第10話

「お客さま、そろそろ締めます。起きてください」

「んん」

「ここは居酒屋じゃないんですけど」

「ああ、ごめんなさい」

 いつものバーで酔い潰れるとは……

 他のお客はもう誰もいないのね。


 うさちゃんが添い寝で慰めてくれた日から随分経った気がするが、まだ一ヶ月くらいか。

 仕事の方はなんとか目処が立った。

 うさちゃんとは、連絡を絶っている。

 本気で好きになってしまったから。


 最初は奪うつもりだった、けれどそれは私のエゴで、彼女の幸せを考えたならどうするのが一番良いのかなんて分かりきっているのだから。

 今会ってしまったら、私は……


「また何か拗らせてるんですか?」

 バーテンダーの涼しげな目には軽蔑の感情が混じっている。

「どうにもならない事ってあるでしょ」

「だから何もしない?」

「え?」

「自分から行動を起こさないと何も変わらないと思いますけど。まぁ余計なお世話ですけどね」


「ねぇ貴女、タチよね?」

「はい?」

「私に抱かれる気、ある?」

 動きが止まった、そりゃ驚くよね。

「冗談よ、忘れて」


「お客さま」

 カウンター内の片付けが終わったようで、近づいて来た。

「ごめん、帰るわね」

「抱く気ならありますよ」

「え、無理よ。私もタチだもの」

「殻を破ってみたら?」

「なんでそんなこと」

「随分と拗らせているみたいだから」

 真っ直ぐに見つめる目は、真剣だった。


「え、待って。ここで?」

「鍵は掛けてあります」

 ソファ席まで追い詰められ、押し倒される。

「ちょっと、本気?」

「良いじゃないですか、楽しみましょう」

「わかったわ、ただし貴女も脱いでよ」

「交渉成立ですね」



 店内の照明を落として、お互い脱がせ合う。

「嘘、サラシ巻いてるの?」

 スレンダーだと思っていたのに、なかなか豊満な胸だった。

「お客に変な目で見られたくないので」

「見ちゃってごめん」

「貴女は特別です」

「え……うむむっ」

 まだ色々聞きたかったのに、キスで塞がれた。

 普段は無口だけど、常連さんとは一言二言会話をする、この心地よいお店くうかんを作り出しているこの唇を、今は私が独り占めしている。案外ファンも多いんじゃないかな。

「んん」

「力抜いてください」

「はっ、あぁぁん」

 立場が逆だと声も恥ずかしい。そう思っていたのに。

「ね、私も触りたい」

「いいですよ」

 触れ合っているうちに、優しく柔らかく温かい気持ちになっていた。

 こんなふうに笑う人なんだと知る。

 結局、お互い攻めたり攻められたりして気持ちよくなっていき、立場や価値観も全てどうでもよくなっていた。



「どうせまたノンケに惚れて、告白も出来ずにグズグズしてんでしょ?」

 身支度も終えたバーテンダーは、もうお店の時間じゃないので口調も変わっていた。

「だいたい合ってる」

「結果はどうあれ、気持ちは伝えた方がいいと思いますよ」

「そうね」

「では、あとは片付けて帰るので、先に出てください」

「あ、汚しちゃってごめん。私、出禁になる?」

「悪いと思うなら、通ってお金落としてください」

「ありがとう」

 今までどおりでいいのかな、ありがたい。

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