7 寝た


 風呂から出て、寝室に行くと玲愛が体育座りをして待っていた。寝ずにずっと俺のことを待ってくれていた。なんか、悪いな。


「私、ずっとうずうずしてたんです。責任、取って下さい」


 俺もベッドに腰掛ける。


 責任、か……。

 否、俺らは今夜致すのか……?


 そんな事を考えていたら、突然玲愛が腕を絡ませてきた。彼女の腕が細長いから、少しこそばゆい。


「この腕、離しません」


 自然と玲愛に引っ張られ、俺はベッドに沈み込む。


「うふふっ」

「何だ?」

「何でも、ないですよ?」


 多分、俺と一緒に寝られて喜んでいるのだろう。表情と声から伝わってくる。


 てか、ベッド狭い。

 一人用だから、仕方が無いのだが、終始密着状態で玲愛の身体の感触がモロに感じてしまう。


「ドキドキ、してますか?」

「なに当たり前のこと、聞いてんだよ。ドキドキしてるに決まってるだろ。こんなに密着されたら」

「私もです。そしたら、しましょうか」


 何を!?



 ――窓を開けているので、夜風が冷たい。カーテンがゆらゆらと揺れている。


 正直、こうなるとは思っていなかった。五城さんにフラれるとは思っていなかったし、何より玲愛との同棲生活が始まるなんて。五城さんから受けたダメージはすっかり、玲愛によって癒されていた。


 でも――玲愛に関して、一つ心配事があった。それは、彼女からの告白も『好き』も嘘なんじゃないかって。俺を騙そうとしているんじゃないかって。あんな出来事があったから、人間不信になるのはしょうがないのかもしれない。けれど、これから交際するのに疑っていたら、彼女に申し訳ない。だから、確かめる。


 そして五城さんを見返す為だけに付き合うのも何か違う気がする。利害の一致と恋愛感情は別物だ。


 ***


 玲愛にしましょう、と言われた。これから何をするのか、分からない。


「こっち、向いて下さい」


 ?


 俺が振り向くと玲愛の顔がぐっと近づいてきた。彼女の眠そうな瞳はゆらゆら、と揺れている。


 鼻先が触れ合う。


 ――そして、唇が重なった。


「!?」


 ぷっくりとした柔らかな唇が俺の唇に……。


「んっ」


 一旦、唇を離すと再びキスしてくる。


 彼女から発せられる甘い香りと彼女の柔らかな身体はとても心地が良い。


 そして再び唇を離すと、彼女はこう告げた。


「私、ファーストキスがあなたなんです。キスの仕方が分からないので、もっとしていいですか? 普通はどのくらいすれば男の人は満足するのか、分からないんです」

「いいよ」


 すると、玲愛は何度もキスをしてきた。


 しまいには20秒以上唇が触れ合っていることもあった。


 いつになったら、離してくれるんだ?


 そう思わずにはいられない。


 けれどそれは、愛されている証で。そんな彼女が俺を騙してる、だなんて考えられない気がするけれど……。


 今度は俺のほうから唇を離した。


「今夜はこの辺で」

「そうですね、寝ましょう」


 ――と、その前に。

 確認したい事があったので、伝える。


「あのさ俺、玲愛のこと、信じてもいいのかな?」

「なに言ってるんですか、信じて下さい。もし、カナメくんのことが嫌いなら、キスなんてしません」

「そうだよな。でもまだ俺、人が怖いんだ……」

「私も怖いですか?」

「怖くない。でも時々、ある意味怖い」


 そう言うと、軽くチョップされた。

 痛てて。


 若干シリアスになったが、それでも玲愛とのキスの感触が忘れられなくて、なかなか寝付けなかった。


「寝れませんか? 私もです」

「何で俺の顔見てないのに、分かるんだよ」

「何となく。ですが、もし明日、仮に遅刻したとしても私と一緒なので安心です。『赤信号みんなで渡れば怖くない』的理論です」


 遅刻する気満々かよ。


「明日、五城さんがどんな反応するか、楽しみですね」

「そうだな」


 忘れてた、明日あいつに彼女出来ましたアピールめっちゃするんだった。


 心底びっくりするだろうな。

 俺、モテないし。

 五城さんのこと、好きだったからずっと彼女作るの、我慢してたし。


 俺の気持ちをけなした奴なんか、地獄に落ちてしまえ。なんて、心の中で毒づいていると、玲愛にホールドされた。


「カナメくん、大好きです」

「俺も玲愛が好きだ」

「ふふっ、こんな調子じゃ寝れませんね」


 夜は長い。


 ――朝になると、太陽が射し込んできた。あれから、2時過ぎくらいに寝れて、朝陽によって俺は起きた。隣には寝息を立てている彼女が。


「わわっ!」

「何ですか、眠いです」


 あ、そうだった。俺、玲愛と同棲してるんだった。現実感の無い朝に戸惑う俺。


「君、いたんだ……忘れてた」

「何ですか、まさかの記憶喪失展開ですか。昨日キスまでしたのに酷いです。忘れないで下さい」

「俺、朝飯の準備してくる――」

「私がします!」


 途端、ベッドから飛び起き、ダッシュで俺の部屋から出ていく玲愛。


 いや、何でそんなに俺に家事をやらせたくないんだよ……。

 

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