第18話 幼馴染の看病
理代が熱を出した。
曰く、最近頑張りすぎたとのこと。
俺から見ても近頃の理代は相当努力したなと思う。
ちょっと無理がたたってしまっても、しょうがないだろう。
今までずっと休み時間を一人で過ごし、ぼっちで弁当を食べ、寄り道せずに帰り、休日は極力部屋から出ない生活を送ってきたのだから。
遊園地の帰りに発熱して、一晩寝ただけでは快復することもなく、理代は学校をお休みした。
* * *
学校から帰ってきた俺は、理代のお見舞いに来た。
理代の部屋には、久々に入った。
ほんのり甘い部屋の香りが、鼻腔をくすぐる。
普段俺の部屋で遊ぶのが基本となっているせいで、理代の部屋にはあまり行かないのだ。
そのせいか慣れない感じがして、少し緊張感が漂う。
部屋は、イラストを描く機材や道具、たくさんのぬいぐるみ、キャラクターのフィギュア、横にずらりと並べられた漫画本といったもので構成されている。
パステルカラーを中心に部屋を彩っているからか、そこまでオタク感はない。
そんな部屋の淡い水色のベッドで、理代は療養していた。
多少は下がったものの熱はまだあるようで、咳も少し出るらしい。
熱が出た時は食べやすいものがいいと思い、俺は帰宅途中にコンビニでゼリーを買ってきた。
「ありがと、たーくん……ケホッ」
理代は俺が渡したゼリーの蓋をぺらりと開け、スプーンで口に運んだ。
「ん……おいしい」
「そりゃよかった」
ぶどう味のゼリーは理代のお気に召したようだ。
一口、また一口とスルスル食べていく。
まだ顔が若干赤いが、表情は和らいでいる。
食欲も大分戻ってきたのかもしれない。
「昼飯はどうしたんだ?」
「…………カップ麺」
気まずそうに理代はぽつりと零す。
療養中にカップ麺はあまり良くない気がするから、その後ろめたさから言い淀んだのだろう。
しかし理代の親は、日中は仕事で不在だ。
熱にうなされながら料理をするのも難しい。
楽に食べられるものとしては、カップ麺くらいしか俺も思いつかない。
「他に食べたいものとかあるか?」
「ゼリーだけで十分だよ。コホッ……ありがとう」
ゼリーを食べ終えた理代は、力のない笑みを浮かべる。
けれど、昨日の表情よりも幾分か元気が戻ってきているように見えた。
「明日は学校行けそうか?」
「うーんそうだね、行けるかも」
昨日は熱に浮かれてふらついていたが、今話してみた感じでは少し咳は出るものの概ね元気そうだ。
きっと明日には、ほとんど快復しているはずだ。
「みんなも、心配してくれてるし」
久須美や椎川たちからは、心配のメッセージが送られてきているようだ。
文面を思い出したのか、その表情が僅かに緩む。
明日無事に学校へ行くためにも療養の邪魔をしては悪いと、俺は腰を上げる。
「それじゃ、俺はそろそろ帰るな」
「……まって」
か細い声で、引き留められた。
振り返ると、理代は切なげな瞳で俺を見つめている。
「ずっと一人でいたから寂しくて……コホッ、もうちょっといてほしいな。寝るまでの間だけでも」
あまり長居すれば、俺にも風邪が移ってしまう可能性はある。
けれど、理代のお願いを断ることはできなかった。
一日中ベッドの上で一人。
寂しくもなるだろう。
ましてや、最近は賑やかな場の中にいたことで、より一層孤独感を覚えているかもしれない。
「わかった。ちょっとだけな」
俺は優しく言った。
傍に改めて座ると、理代はぽつりぽつりと話を始めた。
「ずっと寝てるだけだとやることがないから、いろいろ考えちゃうんだ」
「たとえば?」
「みんなと思いっきり遊んだだけで熱を出しちゃうわたしは、やっぱりそういうのに向いてないのかなって……けほっ」
熱のせいか、思考がナーバスになっているようだ。
俺は少し考えて、言葉を返す。
「いきなりアクティブになったからな。最初の頃だけでいつの間にか慣れてくると思う」
「みんなと楽しく過ごすのは幸せなはずなのに、帰ってくると想像以上に疲れてて……ケホッ、いつの間にか寝落ちしちゃうこともあって」
「俺も疲れるよ。理代ほどじゃないかもしれないが」
「喋ってるときも、これでよかったのかなって後からぐるぐる考えたりして……」
「それくらい誰にだってあるさ」
「ちょっと熱で弱気になってるのかも」
「だな」
熱が出ているときは、考えまで暗くなりがちだ。
俺は過度に落ち込むことがないように、理代の憂いと向き合った。
「手、つないでいい?」
「いきなりどうした」
突拍子もないことを言われ、慌てふためく。
普段、手なんか繋ぐことがないから余計に。
「安心感がほしい」
「まあいいが……」
布団から出た理代の左手を、おそるおそる握る。
熱のこもった手は俺の手よりもずっと暖かかった。
理代の手なんて触る機会がないので、こんな感じなのか……と握った感触に、つい思考を巡らせてしまう。
指は細く、表面は滑らかで、俺の手よりやや小さい。
昔は同じくらいの大きさだったはずなのに、いつの間にかこんなにも差が生まれていたのだなと感じる。
「たーくんの手、冷たいね」
「平熱だからな。布団にもこもってないし」
「ひんやりしていて、心地いいなあ……」
心なしか、理代の表情は緩やかなものへ変化した気がする。
「少しだけ眠くなってきた……寝るまで握っててほしいな」
「わかった」
「ぜ、絶対だよ?」
理代は不安げに確証を得ようとしてくる。
「はいはい」
それから無言の時間が続き、数分で理代から微かな寝息が聞こえてきた。
手を握ったことで、心が落ち着いて、眠りやすくなったのだろう。
俺は起こさないようゆっくり手を離し「おやすみ、理代」と部屋を後にしたのだった。
【第二章完】
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ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
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次が最終章です。
大きな壁が立ちはだかる予定ですので、ぜひお楽しみください!
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