20 手作りのクッキー
今日は一緒に帰れなかった。
二人とも部活があるからだ。玲愛は家庭科部、カナメは水泳部。
今日の家庭科部は調理実習だった。クッキーを作るらしい。
「――佐渡さん、へら取って」
「はい」
玲愛は部員にへらを渡す。
玲愛の役割は焼く係だった。だから、手持ち無沙汰なこの時はみんなの流れを見守っていた。
のはずが……
ぼーっ。
彼女はぼーっとしていた。これから、彼にクッキーをプレゼントして、食べてもらうと思うと気が気じゃなかった。頬がほんのり紅潮する。
「佐渡さんっ!」
いつの間にかクッキーは混ぜ終わり、型に入れ終わり、あとは焼くだけだった。焼くのは玲愛の仕事だ。といっても、オーブンに入れるだけなのだけれど。
「真面目な佐渡さんがぼーっとしてるなんて、珍しいね。ひょっとして、誰かにクッキーをプレゼントしたり?」
「すみません。あと、プレゼントなんてするわけないじゃないですか。何言っているんですか」
「ははっ、そうだよね」
オーブンのセットをし、あとは待つだけ。
「楽しみだね!」
「そうですね」
そう告げる玲愛のテンションは高くも低くもない。いつも通りだ。
チン。
クッキーが焼き終わる音がする。
香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。美味しく出来たっぽい。
「わー、美味しそう……!」
「ですね」
「佐渡さんは意中の男子にプレゼントするんだよねっ!」
「しないですってば」
図星だから、言葉がぎこちなくなってしまう。
――やっと食べれる。
「いただきます」
(ん〜、美味しい)
これなら、彼にあげても喜んでもらえそうだ。
クッキーはひとり二枚まで食べられるらしい。玲愛は一枚は自分で食べ、もうひとつはラッピングされた袋に仕舞った。
その様子を見ていた家庭科部員は――。
「あれあれ? その袋に仕舞ったクッキーはどうするのかな?」
「自分で後で食べます、お腹いっぱいなんです」
部員は更にニヤける。
「何ですか」
「何でもないっ」
確実に部員には想い人にあげるな、とバレているが、玲愛は隠し通しているつもりだった。
――マンションに着く。
「大変遅くなりました」
ぺこり、と彼女は頭を下げる。
「いいよ。お。良い匂いするな」
「部活でクッキー、作ってきました」
「くれるのか?」
「はい、食べて下さい」
玲愛は袋からクッキーを出し、カナメにあーん、させる。
「美味しい。サクサクしてて。チョコも苦くなく、甘い」
今回作ったのはチョコチップクッキーだった。気に入ってもらえて何よりだ。
「私にも下さい。見てたら、食べたくなってしまいました」
カナメは残りを彼女にあげる。
さっき食べた時より、二人で食べた今のほうが美味しく感じられた。
「美味しいですね」
「ああ」
「カナメくんは部活のほうはどうですか?」
「順調だよ」
それは良かったです、と玲愛は彼のネクタイを引っ張り、――キスをした。
今日は一緒に帰れなかったから、その寂しさを埋めるように。
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