります」
残りの弁当を食べ終え、二人は屋上を出る。
***
夜。
玲愛と俺はベッドに乗っていた。横になる、というよりは座っているようなかんじで。
――玲愛にバッグハグされる。
「優勝して下さい、私の為に。応援してますから」
「玲愛の為?」
「はい。優勝したらご褒美あげます」
ご褒美は楽しみだな、と思う。何だろう……。
「楽しみにしてる」
言うと彼女はウインクした。
「大会っていつなんですか?」
「今週の土曜日だ」
「近いですね」
正直伝えるのが遅かったかな、と反省した。
今度は正面から彼女にハグされた。
「カナメくんは絶対、優勝します」
「何でだ?」
「私がいるからです」
「心強いな」
「えへへ」
やっぱり今日も彼女が可愛い。
大会は緊張するけど、楽しみだ。きっと勝てる。だって、玲愛がいるのだから。
五城が嫌がる理由はいくら考えても分からなかった。
けど、そんなことは気にせず、眠りに就けた。
大会まであと三日。
玲愛の為にも頑張ろう。
***
時は過ぎ、大会当日。
いつもより早く起きた俺は隣で寝ている彼女を起こす。
「ほら、朝だよ。大会当日だぞ。応援してくれるんじゃなかったのか?」
「カナメくん好きぃ……、結婚してぇ……」
甘い寝言を呟く玲愛。
「結婚ははえーよ」
寝言にもツッコむ俺。
そのツッコミに反応したのか、玲愛の瞳がぱっちり、と開く。
「なにか変なこと、口走ってました?」
「いや、寝言なんて言ってなかった」
何かを察したのか、玲愛は「んふふ」と悪戯な笑みを浮かべた。視線は俺の真っ赤な顔に集中している。
「朝ごはん、作ってきますね」
「よろしく頼む」
――しばらくしてリビングに向かうといつもより豪華な朝食が並んでいた。
卵の乗ったサラダにフレンチトースト、ミネストローネなど。
「頑張って頂くので、これくらいはしませんとね。嫁とし――いえ、彼女として当然なことをしたまでです」
いま、嫁としてって言いかけたよな? 夢を引きずっているのか……。
「ありがとな。お陰で頑張れる」
俺はそう言い、フレンチトーストを頬張った。甘くて食感も良くて、美味しい。
水着などの準備を終えると、登校する時間帯より早く家を出た。玲愛も化粧を済ませ、俺の隣を歩いている。
「脱いだカナメくん、見たことが無いので、新鮮です。早く見てみたいです」
第一声がそれ!?
脱いだカナメくんってなんだよ……。
「ああ、そうか。楽しみにしてくれよな」
「返しが適当じゃありませんか?」
「……」
――電車に乗り、電車に揺られる。
人はラッシュじゃなかったので、比較的空いていた。
「ラッシュが良かったです」
「えっ? 息苦しくないか?」
「カナメくんがより近くで感じられるからです」
玲愛は平常運転だ。俺の心臓が保たない。
彼女は人前でのイチャイチャに抵抗が無いようだ。
「着きましたよ」
「何で君が知っている?」
降りる駅まで把握されてるだなんて。教えた覚えは無い。
やっぱり玲愛って少し怖いな。
駅に着いたらすぐ、大型の水泳施設が見えてきた。
「あそこですね」
「ああ」
どーん、と目の前に立ちはだかる大型水泳施設。天井付近には英語で何か文字が書かれていた。恐らく水泳施設の名前だろう。
中に入ると暖房が効いていて、少し暖かかった。人の数は電車内と大違い。観客らしき人で埋め尽くされている。でも会場は広いので、そこまでぎゅうぎゅう詰めではない。
「じゃあ、俺頑張ってくるから、玲愛は観客席で応援しててくれ。昼飯は施設内のレストランで一緒に食べよう」
「了解です! 頑張って下さい!」
そこで玲愛とは別れた。
***
更衣室にて。
「ぜってー優勝、しような」
「優勝するよ、俺らなら」と俺が言う。
「何でそう言い切れるんだ? 勿論、練習は欠かさずしてたけど」
「彼女が応援に来てくれてるから」
「えっ!? 彼女って例の佐渡さん?」
「そうだ」
「まじで? 俺、頑張って佐渡さん見つけよ」
「俺も俺も」
ごめん、玲愛。
目的が変わりすぎてこのチームなら、優勝逃すかも。
***
水着を着て、飛び込み台の上に立つ。いよいよ、本番だ。
ピー、という笛の音と共に飛び込む。
最初はクロールから行った。
「脱いだカナメくんもカッコいい……!」
観客席で玲愛は燃えていた。
もうカナメの
次は平泳ぎでその次がバタフライ。
流れに沿って俺は次々と技を決めていった。
「頑張って! その調子っ」という玲愛の声も大勢の観客らの「ワー、キャー」という声に掻き消されてしまう。
玲愛、本当に観客席のどこかにいるんだよな? 応援しててくれてるのかな……? とつい不安になってしまう。
そんな不安のせいか、最初は全然順調じゃなかった。
午前の試合の結果は10組中3位。
上位だけれど、優勝を狙ってる俺としては素直に喜べない。
「まあそう落ち込むなよ。佐渡さん、来てくれてるんだろ?」
「そうだけど……」
「ひょっとして佐渡さんがどこにいるか、分かってないのか?」
「ああ。玲愛は本当に観客席のどこかにいて、応援してくれてるんだよな? 不安になってきて……」
「佐渡さんなら、後ろから三列目の真ん中らへんにいるぞ」
「ホントか!?」
俺は観客席をじーっと見てみる。
あれ、いない……。
「もう昼休憩に入ったから、いなくなったけどな」
「おいおい」
でも午後の部も同じ席だろうから、見てみよう。
――待ち合わせ場所のレストランに着くと、玲愛が立って待っていた。
「お待たせ」
そこは普通のファミレスとさほど変わらない、洋食屋さんだった。店内から美味しそうな匂いが漂ってくる。
店員さんに案内されると、丁度二人席が空いていたのでそこに座った。
「食べるの、決まってるのか?」
「ええ。カナメくんを待っている間、決めちゃいました」
玲愛はジェノベーゼパスタを頼むらしい。
「俺はピザかな」
決まり、メニューを注文する。二人とも優柔不断ではないようで、すぐに決まった。
待ち時間。
「カナメくん、頑張ってましたね。きっと午後の部で巻き返して勝ちますよ」
「応援ありがとな」
「でも――私には
何だろう……? ひょっとして玲愛を見つけられなかった事か?
「――試合中、カナメくんと一度も目が合いませんでした。その代わり、別の男子とは頻繁に目が合いました。見つけてくれなかったのですか?」
「ああ、悪い。探したけど、見つからなくて……。でも、メンバーに場所教えてもらえたから、午後は大丈夫だ」
「カナメくんなんて、嫌いです」
「へ?」
「最低です」
「午後は大丈夫だっ――」
彼女の目が怖くて、これ以上何も言えなかった。
不機嫌な彼女は食事中もずっと無言で、もしかしたら試合中も不機嫌で応援もしてくれないんじゃないかって不安になった。けれど、同じ時を沢山過ごしたのに、玲愛の機嫌を治す方法は未だに分からない。
「ピザくれたら、許しますよ」
そう彼女が言うので、ワンピースピザをあーんしてあげた。すると嬉しそうに微笑んだ。
機嫌はピザで治るのか……。
でも毎回ピザ持ってるわけじゃないもんな。女心は不思議だ。
「そろそろ、時間じゃありませんか?」
「お、そうだな」
ここでお別れの時間が来てしまう。
――ぎゅっ。
急に玲愛が抱きついてきた。
この温もりが愛おしい。離れたくない。
「…………」
彼女も同じ気持ちらしく、身体を長く触れ合わせてくるが――。異常に長くないか?
いつもの倍はハグされている。
「…………」
しかも周囲の視線を感じるのだが。
「もう、いいですよ。試合、頑張って下さい。絶対優勝して下さい」
「ああ、頑張る」
***
試合前のミーティング後のこと。
「お前、佐渡さんにハグされてたよな」
やっぱり見られていたか。
「ラブラブ〜」
「大好きな彼女さんが見守っているなら、絶対優勝しねえとな」
理翔のようなウザさは殆ど無く、背中を押された。彼も見習って欲しい。
理翔がこの場に居たら、絶対ウザ絡みされることだろう。
――そうして、午後の部がスタートした。
午後は自由形だった。俺は勿論、クロールを選択する。
俺は三番目だったから、列に並んで待っていた。その間にメンバーが言っていた、三列目の真ん中に玲愛がいるのか、確認する。
――いた。
玲愛はこちらに向かって手を振って応援してくれていた。
そして何やら、口を動かしている。
『好き』
(うい……?)
『好き』
(うき……?)
浮き輪のことだろうか。生憎俺は、浮き輪を持っていない。
『好き!』
(好き……?)
まさかな。応援で好き、だなんて言うはずがない。――と、思ったら。
彼女は手でハートマークを作った。
(マジモンの好きぃぃー!?)
そんなことを思っているうちに、俺の番がやってきた。
間際。
『頑張って』
そんな声が聞こえたような気がして、勢いよく水面に飛び込んだ。
その声は紛れもなく、俺の好きな玲愛の声だった。
無心で泳ぎ続ける。
彼女に応援された俺は強い。彼女の為なら何だって頑張れる。
そして――
「1位、〇〇高校!」
俺の高校は優勝してしまった。
嬉しい。嬉しすぎて止まらない涙。
着替えている時も優勝記念にメンバーと抱きしめ合っている時も身体は震えていた。
それはみんな、同じだった。
***
水泳施設の前で玲愛と合流。
「お疲れ様でした。優勝おめでとうございます」
「優勝は玲愛のお陰だよ」
「いえいえ、そんな……」
彼女は照れる。
「それより、さっき試合前、なんて言ってたんだ? 『好き』って言ってたような……」
「ご想像にお任せします」
何で? まあ、好きと受け取っておこう。
優勝出来たんだし、結果オーライだ。
「きっと来週からは悠々自適な日々が待っていますよ」
「いや、それは大げさじゃないか?」
「んー、私の予想は当たると思いますけどね」
得意げに彼女は言う。
それに、玲愛が前に言っていた、「俺が優勝したら、五城が嫌がる」発言も気になる。現時点では何を言いたいのか、さっぱり分からない。
「あのさ、本当に俺が優勝したら、五城は嫌がるんだよな?」
「ええ」
「理由教えてくれないか?」
「そのうち分かります。説明しても理解力の無いカナメくんには分からないと思いますから……」
「なんでディスられてる!?」
いきなり悪口を言われ、戸惑う俺。
でも玲愛の発言もご
――マンションに着くと。
「そういや、ご褒美って何なんだ?」
優勝したらご褒美をくれる、と彼女は言っていた。それを俺は覚えていた。
「ふふっ」
「?」
訳の分からないまま、夕食を食べ、風呂を済ませ、ベッドに向かうとキャミソール姿の玲愛が毛布にくるまり、待っていた。
「恋人同士のご褒美といったら、アレしか無いじゃないですか」
「!」
「どうぞ、お好きなままに」
「え――」
今宵、何があったのかは玲愛と俺しか知らないのだった。
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