第24話 かくれんぼの時間だ

 夜明けに水色な街を走り抜ける。そこかしこに先生の〝幻覚分身ミラージュ〟が佇んでくるくると首を回している。王都にはこうして巡回する〝幻覚分身ミラージュ〟が多くいた。しかしどれも動きがぎこちなく、機械的な印象だ。


 ——多分警備用に術式を調整したんだろうな。


 おそらく自動で動いているのだろう。異変を察知して初めて人形の感覚を本体に繋ぐ、みたいな形式か。以前までの〝幻覚分身ミラージュ〟の弱点——直接操作する以上、同時に存在できるのは一つまで——を克服している。


 ——とはいえ「夢に見る」という条件は健在のはずだ。安心して目を閉じられる場所に隠れていることには違いない。


 そして僕は既にそのいくつかにアタリを付けてきている。〝幻覚分身ミラージュ〟の目前を通り過ぎて、まず向かうのは街外れの収容所。あそこにはかつて先生のラボがあった。いてもおかしくはない。





 改めて見る収容所の前庭は、落ち葉が散らばり水たまりはぐしゃぐしゃで、なるほど確かに不気味な趣だった。尖塔から見下ろす人間が居るが、当然僕には気付けない。そこに僕がいると意識して注視でもしない限りは絶対に見つからない。これがこの二年で完成させた謹製の魔法〝かくれんぼの時間だハイド・レイン・ジア〟の効果である。


「あれ、今何か……」


 入り口扉の傍の警備兵は一人だけだった。腰からカギを抜いて鍵穴に差す。


「陽が陰ったのかな」


 のんきに呟く彼を置いて、カギを回す——


「カチッ」


 ——ん?


 「カチッ」だった。「カチャリ」では無い。嫌な予感に冷や汗を浮かべる。


「うっ……そッ——!」

『ドッ——!!』


 為すすべなく地面に叩きつけられた。ちかちかする視界の向こうでは煙が立ち上り、入り口扉が木端微塵に破壊されている。


 ——爆弾。


 服の焼け焦げた部分を千切りながら、膝に手を着いて立ち上がった。幸いにも怪我をしているのは左腕だけで、その骨折の痛みのおかげで意識を失うことも無かった。

 我ながら痛みに強くなったものだ。


「これ……僕を見つけるためだけのトラップですよね……先生」


 爆炎に包まれたはずの警備兵が煙の中から姿を現す。警備兵——いや、その幻影を纏っていた——隻腕の〝幻覚分身〟が。裾の燃えるローブを引き摺った彼女。


「うふふ。待ち焦がれたわ」


 僕を見下ろし、こらえきれないと言った様子で微笑みを震わせるその仕草。


「始めましょうか、ゼネリオちゃん」


 イェナ先生、その人。


「僕がどれくらい成長してるかも、僕一人だけが先生を狙うだろうという計画も、まさか全て予測していたんですか?」

「当然じゃない! だって貴方は私の一番弟子なんだから!!」


 ——な、なんだか妙に楽しげな様子だな。僕なんかとの戦いを楽しみにしてたのか。あるいは——負けるだなんて思っていないのか。


 こちらが持っているのが殺意だろうが大義だろうが、彼女が悪だろうが戦いにどんな背景があろうが。きっとこの人はどんな勝負だったとしても自分の力でもってねじ伏せるイメージしか浮かべられない。だからこそ楽しめるのだろう。この世界を、人を弄べるのだ。

 ことここに至って僕は、先生のことを少し理解できた気がした。


「さあ行くわよ——ゼネリオちゃんみいつけた!! 〝夕焼けよりも赤い空ドリーム・サンハート〟!!」


 周囲世界が地獄の窯に変化するのと同時に、僕は杖を振って魔法を唱えた。


「〝呪い避け〟!」


 精神を基礎とする魔法をシャットアウトする魔法。古くから伝わる由緒正しき〝呪い避け〟。効果は確かに機能して、幻覚は瞬く間にキャンセルされる。


 ——〝幻覚〟は〝呪い避け〟に防がれる! 貴方が教えてくれたことですよ先生!


 そして僕は先生に背中を向けて、一目散に逃げ出した。


 ——一瞬でも視界から外れればまた振り出しだ!


 背後からきゃーっとわざとらしい悲鳴が聞こえてくる。


「ズルいズルい! それは反則でしょ!?」

「反則も何もありませんよ!!」

「その通りよゼネリオちゃん!」


 瞬間、耳元を切り裂く音があった。前方の収容所外壁に、何か鉄の破片が当たっては弾け飛んでいる。


 ——は?


 外壁の外に飛び出して影に身を潜めた。内側に転がる鉄片に目をやる。ひしゃげた鉄片。

 弾丸だ。


「外しちゃったわ。意外と難しいのね」


 再び顔を出してみれば、先生の右手には拳銃がある。僕は逃げる背中を撃たれたのだ。


 ——そうか。幻覚が無くたって〝幻覚分身〟に銃を持たせておけば攻撃できるのか……!


 先生は少し声を張って、どこへともなく声をかける。


「さあ、かくれんぼの時間よ! 貴方が私を見つける前に、私が貴方を殺してみせるわ!」

「なるほどね、先生が隠れていそうなところには、もれなくトラップと〝幻覚分身〟が仕掛けられてるのか」


 口角が上がったのは本能的に、脳裏のよぎった死の予感を払拭するため。ぶらりと垂れた左腕をぎゅっと抱えて、僕は強がって笑った。


「やってやりますよ、先生」

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