ブルーナイト・ストーリーズ 虚戒編

大根入道

魔王新生

E級開拓者ルルヴァ

 町が燃えていた。

 兵士達が町を踏み荒らし、町の皆を殺していった。


 ルルヴァは妹の手を引いて、家屋の壊れる音と絶える事の無い断末魔から逃げ続けた。

 町の外の森で、闇の奥から聖銀の剣を握る黒衣の騎士が現れた。


「魔王の血を引く者よ。穢れた血を宿す汚物どもよ」

 

 掲げられた剣が落日の光を浴びて、赤色に輝いた。

 

「この世界に破滅を呼び込む呪いの種よ。正義の名の元に死ぬがいい」


* * *


 山奥の廃村にある朽ちた倉庫で、ルルヴァは数人の男達と対峙していた。


「テーターさん。あなたが裏で盗賊と繋がっていたんですね」

「まあもう隠す意味もないか。そうだ。私が彼らを使って孤児達を奴隷として売捌いていたのだよ。まあ他にも君が見た通り、武器の裏取引もしていたがね」


 町の名士と呼ばれた老紳士が笑う。


「君へ依頼した事が間違いだったようだ。大人しく目を瞑っていればいいものを」


 テーターがパチンと指を鳴らすと、盗賊の男達が剣を抜いた。


「テーターさん、いつものように奴隷にして売っちまわないんですかい?」

「こいつは知り過ぎた。いい。殺せ」

「はいよ」


 男達が無造作にルルヴァへと近付いて来る。

 にやけた顔に面倒そうな顔と、誰もルルヴァを脅威として見ていないようだった。

 

「運が無かったな坊主。悪い大人に騙されて人生終了ってな」


 ルルヴァは一つ息を吐き、左腰に下げた刀の柄を握った。


「最後です。投降してくれませんか?」


「く、ぷわ―――はっはっは!」

「おいおい、自分の立場を解かってねえのかよ」

「いいねいいね生意気で。可愛い顔してんだ。殺す前に遊んでやるか」


 男の一人が剣を振り上げた。

 

「まずは腕を落とすか」


 ゴトリと音が鳴り、地面に右手が転がった。


「へ?」


 盗賊の男の、先を失った手首から血が噴き上がった。


「うわあああああああああああああ!?」

「てめえ!」


「御免」


 ルルヴァが男達の間を駆け抜け、刀が一筋の軌跡を描いた。

 

「な!?」


 驚愕の声を上げるテーター。

 最高品質の衣服が、バラバラになって崩れ落ちた男達の血飛沫を浴びて、赤色に染まった。


「テーターさん、一つお伺いします」


 ルルヴァは刀の切先でテーターの心臓を捉える。


「ダン・スノーナイトという男を知っていますか?」

「はっ、誰だねそれは?」


「年齢二十七、身長百八十五、黒髪茶眼の人間の男。出身は大北大陸、浅黒い肌で胸に十字の傷がある、です」

「……ふむ、ああ、ウイント君の事か。彼には良い商品を紹介してもらったよ」


「今は何所に?」

「さあね、ここ二か月は会って無いが。ふむ、君達は何か因縁のある間柄のようだな」


「仇です」

「成程、ならば取引だ。私の命を助けてくれるならば、彼についての情報をあげようじゃないか。ほら、この手帳に」


 テーターが右手をコートの内側に入れ、取り出した魔導銃の銃口をルルヴァへと向けた。


「さて、形勢逆転かな。E級開拓者の子供程度、この銃なら簡単に殺せるんだよ」

「まるで何度もそうして来たような口振りですね」


「ああその通りだ。この稼業をしているとね、何度も引金を引くはめになるんだよ。丁度君で十人目だ!」


 テーターが引金を引き、甲高い音が鳴り響いた。

 銃口から放たれた致死の魔法の紫電に、ルルヴァは疾風の突きを放った。


 閃光の切先が紫電を散らし、弧を描いた翡翠の刃がテーターの首を斬り飛ばした。


「ば、かな」


 倒れたテーターの骸を一瞥し、ルルヴァは刀を鞘に納めた。


* * *


 港町クロットの開拓者協会に戻ったルルヴァは顛末を報告し、テーターや盗賊達の心臓から採った魔生石と、彼らが持っていた書類を担当者へと渡した。


「申し訳ありませんでしたルルヴァ様」


 美しい海森人シーエルフの女性、ルルヴァへこの依頼を斡旋した担当者であるケレティアが頭を下げた。


「まさかテーター・オーグット氏がこのような裏の顔を持っていたとは」


 テーターは元神殿騎士の篤志家とくしかとして、クロットの町で絶大な信頼を得ていた。

 そして出された依頼が『テーターの支援する孤児院の警護』だったからこそ、駆け出しを終えた直後であるE級へと回されたのだ。


「名声に目を曇らせるなんて弁明のしようの無い失態だわ」


 ルルヴァの隣、高く積まれたクッションの上に座る、小さな妖精が憤る。


「仰る通りですリクス様」

「でもねケレティアさん。周囲の反対を押し切って私のルルヴァへ依頼したのは、間違いなくあなたの功績よ」


 ケレティアが一瞬だけ表情を緩め、そしてテーブルの上に一つの封筒を置いた。


「テーター達の魔生石から死霊術師が取り出した情報です」


 封を開け、ルルヴァは中の書類に目を走らせた。


「…………」

「申し訳ありませんが」


「わかっています」


 読み終えたルルヴァは、火の魔法で書類を燃やし尽くした。


領境りょうざかいの関所に話は通してあります」

「ありがとうございます」


 ルルヴァが立ち上がり、羽を振るわせて浮かび上がったリクスがその肩に乗る。


「ルルヴァ様、リクス様、御武運を」


 頷き、ルルヴァは部屋を後にした。


* * *


 ルルヴァが階段を下りて一階の広間に足を踏み入れた瞬間、広間を満たしていた喧噪がピタリと止んだ。


「よう魔族。いや、聖女殺しと呼んだ方がいいか?」

 

 息に酒精の臭いが濃い、赤ら顔の人間の男がルルヴァの前に立ち塞がった。


「僕に何か用でしょうか?」

「用、用ね! ああ、俺はお前に用があるんだよ!」


 男の後ろで立ち上がった青年や女達が男を止めようとするが、男は腕を振り払って彼らを弾き飛ばした。


「薄汚ねえ魔族が人の町に来てんじゃねえよ。この町が聖霊の怒りを買ったらどうしてくれんだよ! ええ!?」

「一つ訂正を」

「あんだとっ」


 男が振り下ろした拳を、ルルヴァは左手で軽く受け止めた。


「な、バカな!?」

「魔王となってしまった祖父は十五年前に討たれました。そして魔王がいない今、魔王と契約した事で成る魔族もまたいません」


 男の拳が魔力のひかりを放つ。

 しかし顔中から汗を流し、目を血走らせる男の拳は全く動く事が無い。


「僕は確かに第十二魔王【緑樹の杖 ノルタ・フラレント】の血を引いています。ですが、魔族ではありません」


 ルルヴァの右拳が男の鳩尾を打った。

 白目を剥き、男が床に崩れ落ちた。


 広間にいる者達の、恐怖の視線がルルヴァに刺さる。

 それを無視するように、ルルヴァは出口へと足を進める。


「あの!」

 

 振り返ると一人の少年が前に出て来た。

 ルルヴァより少しだけ年上の彼は両手の拳を握り締め、腹から吐き出すような大音声を発した。


「ありがとな!! 俺の友達の仇を討ってくれて!!」


 純粋で真っ直ぐな声だった。


 彼の後ろから同じように前に出て来た少女と老騎士も、ルルヴァへと頭を下げた。


「またこの町に来る事があったら言ってくれ!! 歓迎するぜ!!」

「うん」

 

 そしてルルヴァは、港町クロットの協会を後にした。


* * *


 統合暦二二八八年一月。


 西央大陸に現れた十二番目の魔王【緑樹の杖 ノルタ・フラレント】、通称『樹海の魔王』が引き起こした『魔王戦争』によって二十一の国が消え、二千九百万人以上の命が失われた。


 当初はフラレント王国に隣接する国、またはその連盟、連合だけで事に当たっていたが、一週間後にはその全てが魔王軍によって滅ぼされた。


 国だけでは対応できないと判断した最高神殿の教皇と枢機院は遂に、勇者の派遣を決定する。


 クシャ帝国から光の勇者【金獅子 オルゴトン・クシャ】。


 ベルパスパ王国から闇の勇者【群雲の風 イスカル・ベルパスパ】。


 太陽の神殿から太陽の聖女【光の手 ナギ・ロワ・ヌ・ニハシャ】。


 二人の勇者と一人の聖女、そしてその仲間達に教皇勅令を発し、彼らを最前線に投入した。


 そして統合暦二二八八年六月。

 遂に魔王は討たれ、魔王戦争は終結した。


 生き残った魔族達は人に戻ったが、彼らを待っていたのは人からの迫害だった。

 故に彼らは過去を隠し、世界各地に散って行った。


 それから十五年の月日が流れた。

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