第26話 幼馴染とボーリング
休日、約束通り俺は皆と地元のボーリング場へやってきた。
俺と理代の地元はそこまで栄えているわけではないので、大した施設がない。
数少ない選択肢から多数決でボーリング場に決まったのだった。
そんなわけで、ボーリング場に入る俺たち。
このボーリング場に来るのは数年ぶりだ。懐かしい空気を感じる。
受付をしてから、専用のシューズに履き替え、ボール選びをする。
そして、次々にコロコロと転がしていく。
転がるボールを眺めていたら、俺の出番がやってきた。
「よっ」
勢いをつけて真っ直ぐボールを転がすも、途中から軌道が歪み、ピンを三つしか倒せなかった。
ストライクを出すのって思ったより難しいな。ボールも重いし。
「にしてもまさか、二人が幼馴染だったとはな……」
剣村には、久須美と遭遇して、一緒に遊ぶことになり、話の流れで幼馴染と明かしたあの日のことを既に伝えてある。
めちゃくちゃ驚いた後に「頑張れよ」なんて声をかけられたが、完全に勘違いしている。違う、そういうのじゃない。
「さて、オレの番か。……ほっ」
俺に続き、剣村の投げたボールは逸れず綺麗な軌道を描き、ピンに向かっていく。これはいったんじゃないか……?
「きたか?」
剣村の発言がなんかフラグっぽいな、と思っていたら、ピンとぶつかる直前に、ボールが力を無くしたようにヨロヨロとした動きへと変わっていく。
「あ……」
剣村の呆然とした呟きは、二つのピンが倒れる音と重なって一瞬で掻き消されたのであった。
「ボーリングってむずいな」
「だよな」
俺たちは痛みを共感し合い、悲しみを和らげるのであった。
ここからは女子たちが投げるそうで、しばらく暇になる。
観察するのもいいが、俺は今のうちに少し休憩でもしようとラウンジへ移った。
このボーリング場は、ボーリングするスペースとラウンジスペースの二つにわかれている。
ラウンジの方では自販機がたくさん置かれており、そこで好きな飲み物を買って、広く取られた座るスペースで休むことが出来る。
なんなら、ラウンジだけの使用も可能である。
ラウンジに行くならついでにーというわけで、五人分の飲み物を調達してくることを頼まれた。
これでは休憩に来たのかおつかいに来たのかわからないが、まあいいか。
通路を通ってラウンジへ行き、自販機で缶やボトルを買っていく。
買った飲み物は小さめのバッグへ入れた。
せっかくだし少し休憩してから戻ろうと、広々とした座るスペースへ向かう。
そこにはゆったりとくつろげる椅子が数多く置かれていたり、横に長いベンチがあったりした。
とりあえず、柔らかそうな椅子に座ってみる。
背もたれもついていたので、体重を後ろへかけると、力が抜けてリラックスした状態になる。
心地よい気分だ。
だがそこへ、ザワザワと耳障りな声が聞こえてくる。
音を辿ると、静かな休憩スペースの出入り口付近の一角に、俺と同年代くらいの女子たちが集まっていた。
少々声が大きく、距離があるとはいえ、気分を害される。
注意しに行く勇気はなく、渋々元の場所へ戻ろうと出入り口付近までやってきた。
その時だった。
横目に見た彼女らの顔に、見覚えがあった。忘れるはずもない。
あれは──
ここに理代を近づけてはいけない。
俺はざわりとした胸騒ぎとともに、皆の元へ帰るのだった。
「おー幸田、戻ったか」
「幸田クンありがとー」
友人たちの声に、暗くなりかけていた心が押し留められる。
理代に悟られぬよう、努めて普段通りの表情で飲み物を渡していく。
「ありがと、たーくん。はい、お金」
理代にリンゴジュースのペットボトルを差し出すと、にこりと微笑みかけてくる。
俺は動揺を悟られぬように早々と会話を打ち切ろうとするが……、
「ボーリングって難しいね。小さい頃やったときは両脇に壁みたいなのがあったから窪みに落ちなかったけど、うぅ……ピンまでいかないよぉ」
理代は俺と会話したいらしく、話を続ける。
俺は表情を取り繕い、その会話に応じる。
「練習あるのみだな。……と言っても俺も上手く出来るわけじゃないが」
「あと床が滑る」
「転んだのか?」
「転びそうになった。こう、おっとっと……って」
理代が全身を使って、こけそうなポーズをする。
危うくこの場でこけないか心配になる動きだった。
「大丈夫か。ちょっとドジっぽいところあるんだし気をつけなって」
「どどどど、ドジじゃないもん!」
「はいはい」
理代は少々運動が苦手のような側面がある。
ボーリングのようなレクリエーションなら大丈夫だろうと思っていたが、怪我してしまわないか些か不安が残る。
「次、幸田くんだよー」
椎川に呼ばれて「わかったー」と返事をする。
どうやら俺の番が回ってきたようだ。
今度こそ上手く投げられるように。と願いを込めながら、俺はボールを持つのだった。
しばらくして。
モニターに表示された成績を見ながら佇んでいたら、ちょいちょいと服の裾を引っ張られる。
引っ張ってきたのは理代だった。
「たーくん、トイレってどこだっけ?」
「トイレならラウンジに……」
そこまで言いかけて、俺は言葉に詰まる。
ラウンジに理代を近づけたくない。
俺が行ってから三十分ほどしか経過していないため、まだあいつらがいる可能性が高い。
そのことを理代に伝えたいが、それはそれで逆効果ではないだろうか。
せっかく楽しい気分でいるところに水を差すのは躊躇われる。
しかし、トイレについていくのはさすがにキモすぎる。
……いや、それでもついていくべきか?
「たーくん?」
ぼーっとしていたみたいで、理代が首を傾げている。
「……いや、なんでもない。ちょっと伝えたいことがあるから早めに戻ってきてほしい」
俺は悩んだ末、適当な言い訳を理代へ伝えた。
ささっと戻ってくれば問題ないだろうと、不安になる気持ちを押しこらえて。
「伝えたいこと? 今でもいいよ? 順番回って来る前に一応行っとこうかなーくらいの感じだから」
「長くなるから後でいい」
「そう? なら行ってくるね」
理代は手を振ってラウンジへ向かった。
俺は何事も起こらず戻ってくるよう祈りながらそれを見るのだった。
* * *
どうやらトイレはラウンジの方にあるみたい。
わたしは通路を歩き、ラウンジスペースまでやってくると、たくさんの椅子と自販機が置かれていた。
すごくゆっくりできそう。
えーっと、トイレは……奥だ。
「あれーっ? 理代じゃん!」
恐怖を呼び覚ますような高く頭に響く声。
半ば無意識のうちに声の方へ振り向くと、そこには茶髪の女の子がいた。
「───え」
わたしは掠れた声を零す。
化粧っ気が強く派手に装飾された顔や服は、彼女の内なる自信を如実に表しているように見える。
後ろにも何人かいるが、目の前にいる彼女がリーダー的存在で、発言力が強かったのを覚えている。
わたしは心臓が、身体が、凍ってしまったかのように動けなかった。
別に拘束されているわけでもないし、睨まれているわけでもない。
なのに……。
呼吸がおかしくなる。嫌な汗がぶわっと湧き出る。
まるで友人のように話しかけてきた彼女、そして後ろに佇む人たちは、中学時代わたしを虐めてきた人たちだった。
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