3 癒された
「――それで、話って?」
静まり返った放課後の図書室。
帰ろうとした俺の前に学校で二番目に可愛い女の子――佐渡が現れ、少しだけ話をする流れに。
「あなた、五城さんにフラれたんですよね」
「これ以上、心の傷を
「違います。私はある提案をしたくて……」
「提案?」
「はい」
ここで佐渡は大きく深呼吸する。頬を若干赤らめて、俺をまっすぐ見つめたまま。
「私で良ければ、付き合ってみませんか? ある条件付きで」
「はああああ!?!?」
「驚きすぎです」
だって……。そもそもある条件付きって何だよ。
学校一の美少女に振られて、その日のうちに学校二の美少女に告られる展開なんて、俺は当然予想してない。びっくりするに決まっている。
「付き合うってあの付き合う!? ちょっと待って」
「はい」
しばらく二人は無言になった。
俺はその間に冷静になる。
少ししてまた佐渡は告げた。
「あなたにとっても悪い話じゃないと思いますよ」
へ?
「君は何を考えている?」
「うーん。考えている、というよりはですね……二階堂さんは五城さんに『一生彼女出来ないと思う』と言われたんですよね?」
「ああ、事実だが。……やっぱり、君は俺の心の傷を抉ろうとしてる?」
何度も忘れようとしている出来事を掘り起こしてくる佐渡。でも、彼女に悪気はなく、心の傷を抉ろうともしていない。
「していません。ただ――五城さんにそう言われたのなら、私を彼女にして、五城さんを見返してやりませんか?」
「っ……!」
佐渡はそんな事を考えていたのか。
お互いにとってメリットだし、良いのかもしれない。まあ、彼女が俺を好きなら、の話だが。
「どうですか? この提案に乗りますか?」
「まだ何とも言えない。もう少しだけワケを聞かせて欲しい」
「はい」
「何でこんな提案を俺にしたのか?」
「許せないんです。私の大好きな二階堂さん……いえ、カナメくんにこんな酷い振り方をした五城さんが。だから、復讐してやりたいです!」
復讐って……。
一応、自己紹介しておくが、俺の本名は二階堂かなめ。何故、彼女が急に『カナメくん』呼びになったのかは分からないが。
「怖いよ、君」
「復讐がですか?」
「ちげーよ。何で俺の名前知ってるんだよ」
「好きだからです」
「理由になってねえ!」
うふふ、と彼女は微笑む。リアル天使か。
「それで提案には乗ってくれますか? あと私のことは
「ああ、乗るよ。玲愛」
これで一件落着。
否、待てよ。大事なことを忘れていないか?
「あ!」
「何ですか」
キョトンと首を傾げる玲愛。
「ある条件付きって……どういうこと?」
「あー、すっかり忘れていましたね」
再び大きく息を吸った後、彼女は言った。
「私をあなたの家に住ませて頂けませんか?」
は?
さっきから玲愛は俺がびっくりする事を次々と言ってくる。
「それって、つまり同棲ってことか?」
「そういう事になりますね。沢山えっちしちゃいましょう」
平然と何言ってるんだ、この子は。
「冗談ですよ」
フッと悪戯に笑う玲愛。
「で、条件呑んでくれますか?」
「んー」
俺は考える。
同棲したい、という事は玲愛は俺に襲われてもいい、と思っているということ。又はその覚悟があるということ。
俺は一人暮らしでマンションの一室に住んでいる。高級でもなく、激安でもない普通のマンション。ちなみに3階。
当たり前だが、女子を家に入れた事は一度も無い。
つまり、玲愛が初めての相手。
「親に許可とか取っているのか?」
「親はいますが、きっと許してくれるでしょう。過保護なので」
不確定過ぎる……!
ってか、過保護なら尚更娘を近くに置いておきたいんじゃないか?
「一応、親御さんに許可を――」
「しょうがないですね……」
玲愛はスマホをサササッといじる。
するとすぐに、笑顔でピースサインをした。
「許可、取れましたっ!」
「はっやっ!」
「ちなみに親に何て言ったんだ?」
「内緒です」
「…………」
――玲愛と二人で長椅子に座る。
もう少しだけ、俺と一緒に居たいらしい。
彼女は当たり前のように、自分の膝を二度叩く。
……?
俺が小首をかしげていると、彼女は言った。
「カナメくんの頭、撫でたいです」と。
「奇遇だな。俺も玲愛の頭、撫でたい」
「そしたら、交代制ですね」
玲愛の太ももに頭をそっと乗せる。
何これ、玲愛の太ももめっちゃ柔らかい。下手したら、Yo◯iboより心地いいかもしれんぞ。女の子の身体は柔らかい、という事を再認識した瞬間だった。
「どうですか。私の膝は」
「すげぇ気持ちいい」
「ふふっ、良かったです」
彼女は俺の頭を優しく、繰り返し撫でる。慰めの言葉をかけながら。
「カナメくんは何も悪くありません。大丈夫です」
……。
「あの女のことは忘れて下さい。カナメくんは私のことだけ、見ていればいいのです」
……。
「カナメくんは大丈夫です。私がいますから」
…………こんなん、好きになるじゃんか!
泣こうかと思ったが、恥ずかしさとドキドキに圧倒され、涙は出てこなかった。
どちらかというと、揺りかごに揺られているような心地よさで睡魔のほうが勝っていた。
でも、傷は癒えた気がする。
「ありがとな、玲愛」
「はい」
俺が頭を
「もうやめちゃうんですか?」
「えっ、いやいや……でもずっとこうしていても、しょうがないというか……」
「私はずっとこうしていたいです」
「でも玲愛は撫でられなくても、いいのか?」
「はっ! そうでした」
ここで交代。
玲愛のさらさらとした髪に触れる。温かい頭に触れる。
優しくゆっくり撫でると、彼女は「んふっ!」という声を上げた。
可愛すぎてどうにかなりそう。
「どうだ? 好きな男に頭を撫でられた気持ちは?」
「……何も言えません」
「そんなに酷かったか!?」
「いえ、幸せすぎて……」
顔を逸らせない体勢故に、玲愛の頬が赤いのがはっきりと窺える。でも、ずっと見ているのは可哀想な気がしたので、俺は視線を逸らす。
「――玲愛はさ、俺が彼氏で本当によかったのか?」
「勿論です!」
満面の笑みでそう言う玲愛。そこに下心や偽りは微塵も無い。
「そっか……。でも玲愛に恋愛感情があっても俺には無いんだよ?」
「カナメくんの恋愛感情は私と同棲しているうちに、自然と芽生えるはずです。だから、気にしません」
きっぱり言う玲愛に俺も清々しい気持ちになれた。
といっても、玲愛に抱く恋愛感情はもう既に生まれつつあるんだけどな。
彼女の頭を撫で続けていると――。
「あ、あの、これ以上撫でられると……その、眠たくなってしまうので……今日はこの辺で……」
しどろもどろになりながらも、終止符を打たれた。
「わ、分かった」
「いえ。撫でてくれて、ありがとうございます」
――暗い夜道を二人で歩く。
もう夕陽は陰り、外は真っ暗。現在時刻は午後七時過ぎ。
「あの、少し気になった事があるのですが……」
「ん? なんだ?」
「カナメくんは五城さんには敬語なのに、私にはタメ口ですよね?」
「ああ、それがどうかしたか?」
「それって私が格下女子ってことですよね、悲しいです」
は? 格下女子ってなに? 初めて聞いたんだが。
いやいや、ここはフォローせねば。
「君は格下女子なんかじゃない。立派な美少女だ」
「君、じゃなくて玲愛と呼んで下さい」
「ごめん、玲愛」
全然フォロー出来てねえ……。女心は難しい。
「やっぱ、玲愛と話す時も敬語の方がいい?」
「いえ、タメ口の方が心理的距離は近づくので、これからもタメ口でいて下さい」
「分かった」
「所で玲愛はタメ口にならないのか?」
「私はタメ口になれないのです。友達と話す時も家族と話す時も常に敬語です。敬語以外の話し方をどこかに忘れてしまいました」
やっぱり、玲愛は変わってる。
天然なのかは分からないが、凄く個性的な女の子だ。
なんて話していると、コンビニが見えてきた。夜のコンビニはどこか不気味だ。人はちらほら出てきたりしているが……。
でも夕飯を買わないと。
俺は玲愛の手を引き、こう問う。
「コンビニ寄らないか?」
「……」
急に彼女の表情が陰る。
どうしたのだろうか。
「どうした? 元気無いけど」
「――私が作ったご飯、食べてみたくありませんか?」
「……っ! それってつまり、俺の為に作ってくれるのか?」
「はい!」
今度は急に表情が明るくなる。
喜怒哀楽が激しいのかな。でもメンヘラ臭も若干するな。
急遽、玲愛に夕飯を作ってもらう事になった。
「そしたら、俺らが行くべきはスーパーだな」
「ですね」
ここからだと、歩いて五分程度の所に中規模スーパーがある。
ある程度の物は売っているので、玲愛の作りたい物の材料は多分買えるだろう。
スーパーに辿り着き、二人で中へ。
「夕飯、楽しみにしていて下さいね?」
「ああ。期待してる」
俺は夜空を見上げた。
満天の星々が俺たちを見下ろしていた。
それより、本当にこの子、家に連れ帰ってもいいんだよな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます