【伊藤博文】まずは、お友達から始めませんか?

 伊藤博文は新聞記事に目を通すと、机に投げる。相変わらず、イギリスとフランスが各地で小競り合いをしているをしているという記事が新聞紙上を賑わせている。まあ、イギリスと同盟関係を解消した大日本帝国には関係がない話だが。



 それよりも、我が国の経済をなんとかして、もっと引き上げたい。女性の社会進出にも限界が見え始めた。何か突破作戦がないと、イギリスもしくはフランスに潰されかねない。二つの国が争っている間に力を蓄えるのが賢明だというのは伊藤博文はよく分かっていた。愚者が経験から学ぶのなら、賢者である自分は歴史から学ぶのだから。



 アラスカやカナダの金鉱も底がつき始めている。今までのようにはいかないのだ。伊藤博文がそんな風に頭を悩ませていると、ノックをして側近が執務室に入ってくる。



「どうかしたか? 今、考え事をしているから、集中させてくれ……」



 さすがに怒鳴る気力はなかった。あまりにも頭を酷使しすぎた。このままでは、身体が弱り、前にコレラに罹ったときのようになってしまう。いくら、大久保利通を後継者候補にしているとはいえ、大蔵省も任せているのだ。首相代理までさせたら、パンクするに違いない。



「それが、そうもいかないんです……」



 側近は困惑しているようだった。アメリカのときのように反乱があったわけではなさそうだ。逆に吉報ならもっと喜んだ顔をするはずだ。



「それで、何があった? 戸惑いが見えるが……」



「あの、フランスから『同盟を組まないか』という打診がきたのです……」



 伊藤博文は驚きのあまり、腰を抜かした。イギリスが裏切ったと思ったら、今度はフランスから同盟の誘い? なるほど、フランスはイギリスと戦争状態だ。日英同盟の破綻を見て、同盟を申し込んできたのか。だが、イギリスに裏切られたばかり。そう簡単に首を縦に振ることはできない。



「フランスにこう伝えてくれ。『今はそんな状況じゃない』と」



 それは真実だった。いくら大日本帝国が加勢しても、フランスがイギリスに勝つとは限らないのだ。巻き込まれて負けるのだけは避けたい。



「おい、俺の言葉が聞こえなかったか? 同盟は組まないとフランスに伝えてくれ」



 側近の困惑は増すばかりのようだった。同盟を断ってフランスと敵対することを恐れているのか?



「それが、『同盟が駄目なら、通商条約はどうか』と記されているのです」



 側近が手紙を差し出す。そこには確かにそう書かれていた。通商条約でもいいと? それなら、我が国に不利なことはない。むしろ、アフリカの品物が手に入るのだ、国民も喜ぶに違いない。もしかしたら、フランスの狙いはパナマ海峡かもしれない。通商条約を結べば、通行料が免除される。それは考えすぎか? イギリスの裏切りがあったことで、疑心暗鬼になってしまう。向こうは無理に同盟を結ぼうとはしていないのだ。商業的な交流なら問題なかろう。ただ、裏切られないように、条件を付け加えよう。



「フランスにこう伝えてくれ。『パナマ海峡の通行を認めるかわりに、そちらの貴族の誰かを人質として頂戴したい』」と。

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