第8話 革命の継承者

「はあ? ゼンがいようがいまいが姉さんは死んでたんだから、私が貴方を恨んでるわけがないじゃん」


 バッサリ。非常に清々しい気分である。


「全くそうだね。僕としたことが、自分のことを高く見積もりすぎていたみたいだ」


 窓から漏れ込む陽光が足元だけを照らしていて、拠点には涼し気な暗さがある。ここにはベルの他に、あの日生き残った男二人もいた。


「ああ、たかが小僧が責任を感じるだなんて百年早え」

「事情は聴きましたよゼネリオ様。貴方様の勇気、賞賛に値します」

「改めて、僕の名前はゼネリオ・フォン・ナイトラル・クレイア。この国の第二王子だ。君たちの名前を聞かせてもらっていいかな」


 片やスキンヘッドに丸眼鏡をかける、調子の良さそうな男。七分丈にサンダル。リリーの右腕という印象だった男。


「ご挨拶だな、俺はキドヤ。リリーに代わってここのリーダーをやってる。仮だがな」


 片や持ち上げたような猫のような背をした細い男。くたびれた服だがフォーマルな雰囲気。


「自己紹介が遅れて申し訳ありません、ツェーリと申します。地方領主を若く継ぎましたが、二年前に蜂起を起こして、しかし敗北したために囚われの身になっておりました」


「ふむ。凄い経歴だ」


 驚きすぎてなんにも言葉が出てこない。


「な。いい拾いもんをしただろ」


 キドヤが肩を組みにいった。ツェーリは迷惑そうな様子だが、しかしここにまだいるということは、彼は革命軍に与するつもりなのだろう。彼の罪状を鑑みれば特に不自然ということもない。


 隣に座っているベルも頬杖を突いてこちらを覗き込んだ。銀髪は初めて会った日に比べると随分艶を失ったし、ところどころ跳ねてもいたが、こちらの方が今の彼女には馴染んでいた。ニヤニヤと口角を上げて。


「じゃあ私も改めまして。ベルガーリャだよ」

「うん、よろしくベル。——それで、リリー亡き後、ここはどうなったの?」

「うーん」


 キドヤに尋ねたのだが、言葉を発したのはベルである。


「なんで貴方がそれを聞く必要があるのかな」

「ん、ああ、そうかえっと——」

「なんで私たちの革命のことをゼンが知る必要があんの?」

「えっ? なんで君がそれを知って——」


 ベルガーリャはそれについては知らないのだろうと思っていたが。


「俺が話したよ、一週間前にな」


 キドヤは額を抓んでいる。


「そりゃベルガーリャには聞く権利があるだろ。親同然の人間が殺された理由くらい、嘘偽りなく知る権利が。巻き込みたくなかったんだろう姉さんには悪い気もするが、まあ、俺にとってはこれが筋だ」


「だから私は知ってんだ、ゼンが私を人質に取られてたこと。私のために姉さんたちのことを隠してくれていたって。そんなに私のことが好きだったんだあ」


「好きっ……? フッ……? 好き……ん? ンンッ……?」


 そういうのではないが。

 僕は君のことを憐れんで——と真実を言うのは流石に失礼が過ぎる、訂正できない。


「まあそんな冗談は置いておいて」


 よかった冗談だった。


「ゼンが私たちの革命に深く関わる理由はもう無い」


 ベルは僕の正面に移動し、厳しい目で見降ろした。初めて見る、険しい表情だった。

 机の向こうの三人は、みな神妙な雰囲気である。


「なんなら、これ以上何も知られたくない。私と貴方のために」

「それはどうして?」

「私が貴方を殺したくはないから」

「なるほど」


 ベルの発言の意味するところは、彼女も革命側に付くということだ。僕を縛る理由が無くなってしまった以上、僕は革命について知っている王国側の人間でしかない。僕を王宮にタダで帰すことは計画の露呈を意味する。帰してはならない、それこそ初日のリリーが僕を撃ち殺そうとしていたように。けれどベルは今、譲歩している。僕はここから生きて帰ることが出来るのだ。これ以上、彼らについて知らなければ。

 光栄なことに、かなり信頼されているようで。


「じゃあ君は、僕と友人でいたいから僕を脅すんだ?」

「そういうこと」

「僕にまだ魔法を教わりたいから?」

「それは違う。断じて違う」


 俯くベルの拳は強く握られている。


「私が姉さんの後を継ぐなら——ゼンが魔法を教える相手はただの哀れな少女じゃなくなった。革命軍の一員だ」

「確かに。脅されていたという免罪符も無くなったし、もはや革命への助力を言い訳できなくなるね」


 ベルは僕の想定以上に冷静に盤面を見直していた。きっとこの一週間、頭を捻り続けてきたのだろう。僕が、今さら考えたってどうしようもないことに囚われ続けていた間も、彼女は現状を分析し続けていた。彼女の方がリリーとよっぽど親しかったはずなのに。


 ベルは僕よりも、ずっとずっと強い少女なのだ。血縁を清算して陰謀から遠ざかったというのに、しかしまた王宮の地に足を踏み入れようとしている。


 ガーレイドもそうだ、彼は茨の道を選んだ。これも強さだ。対して僕は強さが足りないから、問題の解決を先送りにしていた。


「だから私と貴方はここでさよなら。友達のまま、お別れしよう」


 今が選択の時。

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