第27話 幼馴染は思い出す

「こんなところで何してるのー?」


「と、とも、友達と、あ、遊びに……」


 身体も唇も震えてしまって、言葉をうまく紡げない。なんとか力を振り絞って、それだけ告げる。


「友達? あたしら以外の友達いたんだ?」


 意外とでも言いたげに、からかいを交えて彼女は話す。


 ちゃんといる。

 桃乃ちゃんたちがいる。

 もっと胸を誇らなきゃ。


 わたしには友達がいるんだと。


 でも、わたしは自信を持てなかった。

 抵抗力は弱いままだ。


 彼女を前にした途端、とてつもない恐怖を感じてしまった。ちっぽけな自信は、一瞬でもみくちゃにされていく。


 脳が叫ぶように悲鳴を上げている気がする。今すぐ逃げてと。


「ていうか理代、まるで他人みたいにあたしと話すけど、まさか忘れたなんて言わないよね?」


 忘れるわけがない。


 忘れたかったのに。

 あれだけ忘れようとしたのに。


 何度も、何度も、何度も、記憶に現れて、現れて、現れて。


 わたしを苦しめて、


 壊して、


 否定して──


「理代の『友達』の明坂春実あけさかはるみだよ。ちゃんと思い出した?」


 嫌だ。思い出したくない。友達なんかじゃない。


 やめて。それ以上話さないで。

 そう言いたいのに、口が動かない。


 せめて、逃げなきゃ。


 逃げなきゃいけないのに。


 足が、足が動かない。


「てか理代、随分変わったね。おしゃれなんかしちゃってさ。ははっ、ウケる。理代は暗い感じの方が似合うよ。そういう明るい感じのはあたしみたいなタイプしか合わないって。やめなよ、無理してかっこつけるの」


 桃乃ちゃんと茜ちゃんが懸命に考えてくれた服装。

 似合ってると言ってくれた新しい髪型。


 駄目、なのかな。


 やっぱり、わたしは根が暗いから似合わないのかな。

 無理、してたのかな。


 桃乃ちゃんも茜ちゃんももしかしたら、わたしを傷つけないように褒めてくれたのかも。


 二人はすごく優しいから、気遣ってくれてたのかも。ずっとぼっちでいたわたしを。




 ああ、そうなのかも。


 だって、わたしなんかにあんなおしゃれな服が似合うわけがないよね。


 今までずっと暗く生きてきたのに急に生まれ変わろうだなんて、馬鹿みたいだ。

 服や髪を変えたくらいで自分も変わるなんて、そう簡単なわけないのに。


 わたしは昔からずっと人と関わるのが苦手で、内向的で、一人で楽しめることが好きで、そんなわたしには地味な格好が似合ってて、下手に取り繕ったところで逆に無様で。


 結局、わたしは変われてない。


 因縁の相手と対面しただけでこんなにも取り乱して。ほんの少し喋れただけで。

 あの根暗な中学時代から、何も、何も変わってない。


「はぁ……っ、はぁ……っ」


 息が苦しい。視界が暗い。動悸がおかしい。寒い。暑い。


 不安で狂いそう。



 嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 怖い怖い怖い怖い──


 逃げたい。


 何もかもから。


 そうすれば楽になれる。


 たった一瞬でいい。


 逃げる力が、あればいいのに。




『理代、入るとこないならうちのグループ来なよ』


 脳裏に過去の出来事がフラッシュバックする。


 何百回も再生された声が。

 最初は優しいと思っていた彼女の声が。


『絵描くの好きなのー? へー、可愛らしいの描いてるんだね。でも、そういうキャラクター好きな人、オタクって言うんだよ。やめたほうがいいんじゃない? 引かれるよ?』


 ごめんなさい。


『理代はさ、空気読めないよね。あたしらがアイドルグループの話してる時、全然違う話してくるし。あとは無理して笑ってる時もあるし。嘘笑い下手なんだよ。だったらちょっとでもいいから勉強してくればいいのに。オタク趣味なんかに割く時間あるんだから、それくらい問題ないでしょ?』


 ごめんなさい。ごめんなさい。


 わたしはその話題について調べたのに、どこがいいのかわからなくて。

 誰々が好き?という会話についていけなくて。

 でも何か話さなきゃと思って、違う話題を出して場を乱してごめんなさい。


『声小さくて何言ってるのかわからないんだよね、いつもいつも。けど理代ってあの男と話す時はハキハキ喋るよね。なにあれ? 媚びでも売ってるの? あたしら同性だから酷い扱いされてるってことね。あー、別にいいよ。あたしらも理代とはテキトーに話すようにするだけだからさ』


 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。


 ちゃんと話せなかった。話したかった。


 わたしが不器用なせいで。


 わたしが駄目なせいで。


『理代って何もないところでしょっちゅう躓いたり、すぐ物失くしたりしさ。ちゃんと目ついてる? 鈍臭すぎ。もしかして、前髪で隠れて見えてないの? なら切ってあげるよ、横にバサって。想像したらダサいわー。あ、元からダサかったわ。あははははっ』


 その嘲笑が、こびりついたように脳から離れない。


 ごめんなさい。ごめんなさい。


 空気読めなくてごめんなさい。


「──ねぇ? 聞いてる? おーい?」


 鈍臭くってごめんなさい。


「無視かよ、最低じゃん。それとも、耳ついてないの?」

 

 会話下手くそでごめんなさい。


「てか何泣いてるの? 笑うんだけど」


 何もできなくてごめんなさい。

 

 生まれてきてごめんなさい。


 わたしがいたところできっとみんなにとって邪魔なんだ。



 ──そうか。


 いなくなれば、いいんだ。



 そう思うと、足が動いた。


 わたしはラウンジを抜け出して、ボーリング場を後にする。


 走った。


 走って、走って、走った。


 どこまでも遠くへ。


 知り合いがいない場所へ。


 わたしは運動が苦手で走るのが遅い。だからすぐに息が上がってきた。足が痛い。肺が苦しい。息が上手く吸えない。


 でも、走った。


 がむしゃらに足を動かして、必死に走った。


 途中で何度も躓いた。何度もこけた。


 やっぱりわたしはドジだ。

 膝が擦りむけて、赤い血が出た。痛い。でも心の方が痛くて。さっきからずっと、涙が止まらなくて。


 どうして──


 涙が、止まらないの。


 これが正解のはずなのに。


 わたしがいないほうがみんな幸せなのに。


 きっと、桃乃ちゃんも茜ちゃんも剣村くんも、わたしに無理して付き合ってくれているんだ。


 こんなわたしなんかと仲良くするメリットなんかないし。きっとそうだ。



 たーくんだって。


 幼馴染だからって、わたしを気にかけてくれるだけで、きっと邪魔だって思ってる。他の友達とだって遊びたいはずなのに、それを阻害してしまった。


 わたしは本当に、何もできなくて。


 何もしてあげられなくて。


 困らせてばっかで。


 いつだって誰かの手を借りなきゃ前に進めなくて。


 弱くて、すぐへこたれて、落ち込んで。


 こんな自分が嫌で。


 こんな自分はいらないはずで。


 きっと、みんなの輪に、わたしがいないことが正解なんだ。

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