砂漠の町

 人の生きる大地を見下ろす場所にして、数多の星々を眺める場所に、一人の少女が佇んでいた。


「新たな魔王が生まれる」


 黒毛の狐の耳と尾を持つその少女の呟きは、諦念に満ちたものだった。


「お師匠様。お茶をお持ちしました」

「ありがとうエリゼ」


 畳の上に座って刀を置き、少しだけ熱い緑茶で喉を潤した。

 弟子の少女エリゼの朽葉色の眼が、心配そうに覗き込んで来る。


「悪いものですか?」

「さて」


 目を瞑る。


「多くが死ぬでしょう。ですが私達の悲願にとっては助けなります」


 茶の水面に自身の、熱の無い瞳が映る。

 

「願わくば抗って欲しいものです。たとえそれが無為だとしても」


* * *

 

 大南大陸の北央に在るイークアン王国。

 その中でも交易の町として名を轟かせる砂漠の中のオアシス『シャラーリ』。


 砂漠の風のようにからりとした活気に満ちた表通りとは別に、町の北側に広がる旧市街には陰を帯びた空気が漂っている。


 そして旧市街の奥、廃屋と現役のボロ屋が並ぶ先に、小さな砦のような意匠の建物があった。

 入口へと続く道には酒瓶や壊れた樽が散らかっている。


 ルルヴァがドアを押すと軋んだ音が鳴り、濃い煙草と酒の臭いが鼻を突いた。


 赤ら顔の男達が座るテーブルを抜け、受付の前に立つと、テーブルに肘を付けていた女が「いらっしゃい。何か用?」と言った。


「開拓者の登録をお願いします」

「はっ、何だって?」


「開拓者の登録です。ここがこの町の協会支部であると伺ったのですが?」

「あ、何だ客じゃないのかい。ええそうだよ。ここがシャラーリの北支部さね」


 女は舌打ちしながらカウンターの上に紙とペンとインク壺を置いた。


「名前年齢種族特技。代筆欲しけりゃ500ルピア寄越しな」

「ありがとうございます。代筆は大丈夫です」


 ルルヴァは紙の右上に『現地登録』と公用語で書き、サラサラとペンを走らせた。


*既等級:E

*生まれ名:ルルヴァ・パム

*異名:青燕剣

*年齢14歳

*本登録場所:ベルパスパ王国パスパグロン本部

*種族:人間

*特技:錬金術は初級免状あり。

*特記:画業の為。他錬金術に関しての依頼対応可。


「終わりました」

「ご苦労さん。ふーん、へえ、そう」


 女はルルヴァの渡した紙に目を走らせ、既等級のEをバツで潰して、横に雑なFの字を書いた。


「余所者は一つ等級を下げて始めるのがここのルールだよ。覚えておきなF級君」

「わかりました」


 女が放った等級証のメダルを受け取る。 表にはFの文字が記されていた。


「失くしたら5000で再発行だ。気を付けな」

「はい、ありがとうございます」


 ルルヴァが去ろうとすると「待ちな!」という女の声が響いた。


「坊や、その腰の剣、刀かい?」

「そうですが」


 青い柄に青い鍔、反りのある鞘には空を舞う青い燕の姿が描かれている。


「随分と立派なこしらえだねえ。F級が持つには過分じゃないかい?」


 空気が変わる。

 場の視線がルルヴァへと集まる。


「あたしが買ってやろう。1000万出してやるよ」


 騒めきが起きた。

 なお、この町の一般的な労働者の平均月収は1500ルピア前後である。

 

「結構です。売る積もりはありません。大切な物ですから」


「……そうかい」


 ルルヴァは女に背を向けて、協会支部を後にした。


* * *


 女は気怠げにパイプに煙草を入れて、魔法で火を点けた。


 口から紫煙を吐き出すと同時、2つのテーブルで男達が立ち上がる。


 女が頭目の視線に頷くと、男達は外へと出て行った。


「今日は良い日になりそうだねえ」

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ブルーナイト・ストーリーズ 虚戒編 大根入道 @gakuha

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