第8話 幼馴染は頑張る

〈理代視点〉

 

 夕方の電車内にはそこそこ人がいて、席は全部埋まっていた。

 つり革を掴み、発車のアナウンスを聞き届ける。

  

 目の前には久須美さんと椎川さん。

 どちらも明るくて可愛くて、わたしとは比べものにならないくらい際立ってる。

 これ、お邪魔じゃないかな……。

 

「橘さん、くましおのキーホルダーってどんなもの? 見せて欲しいな!」


 椎川さんがわたしにそう訊いてきた。

 美人で、清楚で、頭が良くて、運動もできて、学級委員もやっているすごい人。

 そんな完璧すぎる椎川さんを前に、わたしは少し卑屈になりかける。

  

「えっと……これ、です」


 心の支えとして持ち歩いている、くましおのキーホルダーを鞄の中から取り出してみせる。

 

 わたしにとって学校は怖いところで、つらいところ。

 でも、大好きなくましおのキーホルダーを持っていくことで、少し心が軽くなる。ちょっと子供っぽいけれど。


「すごく可愛いね!」


「そ、そうかな……えへ」


「アタシも可愛いキーホルダー持ってるよー。ジャーン!」


 久須美さんが見せてきたのは赤いギターのキーホルダー。すごくおしゃれな感じがする。

 

「趣味でギター弾いてるんだけど、そのギターそっくりのキーホルダーなんだよ」


「へぇ……!」


 久須美さんギター弾けるんだ!

 かっこいいなぁ……。

 

 あ、こういう場合は今度聞かせてほしいなって言うべきだったかな。

  

「そろそろ着くね」


「ガチャのあとはカフェとか行っちゃう?」


「いいかも!」


 悩んでるうちに話題が変わっちゃった。

 今からじゃ遅いかな? 遅いよね。

 会話って難しいなあ……。


  

 いつもと違う駅で降りると、新しい土地に来たみたいな、新鮮な感じがした。


 学校の最寄駅から数駅先にあるショッピングモール。

 その二階部分には、ガチャがたくさん設置されたスペースがあった。

 

 普段あまり外に出ないわたしは、こんなにいっぱいガチャが置かれているところがあるんだ、とすごく驚いた。


 久須美さんと椎川さん、二人と一緒にいろんなガチャを見て回っていく。


 アニメのキャラクターだったり、お人形さんだったり、ミニチュアだったり、どれも可愛くて目移りしてしまう。 


 ぐるぐるしていたら、くましおのガチャを見つけた。

 見たことないから、新しく出たものかな。

 

 お金を入れてくるっと回すと、カプセルが出てきた。

 開けるのに手こずっていたら久須美さんが「ほいっ」と開けてくれた。

 

「あ、あ、ありがとう……!」とお礼を言って、中身を確認すると、王冠を被ったくましおが出てきた。凛々しくてかっこいい。

 

 ラインナップのどれとも違うから、もしかしてシークレットかな……?

 

 二人にそのことを話すと褒めてくれた。

 すごく、嬉しかった。

 たーくんにも報告しよう。

 


 そのあとは、可愛らしいビーズアクセサリーのガチャをみんなで引くことになった。

 

 全員違う色のビーズが出た。

 三色のビーズを並べるとカラフルで綺麗。

  

 色は違うけれど、おそろいだ。

 おそろいっていい響きだなあ。

 つい頬が緩んでしまいそう。 

 

 

 ガチャを堪能したあとはモール内にあるカフェに寄った。

 

 ドリンクがラーメンくらいの値段でびっくりしたけど、とっても美味しそう。

 

 悩んだ末に、イチゴ味のシェイクにしてみた。名前は長すぎてよくわからなかったけれど。


 時間をかけすぎちゃったので、二人がいるテーブルに早足で向かって座った。

 

 ドリンクと向き合うとストローが太いことに気づいた。

 吸うと滑らかな甘みが口の中いっぱいに広がる。

 

 お、おいしい……!


 たーくんに送ろっと。

 軽く写真を撮って……送信!

 

「そーいえば橘チャンと連絡先交換してないじゃん! しよしよ」


「ど、どうやってやるんでしたっけ?」


 友達がいなさすぎて友達追加の方法を忘れてしまい、あたふたする。


「その右上の、それ押して、次ここポチッとして」


 久須美さんがちゃんと教えてくれた。

 なにやらコードが画面上に出てきた。 


「読み取るね」


 コードを二人が読み取る。

 少しして、チャットが送られてきた。


茜『よろしくね!』


桃乃『ヨロシク!』

 

 無事、友達追加できたみたい。 

 わたしもくましおのスタンプを送り返した。

 

「そーだ。呼び方ずっと橘チャンじゃあれだし、理代チャンって呼ぶね」


「理代ちゃんも私たちのこと下の名前で読んで欲しいな」


「……桃乃ちゃん。……茜ちゃん、こ、これでいい……かな?」


「もうアタシら友達じゃん!」


「改めてこれからもよろしくね」 


 わたしに、と、友達……!?

 

 こ、こんないい人たちがわたしと友達になってくれるなんて……。

 

 わたしは心の内で深く感謝するのだった。

 

 友達ができたということに動揺して落ち着かないので、荷物を整理することに。

 さっきガチャしたものを適当にバッグにしまったので、整頓しておこっと。

 

 バッグを開いてガサゴソとしていると、あることに気づいた。


 …………ない。


 探しても探しても、あれがない。


 スマホを開いて、たーくんにメッセージを送る。 


理代『たーくん、どうしよう!』

 

多久『何かあったのか?』

 

理代『財布が、ないの』


多久『ドリンクを買った時点ではあったんだよな?』

  『とりあえず二人に話すんだ』


理代『うん』 


 パニックになってたけど、ついさっきまであったことに言われて気づいた。

 まだすぐ近くにある可能性が高い。

 

「あ、あの、桃乃ちゃん、茜ちゃん……さ、財布が、なくなっちゃって」


「サイフ!?」

 

「今すぐ探さなきゃ! どんなお財布なの?」

  

「あ、えっと……水色の、折りたたみ式の財布で……」 


「理代チャンはバッグの中身をもう一度探してみて。アタシは周囲に落ちてないか見てくる」

  

「私は店員さんに訊いてくるね!」

 

 二人とも行動が早かった。 

 茜ちゃんはすぐに店の人に話しかけに行ってくれた。

 

 わたしはもう一度バッグの中を探す。

 今度はテーブルの上に中身を出して確認するけれど、やっぱりない。

 

 そこへ、茜ちゃんが戻ってきた。

 その手には水色の財布があった。


「レジに置きっぱなしになってたみたい」

 

「あ、ありがとう……!」


 よかった……。

 レジに置きっぱなしにしちゃってたんだ、わたし。

 

 店員さんと上手く話せる自信もなかったから、茜ちゃんのおかげですごく助かった。


 財布を受け取って、たーくんに連絡を入れる。


理代『財布あった!』

  『レジに置きっぱなしになってたみたい』


多久『無事でよかったな』 

  『貴重品はちゃんと気をつけな』


理代『了解です』(くましおの敬礼スタンプ)


「やー、無事でよかったねー。ヒヤッとしたよ」

 

「も、桃乃ちゃんも、探すの手伝ってくれて……ありがとう!」


「どーいたしましてー」

 

 二人の優しさにすごく救われた。

 

 本当にありがとう……!

 

 

 ドリンクを飲み終わり、解散する流れとなった。

 財布騒動はあったものの、楽しい時間だった。  

  

 別れるのが少し寂しく感じる。


「またね」と手を振ってわたしは二人と別の電車に乗り込んだ。


 賑やかだった空気が、静かなものへと変わる。でもまだ心はワクワクしていた。

 

 友達……か。

 

 流れていく車窓の風景が、いつもと違って見えた。

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