第22話 幼馴染とデート?
コラボカフェに行く日がやってきた。
諸々の準備を終え、外に出る。
隣家に行くと、理代がちょうど出てきたところだった。
毛先が緩く巻かれた濃紺の髪。
白のブラウスに、スリットの入った灰色のロングスカート。
上には薄手のカーディガンを羽織っている。
今までの服装とはガラリと違う、大人びた理代の格好に、数瞬目を奪われる。
「たーくん、どう……かな?」
不安げに呟かれた言葉は、微かな期待も孕んでいるように思えた。
「に、似合ってると思う」
目を逸らしながら、動揺を悟られないように告げる。
「よかったぁ……」
小さく顔をほころばせた理代は、俺の横に並び「行こっか」と言ったのだった。
今まで一緒に外出する時、理代はその格好にこだわらなかった。
部屋着のような服で出かけることもあった。
俺も服にこだわりはなかったため、特に気にしたことはなかった。
けれど、今は違う。
理代がお洒落しているから、地味で適当な格好をしてきてしまったことを深く後悔していた。
これでは浮くのではないだろうか。ちょっと不安になった。
やや長めの時間電車に揺られ、やってきたのは大都会。
高層ビルが立ち並ぶ街並み、人が多く真っ直ぐ歩くことが難しい。
理代とはぐれないよう、気をつけながら進んでいく。
街行く人々を見ているとカップルが多い気がする。
そのせいで、俺たちもデートに見えるのだろうか、と益体もないことを考えてしまう。
駄目だ、敏感になってる。
近くに理代がいるのにこんなことを考えるなんて気まずくて、頭を振って思考を無理矢理止めたのだった。
駅から徒歩数分のところに目的のカフェはあった。
外観はこじんまりしているように見えたが、扉を開けると奥行きがあって思ったより広く感じる。
内装はくましおの壁紙一色だ。
客層は俺たちと同じくらいかそれより少し上の若い層が中心のようだ。
「いらっしゃいませー」
やってきた店員に予約情報を伝える。
コラボカフェの多くは予約が必要らしい。
予め理代の名前で予約を行っており、二人席に案内された。
テーブルに着くと、軽く説明を受ける。
紙に注文を書くそうで、選べるメニューとその数が決まっているらしい。
料理にはそれぞれグッズがランダムでつくそうだ。
俺にはくましおのグッズは不要なので、あとで理代にあげようと思う。
「悩まないように行く前にメニューを決めてきたのに、いざ入店したらやっぱり変えようかなと心が揺らいでいる……」
「下手に変えても後悔するんじゃないか」
「うーん、そうだよねー。あぁ……くましおおむすび食べたかったなぁ」
「一度きりの人生なんだから、時には諦めも必要だな」
「なんか急にスケール大きすぎるんだけどぉ!?」
料理名を書いて、店員を呼び、注文用紙を渡す。
「グッズはどんなのが貰えるんだ?」
「コースター。あと食べ終わった後にレジでミニアクスタ販売してる。さっきの紙に何個買うか表記あったでしょ? あれに書いて買うんだ。ちなみに全部ランダム。うぐぐ……」
「ランダムなぁ……」
ランダムとは本当に悩ましい。
グッズを集めるうえで欲しいものは当てたいし、被りは困るし。
「狙ってるのは何だ?」
「パジャマくましお」
きっと可愛いのだろう。
理代の願いが叶うといいなと思った。
しばらくすると料理が運ばれてきた。
俺が頼んだのはくましおうどん。
理代はくましおカレーライスだ。
特典のコースターは……これはパジャマくましお、か?
「狙ってたのって、もしかしてこれか?」
コースターを見せると、理代が目を見開いた。
「それ! ありがとおおおお、たーくん! よくやった! 神だよ、神!」
舞い上がりまくっている。
望みの品が手に入ったようでよかった。
神はさすがに言い過ぎな気もするが。
「理代の方はなんだったんだ?」
「ジャージくましおだったー。たーくん、ほんとにありがとう!」
嬉しそうに眺め始める理代。
「……食事、冷めるぞ?」
「はっ! 確かに。いただきます!」
俺が忠告すると、ハッとなって食べ始めた。
くましおうどんは油揚げがくましおの形になっているうどんだ。
もちもちした麺に、汁をたっぷり吸った油揚げがすごく美味しかった。
その後レジでグッズを買い、カフェを存分に楽しんでから、店を出たのだった。
* * *
昼食後はショッピングへ行くことになった。
都内はオタクにとって夢のような場所である。
なぜなら専門店が多いし、どれも広いからだ。店によっては売り場が何階にも渡っていることもある。
専門店限定の特典は普段手に入りにくいものなので、非常にレアである。
俺たちは何か良さげな商品がないかと、店内をふらふら歩き回る。
「ねえねえ、見てこれ!」
理代が指差したのは、あるアニメの限定アクスタだ。
専門店にしか売っておらず、こないだ行ったショッピングモール内の専門店では売り切れだった。
「いいな。買うか」
「こっちも欲しいー」
今度は、とあるラノベに出てくるキャラクターのミニタペストリーだ。
ミニなので、値段も手頃である。
せっかくなので、これも手に取った。
「やばいな、次々と欲しいものが見つかる」
バイトはしていないが、動画投稿で少し儲けがある。とはいえ使いすぎはできるだけ避けたい。
「今日くらい奮発しちゃえの気持ちで買っちゃおう!」
理代の言う通りだなと財布の紐が緩んでしまい、結局色々買ってしまった。
まあ滅多にこんな機会はないのでよしとしよう。
* * *
都内には様々な店があり、適当に目的もなく歩いているだけでも楽しかった。
目についた店に入って、ピンときたものを買って、財布がどんどん軽くなっていく。
そんな風に歩き続けていたら、気づけば高台のようなところに来ていた。
赤く染まった夕焼け空を背景に、数々のビルが立ち並ぶ街を一望する。
なぜだろう。
不思議と胸に寂しさが生まれた。
今日という日が終わって明日が来る。
当たり前のことなのに、夕暮れに染まる街を見ていると、切なくなる。
今日が楽しかったからだろうか。
隣を見ると理代も街を眺めていた。
充足感に満ちた表情をしており、瞳は夕日の赤を映し出している。
「今日は、楽しかったね」
「そうだな」
カフェに行って、買い物して、散策して、非常に充実した一日だった。
「今日だけじゃない。最近毎日がすごく楽しい」
「だな。理代は笑うことが増えたなって思うよ」
理代は景色から俺へ視線を移した。
「そうかな? ふへへっ」
眉を少し下げて、心から笑うその表情を見ていると、本当に嬉しいんだろうなと思った。
そんな理代を前にして、胸に隠した邪な気持ちを打ち明けることなど、できるわけがなかった。
「茜ちゃんと桃乃ちゃんにコーディネートしてもらってから、自信がつくようになったんだ」
再び、街並みを見下ろす俺たち。
自信が生まれているのは傍目にも感じられた。
クラスの話したことない人相手でも、店で話しかけられた時も、前よりハキハキと喋れるようになっていたから。
でも俺は、そんな理代のことを、遠くへ行ったように感じてしまったのかもしれない。
だから、今日の買い物は安心感を覚えた。
理代は変わったかもしれない。
けれど、ちゃんと俺の知ってる理代のままの部分が大半だった。
明るくはなったけど、理代は理代のままだ。
一緒にオタクっぽい話をして、嬉しいことがあると舞い上がって。そんな当たり前の姿を再確認した。
「わたしだってみんなみたいに、楽しく今を生きられるんだって思った」
楽しそうな日々を送っている周りを、見ることしかできなかった。
けれど、理代も彼らと同じように青春を謳歌することができた。
「あのね、たーくんにお礼が言いたいんだ」
不意に理代に名前を呼ばれて、俺は困惑した。
「俺に? なんで?」
「……ずっと支えてくれたから」
理代は続ける。
「わたしが折れなかったのはたーくんのおかげだよ。たーくんがいたから、完全なひとりぼっちじゃなかった。だから……ありがとう」
俺はその言葉を聞いて、胸があったかくなったように感じた。
理代がここまで変われたことに対し、俺は何もできていなかったんじゃないか、と心のどこかで思っていたのだろう。
でも、違った。
俺は、理代の支えになれていた。
それがすごく嬉しかった。
理代が今まで通りの理代であること、俺は理代のためになれていたことを知って、胸につっかえていたもやもやが、少しだけ晴れた気がした。
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