第17話 幼馴染と遊園地④
日が暮れかけた頃。最後にお土産を買おうという話になった。
遊園地の出入り口付近に建てられたお土産屋へ入る。
閉園も近いため、店内は人がごった返していた。
俺は陳列された商品を軽く見て、目についた良さげなものをカゴに入れていく。
レジに向かう道中、理代がいた。
「ねえねえたーくん、どっちがいいと思う?」
理代は眉間に皺を寄せ「むむむ……」と唸る。迷っているのは、ようかんとせんべいだ。
「悩むくらいならどっちも買ったらいいんじゃないか?」
「それだと、ぬいぐるみも買う予定だから、予算オーバーになっちゃうの」
「じゃあようかんで」
「なぜに」
「その二つだったら、ようかんが食べたい」
「貰うの前提かい!」
「こっちもあげるからさ」
「それならよし!」
そうして俺は理代と別れ、早めに会計の列に並んだ。
列は長く、レジにたどり着くまでどれくらい時間がかかるか、まるでわからなかった。
一人ひとりの会計時間も長く、列が進む速度が途方もなく長く感じられる。
数十分待ち、なんとか会計を終えて店を後にする。
外の空気は少し冷たかった。
店の外の開けたスペースへと行って佇む。
人混みを避けたくて、早めに切り上げたが、理代は大丈夫だろうか。
俺と同じで人の多いところはあまり好きではないはず。おそらく人混みよりもお土産の質を取ったのだろうが。
店の自動ドアからは人がぽつぽつと出てくる。
なんとはなしに見ていると、椎川が出てきた。思ったより早い。
椎川は俺を見つけるなり、駆け寄ってくる。
「幸田くん、もう会計終えてたんだ! 早いね」
「人混みはあんま好きじゃないからな……。さっさと選んでレジに通してきたんだ」
「何を買ったのか、見てもいいかな?」
「ああ」
俺は紙袋から買ったものを取り出す。箱入りクッキーだ。
表面には、遊園地のイメージキャラクターがプリントされている。
「まずは定番のクッキーだな。家族で食べる予定だ」
「これ安いのにいっぱい入っててお得だよね。私も悩んだんだー」
「みんなで食べる用としていいよな。あとは……」
ガサゴソと袋の中をあさり、大福の入った箱を見せる。
「美味しそう! 他には何を買ったの?」
「……この、よくわからないマスコットキャラクターのストラップ」
ぷらーんと変に長い腕と足を持つストラップを指で摘む。
「ふふっ。遊園地のいたるところで見かけたね」
「妙に印象に残ったからついカゴに入れたけど……いらないかもな」
「いいんじゃないかな、記念として」
「記念か……」
確かに、遊園地に行ったことはいい思い出になった。
見るたびに今日のことが頭をよぎるであろうストラップを買ったのは、いい判断だったのかもしれない。
「椎川さんは何を買ったんだ?」
「私はね……」
椎川も俺と同じように紙袋から取り出して見せてくれた。
理代が悩んでいたせんべい。マスコットキャラクターの手のひらぬいぐるみ。俺とは違う種類のストラップ。
それらについて、楽しそうに語ってくれた。
「今日は楽しかったね」
「だな。いい一日だったよ」
一日中みんなと過ごしたせいか、気持ちが浮ついてしまう。
アトラクションを楽しんで、ワイワイ盛り上がって。
今日ここに来られて本当によかったなと思った。
「…………ずっと、こんな日々が続けばいいのにね」
椎川が不意にぽつりと呟く。
「椎川さん……?」
振り向けば、先ほどの純粋な笑顔ではなく、寂しげな笑みを浮かべる椎川。
「幸田くん、少しだけ昔話に付き合ってくれる?」
「それくらい構わないけど……」
もう少し静かなところのほうが話しやすいだろうと、人通りの少ないスペースまで移動する。
人の声が遠ざかり、賑やかな空気感が薄れる。
茜色に染まる空を見上げながら、椎川はゆっくりと話し始めた。
「私ね、楽しいことをしていても、ふとした瞬間に辛いことを思い出して……場の空気に置いていかれちゃうことがあるんだ……」
その場の空気に合わせているように見える椎川が、そのようなことを思っているのは意外だった。
過去に何か酷く辛いことがあったのだろうか。
椎川は感情を堪えるかのように、手を固く握りしめた。
そして、訥々と語る。
「……中学生の時……兄がね、交通事故で亡くなったの」
思わず、椎川の表情を窺う。
空に向けられたその瞳は、うっすらと涙の膜が張っているように見える。
俺は近しい人を亡くした経験がない。
だから、こんな時になんて言葉をかけたらいいのか、わからなかった。
辛いよな、と言葉をかけたところで、俺は本当の意味で彼女に寄り添えているんわけではない。
そもそも椎川の兄のことを知らない。
小さな同情心で椎川を勇気づけるのは、かえって彼女を苦しめる。俺は口を噤んだ。
ふと、剣村の言葉を思い出す。
椎川が中学生の時に悪い意味で注目を浴びた。
それは、この事故のことで間違いないだろう。
言うのを躊躇った剣村の言動がようやく腑に落ちた。
「年齢は二つ上でね、何でもできて尊敬してた。私の憧れだった。勉強だって運動だって完璧で、誰にでも優しくて、中学校では生徒会長もやってたすごい人だったんだ」
口を挟める雰囲気ではなかった。
俺は頷きながら、椎川の話を聞く。
「それに……ロボットの魅力を教えてくれた」
椎川がロボット好きになったきっかけは兄の影響だと前に話していた。
故人であることを鑑みるに、彼女の心情は複雑なものだろう。
プラモデルについて語り合ったときも、どこか遠くを見るような目をしていた記憶がある。
「お兄ちゃんがいたおかげで、私は楽しい毎日だった。なのに……」
椎川の瞳から一筋の涙が頰を伝った。
慌てたように彼女は袖で拭う。
「ごめんね。せっかく楽しい思いをしてたのに水を差して」
椎川は眉を下げて悲しさを誤魔化すように笑った。
「いや……」
何て声をかければいいのかわからなかった。
悩みに悩み抜いて、慎重に言葉を紡ぐ。
「椎川さんは、その……立ち直れたのか?」
「どうなんだろう……完全にとは言い難いけれど、昔よりは元気になれたかな。……時間の経過と共に、お兄ちゃんのいない非日常が、日常なんだと思うようになっちゃったから……」
非日常が日常になる。その恐怖は計り知れないものだろう。
もしも、今俺が送っている日常が、突然砂のように消え去って、非日常がやってきて、それがずっと続いたらと考えると耐えられそうにない。
当たり前がなくなることが怖いと心の底から思った。
そんな機会訪れないかもしれないが、確率はゼロではない。
人生何が起こるかなんて、誰にも分からない。
椎川が視線を横へ向けた。
俺も同じ方を見ると、理代たちがいた。
「あ、みんなお土産買い終わったみたい。いこっか」
椎川は泣いていたことを感じさせないほど普通の表情で、そう告げるのだった。
* * *
遠くから夜が迫ってくる。
行きのルートをなぞって遊園地から離れていく。
電車に乗って途中の駅で一人、また一人と降りていくと、楽しい今日が終わりに向かっているのだとようやく実感してきた。
俺と理代は長く電車に揺られていた。
電車を降りると、いつもの帰り道を歩く。
街は既に暗闇に包まれ、街灯を頼りに歩いていく。
賑やかなお祭りから帰るみたいで、少し寂しく感じる。
「たーくん、わたし今日すっごく楽しかった!」
理代は手を大げさに広げ、全力で楽しかったとアピールした。
「行ってよかったな」
「うん! 一生の思い出が出来たよ!」
満面の笑みを浮かべる。
それから理代は俺といない間にあったことについて語り出した。
観覧車の話や、コーヒーカップの話、お土産屋での出来事など、理代の口からは次々に話題が出てくる。
「それでね……」
トンと、身体の片側に重さが加わった。
見れば、理代がもたれかかっている。
「理代……?」
「ご、ごめん、少しふらついて……」
見れば、理代の足元がおぼつかない。
俺はバランスを崩して倒れたりしたら大変だと思い、肩を支える。
「ありがと……」
よく見れば、顔が赤らんでいる気がする。
もしかしてと思い、額に触れる。
「熱があるじゃないか!」
「あはは……ちょっと……頑張りすぎちゃったのかな……?」
力なく笑う理代。
家までの僅かな道を、俺は理代を気遣いながら辿るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます