第14話 幼馴染と遊園地①

「たーくん、これでいいかな……?」


 遊園地へ行く前日の夜。

 理代が明日着ていく服装に悩んでいた。


 何着か服を持ってきて、俺の部屋で着替えて見せてくる。

 ちなみに着替えている間、俺は廊下に追い出されていた。


「別にどれでもいいと思うが……」


「よくないよ……。だって桃乃ちゃんと茜ちゃんは二大美女だよ! そんな二人がおしゃれしてくるんだもん。わたしが適当な服で行ったら浮いちゃうよ……」


 学校は制服で統一されている分、違いが出にくい。

 

 だが、私服となれば話が変わる。

 自由度が高い分、大きな差異が生まれる可能性が出てくる。

 

 けれど、俺はそこまで不安になる必要もないと思っていた。

 

 なぜなら、目立っていないだけで理代はなかなか優れた容姿をしているからだ。

 暗い印象を植え付ける前髪がそれを隠しているのがやや難点だが。


「ファッションセンスはないし、持ってる服は中学の時から着てるものばかり。もし子供っぽいって思われたら……うぐっ」


「そこまで子供っぽく見えないから大丈夫だろ」


「適当なシャツとジーパンで行こうとしてるたーくんの大丈夫が信用できない」


「……駄目なのか?」


 思考を読まれたような理代の言葉に、訝しげに返す。


「駄目ってわけじゃないけど、あの二人がいるとなると場違い感が……」


「……俺も少し気合い入れるか」


「え、勝負服持ってるの?」


 理代がきょとんとした表情を浮かべる。


「あるわけがない。ないからこそ、手持ちの服で最適解を探すんだ」


 俺はどんな服がいいか思案する。

 手持ちの服と言ってもそんなに数も多くないので、着替えも数回で済むだろう。


「もういっそ二人でダサいコーデしていこうよ。一人じゃなければ怖くないさー」


「……俺はちゃんとした服を着るからな?」


「速攻で裏切るなぁ……!」


 * * *


 そして当日。

 早朝から準備をし、電車で目的地へと向かっていく。

 

 理代とは少し時間をずらして、俺は早めに集合場所の駅前へやってきた。

 

 休みの日と言うこともあり、人が多い。

 邪魔にならないよう、もう少し端の方に寄ろうとする。


 視線を進行方向へ向けた時だった。

 

 椎川と目が合った。


「もう来てたんだな」


 俺は椎川の方へ足を動かす。


「ちょっと早く来すぎちゃって」


 眉を下げて優しく笑う椎川。

 

 彼女の服装は白のブラウスに、ふわりとした赤のロングスカート。

 加えて、灰色の薄い羽織物を上に着ていた。

 

 自分に合う服というものを完全に理解しているようで、彼女の魅力をより一層引き立てるようなコーデだ。


「服、似合ってるな」


「ほんと……? そう言ってくれると嬉しいな」


 花が咲いたように笑う椎川。

 彼女の笑顔は見る人を幸せにするなと思うほど華やかな表情であった。

 

「おまたせー!」


 小走りしながらやってきた久須美が、椎川の隣に並ぶ。


 久須美の服装は黄色のカットソーにショートパンツ。そこから伸びる白い足が眩しい。

 彼女の陽気な雰囲気によく似合っている服だと思った。


「久須美さんも似合ってるな」


「でしょ? コーディネートには時間かけてきたから完璧よ」


 えへんと、自慢げに胸をそらす。


「お、おまたせ……」


 そこへ、周囲の雑音にかき消されそうなほど小さな声で、理代がやってきた。

 

 淡い色のシャツに薄手のカーディガン。下は動きやすそうなデニムだ。

 迷った末にシンプルな装いにしたようだ。

  

「おはよう、理代ちゃん」

 

「お、おはよう……」

 

「可愛いじゃん、理代チャン!」

 

「そ、そうかな……? 桃乃ちゃんと茜ちゃんのほうが可愛くて似合ってると……」

 

「ずいぶん自信ないねえ。幸田クン、理代チャン似合ってるよね?」

 

「え、ああ。いいと思う」

 

「……っ!」


 俺がそう言うと、理代と一瞬目が合った。

 しかしすぐに逸らされてしまう。

 

 今のは何だったのだろう……。

 真意を確かめようとするが、髪に覆われ表情が隠れてしまっている。


「今度三人で洋服買いに行ってみる? 理代ちゃんが満足するような服を見繕ってあげるよ」

 

「あ、ぜひ……」


「着せ替え人形にしちゃおーっと」


「へ……?」


 困惑気味の理代。

 おしゃれ女子二人にコーディネートを任せると、着替える側も大変そうだ。


「遅くなった!」

 

 集合時刻ピッタリに剣村が大声でやってくる。

 肩で息をしており、急いで来たことが窺えた。


「みんな揃ったね! よっし、行こっか」

 

 そうして、俺たちは駅前のバスに乗り、遊園地を目指した。


 * * *

 

 バスに揺られること数分。 

 遊園地の入り口に到着し、料金を支払ってそれぞれ入園する。


「まずは記念に一枚撮ろっか!」


 入り口から少し歩いたところにある大きな噴水の前まできたところだった。

 久須美が意気揚々と言い、スマホのカメラを起動する。

 

「あ、すみませーん」と近くを通りかかった人に声をかけて、撮影のお願いをする。


「あわわ……」


 撮影ということで一人密かに萎縮している理代の肩をポンと優しく叩く。

 俺を一瞥して安心感が生まれたのか、落ち着きを取り戻したように見えた。


 前側に女子、後ろ側に男子が並び「ハイチーズ」と写真を撮る。


 撮ってくれた方にお礼を言い、スマホを持った久須美の元へ集まる。


 青春を感じられる一枚となっていた。

 

 きっと数か月後や数年後に見返したとき、今日この日のことを思い出すのだろう。


 若干理代の表情が硬いが、まあ及第点か。


 写真は後でグループチャットの方に送ってくれるそうだ。


 記念撮影も済んだので、どのアトラクションに乗るか話し合いが始まる。


「まずはジェットコースターだろう」


「お化け屋敷でいいんじゃない?」


「俺もジェットコースターに乗りたいな」


「じゃあジェットコースターにしよっか」


「理代チャン、ジェットコースターいける?」


 理代を気遣ってか、久須美がそう尋ねる。


「だだ大丈夫です」


「そう? 無理そうだったら我慢しないで気軽に言ってね」


 久須美はそう言い、ジェットコースターの方面へ歩いていく。




「理代ってジェットコースター乗れたっけ?」


 列に並んでいる時、小さな声でそれとなく質問する。


「乗れない……かも」


 理代は小声で震えるように言った。


「なんで言わなかった……」


 遊園地の話題が出た日に、お化け屋敷がどうのこうのと言っていたが、ジェットコースターの方を話し合うべきだったかもしれない。


「……前回乗ったのが小さい頃だったから……今なら乗れるようになってるかもと思って」

 

 その言葉に、おぼろげな記憶が蘇ってくる。

 ジェットコースターが怖くて大泣きしていたような。


「それに、ちょっとずつでいいから……挑戦していきたいなって」


 挑戦、か。

 最近の理代は前に進もうと頑張っている。


 怖い気持ちもあるだろうが、あまり向上心を削ぐようなことは言うべきではないかもしれない。


「……そこまで言うなら、引き留めるのはやめておく。けど直前でやっぱ無理そうなら言ってくれ」


「うん。ありがと、たーくん」


 理代は嬉しそうに微笑むのだった。

 



 あまり混んでいなかったため乗る番が意外と早く回ってきた。

 俺は久須美と、理代は椎川と乗ることになった。剣村は一人で一番前へ乗るようだ。


 安全バーを下ろし、行ってらっしゃいませというアナウンスが流れた。

 

 ゆっくりと乗り物が動き出す。


「ひいぃ」


 後ろに座る理代の悲鳴が聞こえてきた。

 まだ登っている最中なのだが。


「理代ちゃん、大丈夫……?」


 椎川が理代を気遣い声をかける。


「な、なんでもないです。ちょっと久しぶりで、動揺してしまって……」


「それならいいんだけど……」


「ジェットコースターなんて、乗るの数年ぶりで……、この登っている時の、そわそわ感があああああああ!?」


 理代がすべて言い終わる前に落下が始まり、後半は悲鳴に塗りつぶされたのだった。

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