10 休み時間


 ガヤガヤと騒がしい休み時間。2限目の後のこと。


 五城は俯せで顔をうずめながら、こっそり俺と友人の会話を盗み聞きしていた。


「なあ、二階堂。とうとう五城さんに告ったんだって?」

「ああ、玉砕したけどな」

「だろうな」


 こう話すのは俺の友人――理翔りとだ。彼とは小学校の頃からの幼馴染で俺のことなら、殆ど把握されている。まあ玲愛には敵わないかもしれんが。


「――なんか、好きな人がいるんだって」


「!」


 五城はバッと勢いよく立ち上がり、俺と理翔の正面まで来た。それに気づかなかった俺らは構わず、話を続けようと思ったのだが、やがて彼女の声が聞こえてきたので、会話は途切れた。


「い、言わ……」

「……岩?」


 キョトンとする理翔と俺。


「……言わないでっ!」


 だが、時すでに遅し。

 クラスメイトはざわつき始めていた。


「五城さんに好きな人、だって!?」


 時間差で理翔もそう叫んだので、もうダメだ。


 おま、馬鹿、何やってんだよ。

 五城さんは言わないで、と言っているのに。


 まあ俺を傷つけた人のことなんか、味方する気は最初から無いけど。


 ざわざわ、ざわざわ。


「あの、悠希ゆき様に好きな人っ!?」

「えっ、誰だろう……?」


 五城は一目散に教室から逃げた。


「待って! 五城さん!」


 クラスメイトは五城を追いかける。五城はこういう面倒事が苦手なのだ。本当は人気者じゃなくて、一人になりたかったとか。でも誰かに注目されてないと落ち着かない、というめんどくさい性格の持ち主だ。


 廊下を走る五城を目撃した玲愛は静かに彼女を追った。


 ***


「五城さんの好きな人って誰?」

「知るかよ」


 どうもこの様子だと理翔も五城のことが好きらしい。


「言われた時に聞かなかったのか?」

「……」


 彼に本当のことを話すか迷った。でも言うべきでは無い、と思った俺はこう告げる。


「――五城さんには関わらないほうがいいよ」


 マジな目で告げたので、理翔は一瞬怯む。そして、首を傾げる。


「まあいいや。それよりさ、佐渡さんと付き合ってるんだって? やばいな、お前。今日から君は人気者だよ」


 人気者は大げさだ。


「玲愛は俺の彼女だ」


 隠す必要など無いから、素直に言う。


「れれれれあ!?」

玲愛れあな。そんなレアじゃない」


 そして一応、同棲している事も伝えた。


「どどどどど……」


 理翔はすっかりバグってしまった。

 落ち着くまで待つ。


「なんで付き合う事になったんだ!?」

「色々あってな」

「色々あり過ぎるだろ」


「どっちから告白したんだ」

「俺が告白

「された!?」


 これだから、色恋沙汰はめんどくさいな……。放っておきたい。


「二階堂は三年前から五城さんのことが好きだったんじゃなかったのか?」

「ああ、そうだったよ」

「意外。二階堂ってそんな気移り早かったっけ……」

「あんな女、もうどうでもいい」

「!」


 ここでようやく、彼は全てを察した。

 俺が彼女のせいで傷ついているのにも気づいた。


「とりま、お疲れ様」


 肩をポンと叩く理翔。大切な友人に俺も礼を述べる。


「ありがとう」


 それからはもう、理翔は五城の話を俺の前でするのを避けるようになった。


「いいなー、彼女か。いいなー。同棲とかいいなー。リア充やん。俺にも春は来ねえかなー」


 ウザいのは変わらなかった。



 ――五城はこれから、全校生徒に「好きな人って誰?」と問い詰められることになる。俺に嘘なんか吐くから。


 五城の好きな人はこの学校にも他校にもいない。だから答えようが無い。


 すっかり居場所を失った五城は誰もいない四階の屋上の扉の前で座り込んでいた。


「はぁ〜」


 彼女はひとり溜め息を吐いた。

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