17 遊びたい


 気分転換をしても、大きなクマのぬいぐるみが取れない。


 否、それよりも俺は重大な事実に気づいてしまった。


 ――ぬいぐるみの位置が動いてる!?

 どうやら、ゲーセンスタッフの手により初期値に直されたようだ。


 さっき、必死にちょっとずつゴールの穴まで近づけてたのに……


 というわけで、さっきより難しくなった。絶望。


 玲愛が百円を入れる。

 クマの耳を掴んだ、と思えばスルリと抜けてしまう。


「あー。惜しいですね」


 隣で見ていた彼女がそんな感想を残す。


「何か狙う場所とかコツってあるのか?」

「あのぬいぐるみのタグの輪っかに引っ掛けるか、もしくは首ですね」


 ……無理だ。


「私いないほうがいいですか?」

「えっ」


 別にいてもいなくても変わらないと思うが。それに応援してくれるほうがモチベは上がるし。


「私ちょっと遊んできますね!」


 そう告げ、玲愛は遠くに行ってしまった。



 何度頑張っても、ちょっぴり動くだけで取れない。一応、玲愛からは五千円貰っているが。……って、ぬいぐるみごときに五千円も使うのか!?


 なんて格闘すること十分弱。


 玲愛が袋を両手に持ち、帰ってきた。


「まだ取れていないんですか?」

「! 玲愛のほうこそなんだよ、その袋」

「じゃがりこが沢山取れました」

「いや、豊作過ぎだって。誰が食べるんだよ」

「それにアポロチョコとコーヒービートも」


 筒状のチョコレートも五本ほど、袋に入っているのが確認出来た。


「ゲーム上手いんだな」

「それほどでも」


 彼女は少し照れる。


 そして俺は気づく。


「玲愛ならこのクマのぬいぐるみも取れるんじゃないか?」

「取れますよ」

「いま何て?」

「取れます、と言いました」

「じゃあ俺に任せずに取れよ」


 むー、と口を尖らせる玲愛。

 俺は女心を全く分かっていなかった。


「カナメくんが取らなきゃダメなんです。さっき、あなたは『してもらってばかり』と言いましたよね? でしたら、少しくらい私もねだっちゃダメですか?」


 そうか。玲愛は不器用ながらも甘えているんだ。俺にプレゼントされたいんだ。


 だったら、何円かけてもやるしかない。



 およそ、五十回以上目。


 テッテレーン、テレンテレン。


 ――取れた。やっと取れた!


「良かったですね、カナメくん」


 俺は飛び跳ねる。そして、クマのぬいぐるみを抱きしめる。


「いま、クマのぬいぐるみの価値が上がりました」

「?」


 彼女はよく分からない事を言っている。

 ぬいぐるみを彼女に渡す。すると、愛おしそうに玲愛はぬいぐるみに顔をスリスリした。


 現在時刻は14:30。

 クレーンゲームで手こずったせいで、丁度いい時間となった。


「そしたら帰りましょうか」


 二人でショッピングモールから出る。


 両手が塞がっている為、手を繋げないのがもどかしい。だけど、歩幅を合わせて帰路を歩く。


「そういや、五城さんに送った写真はどうなった?」

「返信来ましたよ」


 澄まし顔で彼女は言う。


「何だって?」

「『休日デートとか良いですねー』だそうです」


 絶対、煽ってる。羨ましがってるのを堪えてる。


「玲愛の返事は?」

「返事してません」


 既読無視かよ。



 マンションに着くと、玲愛が取りすぎたお菓子のもぐもぐタイムが始まった。


 じゃがりこが一袋に三個入っていて、それが十二袋だから、じゃがりこ36個分。そして、筒状チョコレートが五本。


 チョコレートならまだ食べれるが、じゃがりこは誰が食べるんだよ。


「じゃがりこ、五城さんにあげるか」

「彼女はお菓子苦手です」


 それこそ嫌がらせになるが、苦手なら仕方ない。あげるのは流石に可哀想。


「じゃあ、理翔かな」

「理翔って誰ですか」

「俺の友達」


 玲愛はふむふむ、と頷く。


 そこからは二人黙ってしまって、ポリポリ、ガリガリ、といった咀嚼音そしゃくおんだけが部屋中に絶えず響き渡って、カオスだった。


 ***


 その頃の五城はというと――。


 ああ? なんなの? 私がこんなに悩んでいる時に二人でデートしてんの?


 玲愛ちゃんは初デートだろうから、先越されたし。私はデートしたことないのに。


 二階堂と付き合うべきだったのかな……? でもいま彼に告白してもOK貰えるはずがないし。


 しかもハートポーズとかむかつく。ラブラブかよ。


 いいなー。


 私は「休日デートとか良いですねー」と返した。そこに全く感情は籠もってない。



 ――十分後。返信が来ない。


 なにしたかったの? 、玲愛ちゃん。


 嫉妬だけさせておいて、その後は放置?


 腹黒過ぎるでしょ。


 絶対、今年中に彼氏作ってやる!


 そう私は誓った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る