第22話 〝希望〟の大賢者 VS (急)

     〜〜革命から0日〜〜


  ゼネリオとベルガーリャを先頭に王宮から離脱していく人間たちの様子を、イェナはずっと俯瞰していた。

 イェナの頭をズキズキと痛めていたのはかつてのクレースの言葉だ。過去から襲い掛かってきた、最期の頼み。





『ベルガーリャを国盗りの陰謀には絶対に巻き込まないでください』

『ガーレイドを絶対にこの国の王にしてください』





「わ……私は、クレースちゃんと、イリヤちゃんの、最後の希望……なのよ?」


 公国軍を巻き込むことも気にしない全力の〝夕焼けよりも赤い空ドリーム=サンハート〟すら、容易く〝位相の塗替えロールバック〟される。


「それがこれは、なに?」


 真実に近付いていたウルフリックはもう殺した。憂いは無かったはずだ。


「ゼネリオちゃん……?」


 ゼネリオだなんてダメ王子には誰も注目していなかった。イェナですら注意を払っていなかったのだから、公国中枢が注目していたわけがない。


「そ、そんな、ありえないわ。だってゼネリオちゃんったら、ずっと国政に関わろうとしてなかったんだから、まともなパイプが無いのよ。何をしようと思ったって、何もできないはずじゃない。それが、それがどうして?」


 ——私は。


「ほら、夜に抜け出して、犯罪者の仲間に人質にされてたりしたじゃ——」


 ——どこで間違えた?


「——移送中の処刑対象を襲った人間たち。彼らはどうして、あんなにも私の〝幻覚分身ミラージュ〟に通じていたの?」


 ——私が、間違える?


 ヒントはあった。しかしその何もかもが、イェナ本人の全能感にぼやかされてしまっていた。





『ゼネリオが必ず、お前の首に刃を突き立てる』





「私の……弟子が。ゼネリオちゃんは私の一番弟子なのに?」


 イェナは愕然として膝をついた。


 ——私の……。


「……貸しがあるじゃない」


 しかしすぐにクレースの幻覚の手を取って立ち上がる。


「取り立てないと」


 イェナはふらつく足取りで廊下に出た。中庭に面した窓に手を付くと、投げ身するようにして落下する。五階の高さから落下して上半身の大部分を骨折する。


「〝振り子の同期パーフェクション〟」


 イェナはぬらりと立ち上がった。折れたはずの骨は既に完治して、彼女の体重を支えている。


「心の形が完璧ならば、身体も自ずから完璧な形に戻っていく」


 生体認証を済ませ、地下通路網へと足を進めた。まっすぐ〝看破透視の合わせ鏡ステータス・AT〟のある大空間へと向かうが、しかし通路は途中で崩落していた。〝幻覚分身ミラージュ〟で壁をすり抜けて行くも——辿り着けない。たしかにそこにあったはずなのに。


 ——〝看破透視の合わせ鏡ステータス・AT〟自体が、崩壊している。


 目を開いたイェナは岩壁に手を付いて目を回した。


「う、うそよ。だっておかしいじゃない。合わせ鏡は千年も前の大術式で、もう再現不可なのよ? これが失われちゃあ、この都市の防衛機能は大幅に低下しちゃうじゃない。この都市を手に入れるつもりだったなら、合わせ鏡を壊すのは理に適っていないわ。理に——」


 ——理に適っているとしたら。


「つまり、負けが決まってから、ここを破壊した。敗走後に私に襲われないために」


 イェナは眉をひそめ、自分の左腕を見つめた。


「本気なのね、ゼネリオちゃん」


 来た道を戻りながら頭を回す。からからと小石の転がる。


「私を倒さなければならないと理解して、その方法を真剣に考えていたならば、気付いているはず。私を倒す方法を。そのためにここに来たのよ」


 イェナを希望から引きずり落とした張本人。

 クレースとイリヤの地獄の全てを無価値に帰した人間。


「私の強みは私本人の居場所の隠匿性。私を見つけるのにコストをかけるくらいならば、相手の居場所が分からずとも当たる攻撃をした方がいい」


 ベルガーリャをこの場に連れてきた者。

 

「私を殺そうと思うなら、『呪殺』が最も簡単であると、気付いている」


 公国最強の双璧を為すイェナの魔法を世界の誰よりも知り尽くした存在。

 王国を落とすに当たって最後にして最大の障害。


「どれだけの貴族がゼネリオちゃんに付いていったか分からないけれど。人数が居れば私の防御術式を貫通して呪い殺すことも可能でしょうね。いや、私の呪殺のために〝身体走査ステータス〟を取りに来たならば、十分な数の魔法使いを確保する見込みがあったはずだわ」


 王宮の中庭にはもう何の喧騒も届かなかった。噴水の水面に銀色の月光が煌めいている。イェナはしばらくぼうっとしてから、改めて自分の左腕を前方に伸ばした。


「〝振り子の同期パーフェクション〟」


 宣言すれば、イェナの左腕が肩から千切れてぼとりと落ちる。勢いよく血が吹き出して噴水を濁らせた。


「こっれで、あな、だの……〝身体走査ステータス〟は……意味を失った」


 〝振り子の同期パーフェクション〟を使えば傷を塞ぐことは簡単なことだ。しかしイェナはあえてその痛みを噛み締めた。思考を奪い脳を霞ませる命に関わりかねない出血。噴水の縁に右手を着いて歯を軋ませる。


「光栄に……思いなさい。あなたは……私に、初めて血を、流させた人間よ」


 血が混じり込んでいく水面。映る夜空が赤黒く染まっていく。


「待っているわゼネリオちゃん。その手で、あなたのその手で、私を殺しにきなさい」


 イェナはそこに映った自分の表情に、ふと、首を傾げた。なにやら彼女は嬉しそうなのである。左腕を失ったばかりだというのに、口角は上がっている。


 ——ゼネリオ・フォン・ナイトラル・クレイア。


 鼻で笑って、赤く染まった水を高く掬い飛ばした。月光の元に高く笑う。


「うふふ! 本気で隠れた私を見つけられるものならばね!!」

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