第23話 幼馴染は提案する
今日の六限目は、提案書の内容を決めるためのロングホームルームだった。
提案書とは学校をよりよくするために生徒たちが話し合い、生徒会へ提出するものだ。
この学校では半年に一回、生徒総会が開かれる。在校生全員が体育館へ集まり生徒会が主体となって、生徒から提案されたことを生徒会側と先生側で話し合った結果を伝えるものである。
そのために予めどのような提案をするか考えておかねばならないのだ。
学級委員の椎川と剣村を中心に提案書の説明がなされていく。
各クラス最低二つ提案をしなくてはならない。
席は自由に移動しても構わないという。
授業の前半は提案をどんどん出して現実的な折り合いなどを考えながら議論し、後半ではグループごとに出た良い案を元に最終案をまとめていく。
説明が終わった途端、仲の良い人同士で集まろうとクラス全体が騒々しくなる。
椎川たちも後半になるまではやることがないため、話し合いに混ざるようだった。
一人一枚配られた案を書くための小さな白い紙。そこに自分で思い付いた案を書き出していく。
個人で出した案をグループにまとめるための大きな紙は、教卓の上に置かれていて、自由に取っていく方式だ。
この大きな紙は、椎川が説明をし終わってこちらへやってくる際に持ってきていた。
五人でまとまって適当な席に座り、議論を始めていく。
「早速、既に思いついていたことを言っても良いか?」
剣村が一番手に手を上げた。
「どうぞ」
「やっぱこの学校の購買はメニューのバリエーションが少なすぎると思うんだ。オレは弁当の日と購買の日が半々くらいのタイプだけど、それでも飽きかけてるんだからやばいだろ。というわけで、購買のメニューを増やすことを所望する!」
「それで、どんなメニューが欲しいんだ?」
「焼肉」
「アホか」
「あとラーメン」
「無理だろ」
「せめて寿司」
「何がせめてだよ。生ものはアウトだろ」
「あ、あの」
そこへ、理代が小声で会話に入ってきた。
「クリームパンとか、りんごパンとか……。あ、甘いものがあったら、いいなって」
「理代チャンいいこと言うじゃん! お弁当も購買も油っぽいもの多いから、気分転換に甘いもの食べたいよねー」
「良い案だね。ここに書いておくね」
中心の紙へ椎川が書き込む。
理代は何気なく言った自分の一言がグループの決定案に組み込まれて、少し動揺しているように見えた。
理代の気持ちを軽くするためにも、俺は採用されそうな良い案を考える。
学校をよりよくするための案。現実との折り合いを考えて……。
なかなか難しいな。
時代の流れに伴って変化していることから考えると出しやすいか?
SNSだとブラック校則が話題に上がることが多いが、この学校ではそういった校則はあまりないように思う。
……いや、一つ思い浮かんだものがあった。
このルールがブラックかどうかは少し議論の余地があるが、改善できれば学校生活が快適になることは間違いないだろう。
年月が経つにつれ変化してきたものであり、昔は問題なかったが、今となっては変えるべきだと言えること。
「……この学校って、六月からしかエアコンつけられないよな?」
「そうだね」
「でも、五月でも暑い日ってあるよな?」
「確かにー?」
近年、地球温暖化のせいか、やたらと暑い。
夏と呼ばれる時期でなくとも、教室の中の空気がじめっとしていて蒸し暑く感じる。
おそらく学校という空間には、大勢の生徒がいることも影響しているだろう。
「時期関係なくエアコンをつけられるようにしたらどうだ?」
「いいね。採用するね」
椎川がスラスラと紙に書いていく。
俺は無事提案が受け入れられたことにほっとした。
理代を見ると、自分の案だけではなくなったことで安心したのか、緊張感が抜けて表情が柔らかくなっていた。
その後、グループ内では計四つの案が出た。
それを授業後半、クラス全体で多数決をとって決めていく。
結果、俺と理代の案がクラスの案となった。
誰の発案かはグループの人以外にはわからないとはいえ、理代はかなりそわそわと落ち着きのなさを見せていた。
* * *
帰り道、電車を降りてから理代と二人歩いていく。
「やばいー、なんとなく言ったことが決定案になっちゃったよ……」
「俺もそんな感じだから気にするな」
まさか俺たちの案が最後まで残るとは思わなかった。
理代ほどではないが、動揺してしまった。
「……でも、たーくんと一緒なら、なんかちょっと大丈夫って気持ちになってくる」
「そりゃよかった」
理代は穏やかな顔を俺に向けた。
助け舟を出した甲斐があったようだ。
「そういえば、購買の飯なんて食ったことあったっけ」
理代はいつも弁当だ。
購買で売っている食品を食べる機会などないように感じるが。どこでメニューを知ったのだろう。
「あ、ぼっち時代に食後食べる用に何かいいものないかなって何度か見に行ったことがあって。大したものがなかったのと、人の数が多すぎて何も買わなかったけれど」
「なるほどなぁ」
さらっと過去の悲しいエピソードが語られた。
だが、理代は別段気にしていない様子。
吹っ切れたのだろう。こんな些細なこと一つとっても成長したなと感じる。
「採用されるといいな」
「うん! もし甘いパンが並ぶようになったら、買いたいなぁ。あ、でも人の波に揉まれるのは嫌だなあ」
幸せそうな表情から一転、げんなりと鬱屈そうなため息を漏らす。
「その時は俺が代わりに買ってくるよ」
「ほんと!? 助かるー!」
「いつも弁当作ってくれてるんだしそれくらいはさせてくれ」
どこかで毎日弁当を作ってくれている恩を返したいとずっと思っていた。
これだけで恩の全てが返せるとは思わないが、少しでもいいから感謝の気持ちは行動で示したい。
「いやー持つべきものは弁当を作る相手ですな。恩着せられるし」
「普通は作ってくれる相手だけどな」
理代の変な考え方に、俺は笑みを零したのだった。
* * *
後日、俺たちの案はどちらも採用されることとなった。
そして、理代と喜び合ったのだった。
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