第9話 幼馴染と夜食
理代『おなかすいた……』
夜十時頃のこと。
課題をやっていたら、理代からそんなメッセージが届いた。
甘いジュースを飲んだから夕飯を減らしたらしいが、そのせいでお腹が空いてしまったそうな。
俺も今日は編集作業やら宿題やらに脳を酷使したためか、小腹が空いている。
多久『夜食でも食うか?』
理代『何かあるの!?』
多久『いやなんもないけど』
理代『ないんかーい!』
多久『一緒にコンビニ行くか』
理代『オー!』(白くまが腕を掲げるスタンプ)
春とはいえ、夜は少し肌寒い。
財布を持ち、薄い上着を羽織って、玄関を出た。
外は真っ暗だった。
虫のさえずりが遠くから聞こえ、ぽつぽつとした街灯の微かな明かりだけが、闇夜を照らしている。
空を見上げると、小さな星たちが瞬いている。雲が少なく、澄んだ空模様だ。
隣の家の前まで行くと、ちょうど理代が出てくるところだった。
ゆったりとしたルームウェアに、薄めのジャンパーをまとっている。
風呂から上がったばかりなのか、甘い石鹸の香りが鼻腔をくすぐった。
「財布は持ったか?」
「ばっちりです!」
コンビニまでは歩いて五分ほどだ。
静けさに満ちた住宅街を理代と二人で歩く。
「こんな時間に外に出るのって、なんかいいよね」
「わかる。特別感あるよな」
昼間とは様変わりした景色に、どこか高揚感を覚える。
まるで、世界には俺たちしかいないんじゃないかと不思議な気持ちを抱く。
小さい頃は、夜が怖かった。
幽霊が出るんじゃないかと怯えて、夜中トイレへ行くことを我慢したこともある。
そういえば理代も暗闇が怖いとビビっていたな。
理代の親が不在で、俺の家に泊まりに来たときに、極力明るくして寝るよう懇願された記憶がある。
小学校にあがる前だっただろうか。
とても懐かしい。
住宅街を抜けると、車のライトや店の明かりが目立つようになった。
歩道を通ってコンビニへ入る、理代はカップ麺のコーナーを物色し始める。
「もっと軽いものにしといたほうが……」
「これくらいお腹が空いてまして」
俺も自分の分を選ぶか……と、パンコーナーに寄り、ピザパンを掴む。
人に注意をしておきながら、いざ自分が選ぼうとすると、カロリーが高そうなものに手が伸びてしまった。
ピザパンがいつにも増して輝いて見えたのだ。ごくりと思わず喉が鳴るほどに。
レジで会計をして、先に外へ出る。
少し待つと、理代も店から出てきた。
「デザートも買っちゃったぜ!」
袋を掲げながらそんなことを言う。
夜食ってもっと軽く食べるものなんじゃないか?
豪華にデザートまでつけていいのか……?
「……太るぞ?」
「一日くらい平気平気!」
後悔しそうだと思いながら、理代と来た道をたどっていく。
買ったものは、俺の部屋で一緒に食べる流れになった。
部屋の真ん中に置かれた丸テーブルに夜食を並べていく。
俺はピザパン一つだが、理代の方はとんこつラーメンとメロンのカップアイス。この時間帯に食べるには危険な香りしかしない。
ピザパンはレンジで加熱して、ラーメンの方は電気ケトルで湯を沸かして注いだ。
「いただきます!」
三分待ってから、理代は割り箸をパキッと割って麺を啜っていく。
咀嚼していると、その表情がパァァァっと幸せそうなものへ変わっていく。
「昼間食べるよりもおいしい〜! 夜食ってなんでこんなに悪魔的な味なんだろうね」
「なんでだろうなあ……」
俺もピザパンをかじる。
モチモチしたパンに、ピザソースと具材とチーズが絡み合い、極上の味が生まれる。
……うまい。うますぎる。
ピザパンは元からうまいが、ここまでうまかっただろうか?
夜食効果恐るべし……。
「結局、今日の放課後はどうだったんだ?」
LILIでも少し聞いてはいたが、詳しくは知らないのだ。何があったのだろう。
「すっごく楽しかった! 二人ともわたしと仲良くしてくれて、一緒にガチャも回したし……あ、あと連絡先も交換したんだ!」
普段よりもトーン高めで饒舌な理代。
言葉からも、表情からも、今日の出来事がいかに楽しいものであったのかが伝わってきた。
「それとね、財布を失くした時はすぐ行動してくれたの。あたふたしちゃってたから、すごく助かったんだ。二人には感謝してもしきれないくらいだよ!」
「そりゃよかった」
「ちゃんと友達にもなれたんだ……えへへ」
理代は嬉しそうに笑みを浮かべる。
危惧していた友達問題は、無事解決したようだ。
なんだか、肩の荷が下りた気分だ。
中学で不登校になった時は、本当にまた学校生活を送れるようになるのか、送れたとしてもそれが理代にとって楽しいものになるのか、ひたすら苦悩した。
一度殻に閉じこもってしまうと、それを破るのは難しい。
けれど、久須美と椎川のおかげで、理代は前に進めた。
きっと楽しい学校生活を送れるはずだ。
そうして和やかな空気の中、俺と理代は夜食を楽しんだのだった。
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