第21話 幼馴染は変わってゆく

 久須美や椎川に連れられて、髪型を整えたり、服装を変えたりした結果、理代は大きく変わった。

 

 それは外面という意味だけでなく、内面もだ。

 今まで暗い思考に陥ることが度々あったが、それがあまりなくなったように思う。

 

 理代が髪を切った翌日、学校へ行くと周囲の反応が凄まじかった。

 

「え、橘さんめっちゃ可愛い」

「やばっ」

「今まで全然興味なかったけど、こんな美人だったのかよっ」

 

 そんな声が聞こえてきた。

 彼らの中心にいた理代は微かに照れながらも、なんとか彼らを相手していた。

 

 理代がクラスに馴染めた。

 

 その変化はいいものであるはずなのに、俺の心はなぜか沈んでいた。


 原因は自分でもわからない。

 

 理代がせっかく楽しそうに笑えているのに、それを心の底から祝えない自分が嫌で仕方なかった。

 

 そんな気持ちを抱えながら、蚊帳の外から理代を見るのだった。

 

 

 

「幸田、最近お前どうかしたのか?」

 

 理代が注目を浴びて数日が経った、ある日の昼休み。

 剣村が自販機で飲み物を買うので付き添ったら、そんなことを言われた。


 俺がぽかんとした表情をしたせいか、

 

「なんつうか、随分としけた面してるからさ」


 と剣村は続ける。

 

「そうか……?」

 

 スマホでカメラアプリを立ち上げて見てみるが、普段と変わりないように見える。

 

「わからないか?」

 

 そんなに落ち込んでいるのだろうか、俺は……。

 考えれば考えるほど、ますます思考は沈んでいく。


 理代への罪悪感、申し訳なさ。それを隠している後ろめたさ。

 まるで重しを抱えているみたいに憂鬱だ。

 

「ま、元気出せって。そういえば、前に委員会の仕事肩代わりしてくれただろ? 飲み物奢っから。何飲む?」

 

「生で」

 

「お前は仕事に疲れたサラリーマンか」

 

「炭酸ジュースで」

 

「ほいよ」

 

 ガコンと落下してきた炭酸を手渡される。

 

「ありがとな」

 

 喉に流し込むと炭酸の刺激が喉で弾ける。少し頭が冷えた気がした。

 落ち着いて考えをまとめていく。

 

「……誰かにいいことがあったのに、素直に喜べないのはなんでだと思う?」

 

 俺はおもむろに悩みを切り出した。

 自分の中に留めておくより、他の視点があった方が答えに辿り着けるかもしれないと、小さな期待を込めて。

 

「自分が落ち込んでるんじゃね? やっかみ的な」

 

「いやそういうのじゃなくて。なんて言ったらいいか……。誰かの夢を応援してて、それが叶って前進したのに、喜べないみたいな」

 

「んーーー、本心では叶ってほしくなかったとか?」

 

「いや、そんなはずはない」

 

 それだけは断言したかった。

 理代の望み通りになって欲しいと思ってきたはずなんだ。

 その過程をずっと傍で見てきたからこそ、なおさら。

 

「ほんとか?」

 

「間違いなく嬉しい気持ちはあるんだ。でも同時になんていうか、もやもやするっていうか」

 

 心の中にわだかまっているこの不快感を言語化するのは難しい。

 俺は曖昧な心情を吐露した。

 

「恋じゃね」

 

「ぶふっ」

 

 剣村が予想だにしない答えを告げたので、思わず炭酸ジュースを噴き出してしまう。

 

「いきなり何言い出すんだ!」


 俺が理代に……?

 十年以上の付き合いになる幼馴染相手に?


 でも理代の方は、なんとなく俺に好意を持ってるような気がすると感じることがある。

 気まずくて訊けてはいないが……。


 しかし、俺が理代に恋……恋なぁ。


 理代のことは大切な幼馴染だと思っている。

 これは恋とはまた違うんじゃないだろうか……。

 

「中高生で、もやもやときたら……恋だろ」

 

 キメ顔でそんな返しをされる。

 絶対からかいたいだけだろう。

 

「さすがに暴論すぎないか?」

 

「いやいや、恋かもよ。前進したってことは距離が空いたんだろ? 寂しくなって自分の気持ちに気づいたみたいな? ほらちょっと好きになっ」

 

「お前に相談したのが間違いだったわ」

 

 俺は剣村の話を断ち切り、自販機の前を去る。一緒にいたところで、からかわれ続けるだけだろう。

 

「おい幸田まてよぉー!」

 

 後ろから叫び声が聞こえたが、気にせずに進んだのだった。

 


 * * *


 

 放課後。

 いつものように俺の部屋に理代が来ていた。

 ポチポチと携帯ゲーム機で遊んでいる。


 髪は結っていないが、綺麗に整えられており、美容院に行ってからというもの、日々ケアをしているのが窺える。



 理代と気ままに過ごす日常。

 実にいつも通りの光景。


 それなのに、どこか安心感を覚えていた。

 

 もし、あくまで仮に、だ。

 俺が理代へ恋心を抱いていたとする。

 

 だとすれば、俺は理代の何に惚れたんだ。


 容姿が変わったことで好きになったのか?

 そんな軽々しいものでいいのか?

 

 なんとなく、違う気がする。

 いや、違うと思いたいだけなのだろうか。


 無理に型に嵌めようとしているせいで、路頭に迷っている気がする。

 

「たーくん、今週末空いてる?」

 

「……あ、あぁ」

 

 思案していたせいで、若干返答が遅れた。

 

「コラボカフェ付き合ってほしいなー」

 

「くましおのか?」

 

「そうそう!」


 理代が少し前から、くましおのコラボカフェに行きたいとはしゃいでいたことを思い出した。

 

「久須美さんや椎川さんたちとじゃダメなのか?」


 理代と二人でいることを避けたかったのか、半ば無意識でそんなことを口にしてしまう。

 

「コラボカフェってまあまあ料金するから悪いなと思って」

 

「俺に対する遠慮は?」

 

「そこはほら、幼馴染ってことで」

 

「ま、いいけど」


 別になんともないはずだ。

 ただ幼馴染とお出かけに行くだけだ。

 別に今回が初めてでもないしな。

 

「わーい! カフェだから一人で行くにはちょっと躊躇ってたんだよ」

 

 嬉しそうに笑顔を浮かべる理代。その表情を見ると俺はホッとするのだった。

 

「ありがと、たーくん」

 

 理代はこちらに目を合わせ、にこりとした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る