第24話 幼馴染は勘繰られる

 今日は理代が久須美たちと遊んでくると言い、俺は一人で放課後を過ごしていた。


 理代が不在の時は動画編集を行うことが多い。

 マウスカーソルをカチカチと押して、今日も作業を進めていく。


 今回の動画は、最近読んで面白かった作品紹介だ。

 BGMをつけたり、字幕を打ったりして編集作業を行っていく。



 しばらくして、一段落したところで、軽く肩を回す。


 何かに没頭するのはいいが、ずっと同じ体勢なので身体が疲れがちだ。

 肩の次は腕を伸ばして筋肉をほぐしていく。


 ふぅと一息吐く。


 単調な作業なので少し飽きがきていた。

 何かお菓子でも食べようかと思い、財布を手に、家を出る。


 理代は今頃楽しんでいるだろうか、と思いながら歩き出したその時だった。


「あれっ!? 幸田クンじゃん!」


「……久須美さん!?」


 隣の家である理代の家から、久須美が出てきた。

 ばったり遭遇したのである。


 一体何が起こって……と頭を回転させて、はたと気づく。


 理代が久須美たちと遊ぶと言ったことを、俺は無意識のうちに一緒にショッピングへ行くのかと考えていたのだ。


 だが、違ったようだ。

 おそらく、理代は家に招いて遊んでいたのではないだろうか。


 それなら久須美が理代の家から出てきたことにも説明がつく。


 俺が思考を巡らせている間、久須美も同じように考えていたようで、両者しばらく沈黙が続いていた。


「……えーと、なんで幸田クンがここにいるんだー??」


 しかし、久須美は考えても答えが出なかったようで、降参を示すかのように俺へ問いかける。

 

「あ、わかった! 幸田クンも理代チャンに呼ばれてたんだね!」


 どう説明しようか頭を悩ませているうちに、久須美は検討違いの方向へ帰結したようだった。


「あ、ちがっ」


「幸田クンも一緒に行こうよー!」


 俺の否定は久須美の声に被ったことで届かず、想定外にも理代の部屋へお邪魔することとなった。




「お、お邪魔しまーす……」


 か細い声でそう告げ、気まずい気持ちを抱えながら久須美に続いて階段をのぼっていく。


 誤解をどうにかしたいものの、それを解くにはまた別の問題が発生する。


 ここは住宅街だ。

 通りに面しているならまだしも、住宅街を抜けないと店がないため、偶然通りかかったという言い訳は通用しにくい。


 というかそもそも偶然通りかかるって無理がありすぎる。

 ここは学校から一時間以上かかる場所なんだから、偶然じゃ説明つかないことが起こらないと会うことなんてまずない。


 だから、久須美を納得させるには真実を話すしかないのだ。


 実は近所に住んでいて、そのうえ幼馴染であるということを。


 その事実を伝えればいいだけなのだが、今まで隠してきてしまった分どう言ったらいいものか……。


 そんな大きな判断を、玄関を上がって二階の理代の部屋に行きつくまでの僅かな時間で出来るわけがなかった。




 コンコンとノックして、久須美が理代の部屋のドアを開ける。


「幸田クンも来たよー」


「ど、どうも」


 部屋の中央に置かれた白いテーブルを囲んで、理代と椎川がラグの上に座っていた。

 周囲に置かれていたグッズや漫画本などは、薄いカーテンで隠されている。


 理代は俺の姿を見た途端、目をまんまるとさせて、何が起きているのか説明してほしいと瞳越しに訴えてくる。


 俺はちょっと想定外のトラブルがあったんだ、と伝えた。アイコンタクトで。


 理代は、じとーっとした目つきになり、疑わし気に見てくる。意味は全く分からない。


 俺はアイコンタクトで意思疎通することの難しさを思い知ったのだった。


「幸田くんも呼んでたんだね。知らなかったよ」


 椎川は順応力が高いのか、俺を見て早々と受け入れた。


 向かいに座る理代は、呼んでない呼んでないと言いたげに全力で首を振っているが、奇跡的に誰も気にしていない。


「遅れて悪かった」


 俺は約束していないが、場に合わせるため、咄嗟に嘘をついた。


 押し通すしかないと悟ったのか、理代は怪訝な目つきで俺を見ることをやめてくれた。


 その代わり、スマホを軽く振って合図してくる。


 白いテーブルの周りに俺と久須美は座った。


 そして俺はスマホを取り出し、LILIを起動した。

 

「ところで、久須美さんはなんで外にいたんだ?」


 理代との関係性を疑われないためにも、俺は話の方向性を逸らす。

 

 そして、スマホで『偶然、久須美さんと会ってしまった』と打ち込み、送信する。


「あ、幸田クンに会った衝撃で忘れてたよ! コンビニにお菓子買いに行こうとしてたんだよね」


 どうやら目的は同じだったようだ。

 あの場で遭遇しなかったとしても、どのみち会っていた可能性が非常に高い。


「ま、お菓子はいっか。ここにもたくさんあるし」


 テーブルの上にはチョコやら揚げ菓子やら、たくさんのお菓子がすでに置かれている。

 これで買い足そうとしていたのか……。どんだけ食べる気だったんだ。


 ちらりと目線を下に向けてスマホを見ると、


理代『それで桃乃ちゃんが、わたしはたーくんとも約束してたと勘違いしてるってこと?』


 と、返信がきていた。

 俺は『うん』と短く返す。


「あれ? でも、剣村くんは誘ってないの?」


「忙しかったんじゃない?」


「暇そうにしてたけど……」


 勘が鋭い椎川が、良くない方向へ話を運んでいく。


「あと思ったんだけどさ、理代チャン家って幸田クン家とまあまあ近い?」


「え、どうしてそう思うんだ?」


 俺は、久須美がなぜそこに行き着いたのかわからず、反射で問い返す。


「同じ市みたいだし。……ん? まって、二人とも学校一緒じゃない!?」


 手をパンと鳴らし、大発見をしたかの如く、語調を上げる。


「前に幸田クン長西中って言ってたよね? 理代チャンも長西中だってこないだ言ってたもん」


「確かにそうだね……」


 椎川も賛同し、完全に退路を絶たれる。

 どうやら俺のいないところで。理代は学校名を二人に言っていたようだ。

 そして俺も、過去に二人には学校名を言ったことがある。


 タイミングが別々だったとはいえ、きっかけさえあれば頭で結びついてしまうのもしょうがないと言える。


「もしかして、二人って元から知り合い?」


「えっ……」


 理代が掠れた声を漏らした。

 横を見るとフリーズしている。


 そして、椎川は何やら気づいたようで、ハッとなった顔をして続ける。


「ちょっとまって……桃乃ちゃんがさっき幸田くんと会ったことも、もしかしたら約束してたわけじゃなくて、偶然なのかもしれない。だって、剣村くんだけ省いてるとは考えづらいし」


「え、まじ?」


「ちょちょちょっと一旦ストップだ落ち着いてくれ」


 俺は慌てて口を挟んだ。


「幸田くんがまず落ち着こっか」


 椎川に嗜められ、ゆっくり深呼吸してから、切り出す。


「えーとだな。その……」


「「そのー?」」


 二人の視線が俺たちへ注がれる。


「実はまあ、知り合い的な……うん」


「そうなの、理代ちゃん?」


「えーと、まぁ……」


 俺たちはぎこちなく会話に応じる。


「二人して、どうして黙ってたんですかい、このこのー」


 久須美はいい的が出来たと思ったようで、悪巧みしてそうなニヤニヤとした笑みを浮かべている。



「……あ」


 不意に椎川がぽつりと言った。


「どったの茜?」


「お弁当……」


「お弁当? お腹でも空いた?」


 久須美はわからないようだが、俺たちはお弁当の一言で椎川が何を考えているのかを察した。

 少し前にあった、お弁当の類似性に関することだろう。


 お弁当が似ていたのは作っている人が同じ、つまり理代がどちらも作っているということに。思考が辿り着いたのかもしれない。


「も、もしかして、隠れて、つ、付き合って……!?」


「なになになに頭の中で何が起こってるの!? ちょ詳しく!」


「茜ちゃん! ち、違うのっ!」


「椎川さん、それは誤解だ! と、とりあえず今から話すから……!」


 予想の斜め上をいった椎川の発言に、全員慌てふためき、大パニック。


 このままでは収拾がつかないので、俺は手で皆を押し留めた。


 そして俺は、理代との関係性について話す決断をした。

 どのみちいつかはバレてしまうだろう。何かやましいことがあるわけでもないし、明かすなら早いに越したことはない。


 とは思いつつも、なかなか明かすタイミングがわからず、ズルズル先延ばしにしてしまっていたが。


 俺は一呼吸置いて、話し始める。


「まず、その、実は」


「「実は……?」」


「お、俺と理代は、幼馴染なんだ」


 

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