6 風呂上がり


 リビングにいるのにシャワーの流水音が聞こえてくる。只今、玲愛は入浴中。


 裸を見ているわけでもないのに、流水音を聞いてるだけでこんなにもそわそわしてしまうのは何故だろう。流水音って不思議だ。


 もうじき玲愛が風呂場から出てくる。

 俺は重要なを忘れている気がした。ハッと思い出し、急いで洗面所の扉をノックする。


「――あのさ、玲愛。寝巻きは持ってるか?」


 丁度そのタイミングでガチャリ、と扉が開く音が聞こえた。


 出てきたのは――風呂上がりの玲愛。バスタオルを巻いて、頬を赤く染めている。


 それを見て俺はドキッとする。


「ごめんなさい!」

「俺のほうこそごめん」


 バタン、と扉が勢いよく閉まる。


「寝巻き持ってないので、カナメくんの服、貸して下さい」


 彼女は早口で告げた。


「わ、分かった。俺の服貸してあげるから」


 俺はTシャツとジャージのズボンを彼女に渡す。


「ありがとうございます」



 しばらくして、ぶかぶかの俺の服を身に纏った玲愛が出てきた。


「ぶかぶかです」

「しょうがないだろ」


「――というか」

「ん?」

「このくらいのハプニングで心を乱していては、同棲など出来ませんよ?」

「玲愛は同棲を何だと思っているんだ?」

「辞書によると、結婚していない男女が一つ屋根の下で一緒に暮らし、、人によってはゆくゆくは結婚を目指すこと、と載っていますよ」

「……」

「一つ屋根の下で肉体関係を持ち……」

「分かった、分かったから。復唱しないでくれ」


 次は俺の番か、と立ち上がろうとすると、急に玲愛がもたれ掛かってきた。彼女は俺の前に座り、背中を預けている。


「どうした?」

「ん」


 すると彼女は俺にドライヤーをくれた。


 これは髪を乾かせ、ってことか?


 ドライヤーを起動させる。そして、彼女の濡れた髪に触れる。いつもはサラサラな髪でも今では濡れて艶めいている。どっちも綺麗なことには変わりないが。


 ドライヤーの轟音の中から、玲愛の小さな声が聞こえてきた。


「……気持ちいいです」

「それは良かった」


「カナメくん、好きです」

「知ってるよ」

「そこは照れるところです。というか、轟音の中でも声、聞こえるんですね」

「ああ、玲愛の声だけはな」

「……っ!」


 再び玲愛は照れる。

 平然とそんな事言わないで、と肘打ひじうちしてくる玲愛。

 何故、そんな暴力振るわれなきゃいけないんだ? と不思議に思う俺。


 そんなやりとりを繰り返していると、いつの間にか彼女の髪は殆どいつものサラサラヘアーに戻っていた。彼女はあまり動かないでいてくれたので、初めての俺でも乾かしやすかった。


 もう終わっただろう、とドライヤーの電源を切る。


「終わった」

「お疲れ様です」


 さて、立ち上がろ――


「――ん」


 今度はくしをくれた。


 てか、さっきから玲愛の「ん」可愛すぎないか? そして、「ん」だけで通じる俺も凄い。


 サラサラとした彼女の髪をかし始める。今でも充分ストレートだから、梳かす必要あるのか? と思うが彼女が要求するので、梳かしてあげる。


「どうですか? 初めて女の子の髪の毛をいじった感想は……?」

「何で玲愛は初めてだって知ってるんだよ」

「カナメくんのことは何でも知っています」

「怖い」

「女の子に『怖い』とか言わないで下さい」


 ――髪の毛を梳かし終わった。

 けど、俺は何でか立ち上がりたくなかった。ずっとこのままでいたかった。


 玲愛を後ろからそっと抱きしめる。


「んっ!」

「ああ、悪い。風呂入ってないから、汚かったよな」

「いえ、そうじゃなくて。嬉しかったです、カナメくんのほうからスキンシップ、してくれるのが」


 玲愛は俺のほうを向き、にっ、と笑う。可愛い。


「カナメくん、好きです。好きだから今夜は一緒に――」

「ああ、分かってる。風呂入ってくるよ」


 俺はようやく風呂場に向かうことが出来た。もう時刻は夜の十時半を過ぎていた。さっさと風呂に入って、玲愛と寝たい。


 一方その頃、リビングで玲愛は――


「カナメくんがいないと生きていけないかも……」


 ――そうポツリ、と呟いていた。









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