15 食べたい


 店内は程よく暖かかった。

 人は喫茶店などに比べると空いていて、店員さんがすぐに席へと案内してくれた。


 窓際の二人席。

 窓の外を見ると、人がちらほらと歩いているのが見える。


「ん」


 窓ばかり見ていると玲愛にメニュー表を渡された。


「私はオムライスにしました。カナメくんは?」


 そんなすぐに決められるものでもないので、五分間くらい顎に手を当て、悩む。



 ――五分後。


「俺はナポリタンスパゲティかな」

「そしたら、今から作りますね」

「注文するんじゃなくて!?」


 そうでした、とわざとらしく咳払いした後、彼女はベルを押した。

 店員さんがすぐに来てくれ、注文完了。


 一体さっきの「作ります」宣言は何だったんだろう、と思っていると。


「ファミレスの一流プロにも負けたくありません。カナメくんの胃袋は私が掴むのです」と真剣な眼差しで言っていた。


 なんか変なプライドだな、と俺はスルーした。



 待ち時間。

 俺は欲望に忠実にさっき買ったラノベを読みたいという気持ちと女の子とのデート中にラノベなんか読んじゃダメだ、という気持ちで葛藤していた。


「さっき買った本、読んでもいいんですよ?」

「……いや」


 何故か玲愛は悪魔の囁きをしてくる。玲愛はお喋りしたくないのだろうか。それとも試しているのだろうか。


「読まないんですか? 感想、私にも聞かせて下さい」

「…………」

「本より私のほうが大切なんですね。カナメくん、私のこと大好きじゃないですか」

「い、いや、好きとかじゃなくて。女の子とのデート中に彼女の存在を無視して、趣味に没頭するのはどうかと思ってな」

「素直に好き、と認めて下さい。そういう人に配慮が出来るカナメくん、私は好きですよ」

「……!」


 先の二つの可能性は後者が正解だったようだ。


 そんな会話をしているうちに料理が運ばれてきた。二人の注文の品が届くのは同時だった。


 玲愛はオムライスより先にオレンジジュースに口をつけた。


「ん。美味しい」


 そんな感想を残して。


 俺が食べたナポリタンスパゲティも滅茶苦茶美味しかった。けれどそんな様子を見遣る玲愛の目は睨んでいた。なんで?


「そんな美味しそうに食べないで下さい。いちゃいます」


 彼女はそんな文句を言ってくる。でも可愛かった。


「って、口にパスタソース付いてますよ」


 取ってあげます、と彼女は俺に近づいてくる。


 俺はナプキンに手を伸ばし、自分で拭こうと試みるが――彼女に制止させられる。


「ダメです、私が取るんです」


 刹那、強引にナプキンでゴシゴシと拭かれる。彼女が前かがみになっているせいで見えてはいけないものが見えそうになっている。俺は咄嗟に目を逸らすが――。


「どこ見てるんですか」


 バレてしまった。


「いや、何も、何も見てない」

「ふーん」


 玲愛は恥ずかしがっているというよりは、完全に遊んでいる。


「あ、拭き終わりましたよ、変態さん♪」


 俺の顔だけが赤くなる。そして一応、礼は言った。


「もう。しっかりして下さい。私とキスする口なんですから、綺麗にしておかないと」

「……!」


 確かに。これからは清潔感を意識しないとな。


「午後の予定ですが、ゲームセンターに行くんですよね?」

「ああ、そうだが」

「ゲームセンターだけだと、暇を持て余しませんか?」

「言われてみるとそうだな」


 んー、でもそれ以外にどこに行けばいいんだ? 行き場が無い。


「帰ってゆっくりっていうのも手だと思う。ほら、俺らは離れ離れになるわけじゃないんだし」

「ですね。そうしましょう」


 食べ終わり、レジへと向かう。


「結構、食べましたよね」

「ああ、お陰でお腹いっぱいだ」


 メイン料理の後、デザートも頼んだ。玲愛はいちごパフェを食べていた。俺はアイスの乗った、パンケーキ。甘くて美味しかった。


「――お会計が3520円です」


 俺はポケットから財布を取り出す。――より先に玲愛が千円札と小銭をトレイに置いていた。


 ちょっと待てよ。


「れ、玲愛。俺が払うって」

「いいえ。カナメくんは一円も払っちゃダメです」

「何でだよ、奢らせてくれよ」

「私が奢ってあげたいからです」

「でも、俺、玲愛にしてもらってばっかりで……偶には俺も玲愛に何かしてあげたい」

「わたし、人に何かして貰うの、苦手なんです。それに、カナメくんには普段から愛情を沢山貰っています」

「そうかよ」


 結局、俺が折れて彼女に払ってもらう事になった。


 本当に何もしてあげられなくて、情けない。


 同い年なのに、彼女のほうが年上みたいに感じられる。


 ファミレスを出て、再びショッピングモールに戻る。ゲーセンは確か一階にあるはず。


 さっきより、人の数が多くなっていた。人混みに酔いそう。


 ゲーセンには様々な種類のゲームが並んでいた。


 ここは彼女の為に一肌脱がないとな。さっきから、男の尊厳が失われつつあるから……。


「何か欲しいものあるか? 俺が取ってやる」

「では、あの大きなクマのぬいぐるみ、取ってくれませんか?」


 あ、あれ?


 ズドーン、と構えるベージュの大きなクマのぬいぐるみ。ピンク色のリボンを付けている。


 あれを一回で取れたらカッコいいよな。


 俺には無理だけど。



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