第15話 幼馴染と遊園地②

 ジェットコースターが傾き、一気に加速していく。

 身体の内部にふわりとした爽快感が広がる。


「うひょーー!」


 俺の隣では久須美が楽しそうにしていた。

 両手をあげ、いい笑顔を浮かべている。

 一方で背後からは、


「ぎゃあああああっ?!」

 

「理代ちゃん?!」


 理代の悲鳴が聞こえてきた。

 みんなの前だと普段は大人しい理代だが、ジェットコースターの恐怖を前にして、完全に取り乱しまくっていた。

 

 だが、今から降りることはできない。

 俺にできるのは、無事に乗りきれるよう祈ることだけだ。


 加速を続けたジェットコースターは次なる山を越え、再び急降下する。


「だ、大丈夫?」

 

「あ、だだだいじょぶでふぎゃああああ!?」


 声だけでもわかる。

 全然大丈夫じゃない。

 

 その後、速度がゆっくりになるまで、理代は悲鳴をあげ続けたのであった。

 

 * * *


「理代ちゃん、そこのベンチで休もっか」


「お、思ったより速度が出てびっくりしただけで、その、なんてことはないので……」


 ぐるぐると目を回しながらそんなことを言われても説得力がない。


「いいからいいからっ」


「こういう時は休んだ方がいいよ」


 久須美と椎川は遠慮する理代を押し留め、近くのベンチまで誘導していく。

 そして理代を挟み込むように座り、労わっていた。

 

「剣村、お前が今飲んでるそれは何だ?」


 俺は傍にいた剣村の手に見慣れないドリンクがあることに気付く。


「あー、これ? すぐそこに売っていたんだけど、この遊園地名物のトルネードドリンクだって。飲んだ人にしかわからない不思議な味がするという謳い文句に誘われて買ったんだ……一口飲むか?」


「いや、やめとく」


「遠慮するなって! 未知なる味を体験できるぞ」


「ますます飲みたくなくなったわ」


 俺は変な飲み物を勧めてくる剣村を頑なに拒むのだった。


 * * *

 

 みんなで小休憩を挟んだのち、次はお化け屋敷へ行くことになった。

 

 剣村が一人で先走ってしまったため、四人だけがこの場にいる。

 

 このお化け屋敷は一人、または二人で入ることが出来るそうだ。 

 グーとパーで別れた結果、俺と理代、久須美と椎川という組み合わせになった。

 

 俺と理代が先行で入ることに決まり、早速暗闇へ足を踏み入れる。

 

「余裕だね」


「ああ。余裕だな」


 真っ暗な視界の通路を二人でスタスタ歩いていく。

 今のところ仕掛けらしきものもなく、平穏だ。


「別にお化け屋敷なんて、驚かされるだけなんだし全然大丈夫だね。さっきのジェットコースターみたいにふわってなるわけでもないし。昔は怖かったかもしれないけど、今はもう怖くないや」


 二人きりなので理代は滑らかに話す。


「弁明がすごく長いがほんとに怖くないのか? 逆に怪しいぞ。ちなみに俺はもう子供じゃないから全然1ミリも怖くないが」 


「変にカッコつけて怖がったりしたら余計恥ずかしいけど?」


「そっちこそな。怖いの我慢してるなら、言うのは今のうちだぞ」


「怖くないのに何を言う必要があるのかな?」


「言ったな……?」


 その時だった。

 

「……ヒ…………ヒ……」


「「ッッッッ?!」」


 突然、俺でも理代でもない甲高い声がした。

 

 軽口を叩いていたのが嘘のように、互いに押し黙る。

 

 静寂の中、よく耳を澄ませると――

  

 コツン、コツンと遠くから何かが近付いてくる音が聞こえてきた。

 

「ちょ、ちょっと急ごっか。け、けけ決して怖いわけじゃないんだけど、後ろも控えてることだし」


「そそそれもそうだな。こ、怖いわけじゃないが」


 早歩きで俺たちは通路を進んでいく。

 幸い、順路は決まっているようで迷うこともない。

 

 驚かされたところで、別に死ぬわけじゃないしな。

 そう心を宥めていると――

 

「グォォォォ!!」


「「ぎゃああああッッ?!」」


 いつの間にか、何もなかったはずの壁に恐ろしい怪物がいて、大音声だいおんじょうで低い声を鳴らした。

 

 ぞわりと背筋が寒くなり、思わず足が竦む。


 大丈夫だ。

 ほんの少しびっくりしただけである。

 

 俺と理代は互いに目配せをし、同時に歩き出した。

 

 暗さに目が慣れてきたこともあり、先ほどよりも安定した足取りだ。


 いつの間にか会話はなくなり、無音が続く。


 ぴちょん……ぴちょん……。


「「ひああああああッッ?!」」


 いきなり、上から何かがポタポタ垂れてきた。


 見上げるがうまく判別はできない。


「さささっきから随分ビビってるが平気か?」


「そそそっちこそ大丈夫? 噛み噛みだけど」


「も、問題ない……。お、怪しい人形発見」


 ふと目を凝らすと、通路横に古風な人形が置かれていた。


 いかにも怪しい。

 

 後ろを向いており、長くて黒い髪が背中に伸びている。


「触ると何かあるとかかな?」


「その役目は譲るよ」


「たーくん触りたそうだし、どうぞー」


「理代が触りなって」


「いやいやたーくんが……」


「ヒッヒッヒッ」


 何の前触れもなく、人形がガバッと振り向いた。

 その人形は目から血を流し、口は歪んだように笑っていて――


「「うわああああッッッ?!」」


 大声でわめきながら、俺たちは全速力でゴールまで駆け抜けるのだった。


  

 


「早かったな」


 お化け屋敷から出てきた俺と理代を見て、先にクリアしていた剣村がなんてことのないように言った。

 

「ぜ、全然……怖くなかったなぁ……」


「そうだな……怖くないな……これっぽっちも」


 走ったせいで息が切れていた。

 膝に手を当て、必死で呼吸を整える。


「その割には二人とも顔が死にかけてるけどな」


「これは……ちょっと……走ったからな」


「なぜに?」


「なんとなく、走りたくなったんだ」


「(コクコク)」


「あるだろ? そういう時」


「(コクコク)」


 呆れたようなまなざしを俺たちへ向ける剣村。

 そして、一言告げた。


「……とりあえず二人とも休めって」

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