5 料理する


 302号室――。金色の文字でそう書かれている。その下には『二階堂』の文字。俺の住んでいるマンションは表札がお洒落なことでも有名だ。表札だけ見ると、まるで一流ホテルのような外観。


「ここが俺の部屋だ」


 部屋に玲愛と二人で入る。


「結構、広いですね」


 確かに一人暮らしの男子高校生の部屋にしては広い。両親がそれだけお金をかけてくれた、という事だろう。感謝だ。


 でも俺は知らない。


 この部屋が二人部屋だということも。両親がこの部屋を選んでくれた意味も。


 それよりも俺は別の所に着目した。

 ――靴が二足。いつもは一足しかなかった、寂しかった玄関がちょっとだけ華やかに見える。そしてそれは女の子を家に招き入れたという現実を改めて感じさせた。


 一通り部屋を案内する。


「ここが俺の部屋だ」

「今夜はここでカナメくんと一緒に寝るんですね」


 恥ずかしそうに言う玲愛。

 俺まで恥ずかしくなってくる。


「えっ、ね、寝るっ!? いやいや、待ってくれ。心の準備が……」

「何ですか、私を冷たい廊下で寝させる気だったんですか、最低です」

「いっ、いや、違うけど」

「カナメくん、可愛い♡」


 瞬間、俺の中で羞恥心というか怒りといった感情が騒いだ。からかわれた事によりたじたじになる俺。どうやら玲愛のほうが一枚上手うわてだったようだ。


 しばらく無言状態が続く――。


 玲愛はキッチンに移動し、俺は「何も手伝わなくていい」と言われたのでリビングで待つ。本当にモノの場所とか分かってるのか? まあ、玲愛のことだし大丈夫だろう。


 テレビをつけるともうドラマとかが始まっていた。予想以上に帰るのが遅くなっちまったな。


 十五分ほど経つとキッチンのほうから良い匂いがしてきた。それはやがて、俺のほうへと近づいてきて――


「出来ました」

「おお、美味そう」


 肉汁溢れるハンバーグと栄養バランスの良いサラダ、それからさっきから香ばしい香りを漂わせているチャーハン。


 ん?


 ここである違和感を抱く。


 皿が一人分しか用意されていない。


 これは……自分でよそう式なのか?


「さ、皿が一つしかないけど……」

「私はカナメくんの余り物でいいです」

「いやいや」


 俺はそう言うが、玲愛は皿を用意しようとも食べようともしない。


「食べるぞ。いただきます」

「いただきます」


 可愛く手を合わせる玲愛。彼女はチラッと俺を一瞥した。


「食べないのか?」

「いえ、私はのではなく、のです。丁度いま、麻痺が進行してしまって、自力では食べられなくなってしまったのです。だから食べさせて下さい」

「俺には君が病院行くレベルには見えないが。それにさっきまで料理してただろ。嘘つけ」

「むー、冗談が通じませんね」


 玲愛は口を大きく開ける。

 それが何を意味するか察し、俺は一口サイズのハンバーグを彼女の口に突っ込む。


「ん〜、美味しいです」

「ったく、あーんして欲しいなら素直にそう言えよ」

「素直に言っても、カナメくんは恥ずかしがって、してくれないと思って……」


 確かにそれはなんとも言えないな。

 彼女は既に俺の性格とやらを熟知しているみたいだった。出会ってまだ日は浅いのに……。


 しばし俺は彼女が口をつけた、フォークを見つめていた。


 胸騒ぎがする……。


 すると彼女は、俺の近くまで来て、フォークを持つ俺の手を覆うように掴んできた。


 ん?


「私もあーん、してあげます」


「――あーん」


 思い切り口を大きく開けると、ハンバーグの旨みが口いっぱいに広がった。


 間接キス、してしまった。


 でも、料理の美味しさと恥ずかしさが相まって、すごく幸せな気持ちになれた。


 なんていうか、これって――


「――恋人みたいだな」

「は? なに当たり前のことを仰っているのですか、私たち恋人ですよ?」


 そ、そうだったぁー!


 恋愛感情が芽生えたてなせいで、現実感が湧いていなかった。


「そうだったな、ごめん、忘れてて。キスでもしとくか?」

「そんなキスを安そうに、言わないで下さい。もっとロマンチックな時にしましょう」


 彼女の言う通りだ。少し反省。


 それから「あーん」のし合いを繰り返しながら食べていると、どんどん時間だけが過ぎていった。


「私はこれで、ごちそうさまでいいです」

「じゃあ俺、全部食べるな?」

「ありがとうございます」


 玲愛はずっと俺が食べ終わるのを待ってくれていた。優しいっていうか、ここまでくると女神だな。


 その間に玲愛はエプロンに着替える。

 水色と白を基調にしたエプロン。似合っていて、とても可愛い。


「エプロン姿、可愛いな」

「あ、ありがとうございます。そ、そんなまじまじと見つめられると、恥ずかしい、です……」


 プシューと頭から湯気が立っているのが見えた気がした。途端、玲愛は赤くなった顔を両手で隠す。



 ――食べ終わり、皿を運ぼうとすると「私が運ぶので、手伝わなくて大丈夫です」と言われ、「自分の分は洗うよ」と言うと「ダメです」と言われ。

 どうやら、少しも手伝ったらダメなようだ。


「いや、自分の分くらい――」

「ダメです」

「なんか全部やってもらってばかりじゃ、罪悪感が……」

「カナメくんがあかぎれだらけの指になったらどうするんですか」

「これくらいじゃならねーよ」

「むー」


 頬を膨らます玲愛。可愛いけど、そういう問題じゃ……。


「そしたら、カナメくんは私の下着を用意するの、手伝って下さい」


 し、下着ーーっ!?


「これから何するつもりだよ」

「お風呂に入りたいです」


 うん、それは分かった。でもなんで、君の下着を俺が用意しなきゃならない?


「えっ、この家に女物の下着なんか……いや、母さんのなら…………それはダメだ! てか、玲愛の胸のサイズとか知らねえし。どうしたらいいんだよ!」


 わあああああーー


狼狽ろうばいしてるカナメくん、可愛い♡」


 …………。


「カバンの中に私の下着、入っていると思うので、洗面所まで運んで下さい」

「わ、わわわ、分かった」


 初めて女子の下着を触った。

 ちなみに色は上下ともに白だった。








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