第7話 幼馴染のいない放課後

 家に帰ってきて、自室のドアを開ける。

 荷物を適当なところに下ろして、足を伸ばして床に座った。


 まったりとくつろぎながら、スマホをつける。


理代『くましおの新しいガチャが出てたの!』

  『一回だけ回したら、なんとシークレット!』


 そんな理代からのメッセージと共に写真が送られてきていた。

 王冠を被った白いくまのキーホルダーが、手のひらに載せられている。


多久『一発で当てるなんてすごいな!』


理代『久須美さんと椎川さんもびっくりしてた』

  『今日ついてるのかも!』

  『他にもいろーんなガチャがあってね、すごいんだよ!』

  『気づいたらお金なくなってそう』


 ちゃんと楽しんでいるようだ。

 いらぬ心配だったかもしれない。


多久『ほどほどにな』


理代『了解です』(白いくまの敬礼スタンプ)

 

 会話が終わり、スマホを待つ手を下ろす。

 

 

 窓からオレンジ色の光が差し込む。

 物音のない、静かな室内。

 

 理代と一緒にいても静かな時間はあるのに、なぜか寂しく感じてしまう。

 妙に落ち着かない。


 俺は椅子に座って、パソコンを起動することにした。

 ウィーンと音を立てて、画面に色がつく。

 

 何か余計なことを考えてしまう時、俺は作業に没頭するようにしている。

 手を動かして黙々と何かをしていると、時間があっという間に過ぎていくからだ。

 それに、集中している時は結構楽しかったりする。


 動画編集ソフトをクリックして、編集途中のものを展開する。

 作っているのは、少し前に流行ったとあるホラーゲームの実況動画だ。

 俺は基本的に好きなゲームの実況か面白かった漫画やアニメを紹介する動画を作成している。

 このホラーゲームは流行っているからプレイしてみたものだが、意外と面白かった。

 

 撮影はすでに終えている。

 現在は文字やBGM、合成音声をつけたり、見やすくするために削ぎ落とす作業をしているところ。

 

 編集を加えた部分を何度も見て、気になった部分に手を加える。

 少しでもいいものを作ろうと細部までこだわるのが俺の性だ。

 

 カチカチとマウスを動かして、作業を進めていく。


 俺がこうした動画作りに興味を持ったのは、中学生の頃だった。

 同じ年代なのに動画投稿している人を見てすごくワクワクして、俺にも作れるんじゃないか、もしかしたら再生数がすごく伸びたりするんじゃ……と夢見たことが始まりだった。


 衝動を胸に抱いた俺は、勉強をもっと頑張るからと言って、親にパソコンを買ってもらった。

 

 簡単なフリーゲームを遊んで、いろんな動画やブログを見ながら必死で編集を学んだ。

 

 操作方法を探りながら、見よう見まねでコツコツと作っていき……。

 数日間にわたって、何十時間も費やして、ようやく一本の動画を作り上げた。

 

 半端ないくらいの達成感に、動悸が止まらなかった。

 そして、指を震わせながら投稿した。

 

 けど、現実はそう甘くなかった……。

 

 再生数は一週間で70回ほど。

 コメントはゼロ。評価もゼロ。


 悔しかった。

 あんなに頑張って作ったのに、こんな悲惨な結果で。


 でも、動画を作るのにかつてないほどの集中力を発揮して夢中になるというあの感覚を、また味わいたいとも思った。

 

 俺は次の動画作りに取り掛かった。

 二回目だから、最初よりもスムーズに取り組むことが出来た。

 初回の改善点を見直し、よりよいクオリティのものへと仕上げた。

 

 無我夢中になれて楽しかった。

 すごくいい動画が完成したと思った。

 

 投稿する前に、理代に見てもらった。

 もしかしたら俺じゃ気づけない部分があるんじゃないかと思ったからだ。

 

 あの頃の理代はまだ不登校になる前で元気だった。「すごいよ、たーくん!」とキラキラした目で俺を見て、言った。心の底から感動しているんだと伝わってきた。

 背中を押された俺は二本目となるその動画をすぐにアップした。


 再生数は60回ほどだった。

 何故か前回よりも少なくなった。


 どうして。

 前よりも確実に上達したのに。

 

 理代は、俺に「再生回数だけがすべてじゃないよ」と言った。


 創作というのは、何のためにあるのだろうか。

 自分が創りたいからなのか。

 それとも誰かに見てほしいからなのか。

 

 きっと両方なのだろう。


 けれど、自分が創りたいという気持ちを忘れてはいけない。

 それを失えば、創作はただ承認欲求を満たすだけの道具となるから。


 再生数はどうしたって目に入ってしまう。

 気にしないなんて無理だ。

 

 でも考え方を変えることはできる。

 たとえば、60や70というのは二クラス分くらいの人たちに見てもらえたということだ。

 そう考えるとすごいんじゃないか、と思えるようになってきた。


 俺は時に落ち込みながらも、動画を作り続けた。

 つらいけれど、楽しかった。

 

 それに、理代は俺の動画を必ず見て感想を伝えてくれたのが、心の支えになった。



 あれからしばらく経ち、今では登録者数や再生回数も最初の頃よりは増えた。

 コメントだってしてくれる人が何人もいる。

 特に、毎動画コメントしてくれるTariさんには本当に救われている。

 

 俺が作った動画を遠くの誰かが見てくれている。

 そう思うだけで、心が揺れ動く。

 不思議な気持ちだった。


「ん……?」


 スマホが通知を知らせる。

 アプリを起動すると、理代からメッセージが届いていた。

 

理代『この飲み物、陽すぎない!?』

  『なんとかうんたらシェイクって飲み物なんだけど』


 おそらくカフェにでもいるのだろう。

 送られてきたのは、ピンク色でクリーム状の飲み物の写真。とても甘そうだ。

 

 陽すぎるってなんだよとか、シェイクの情報量なさすぎるとか、ツッコミたくなったが置いておく。


多久『美味しいか?』


理代『めっちゃ陽って味がする!』


 食レポ下手か……。

 

多久『俺と会話してないで、二人と会話してきなよ』


理代『は、はい!』


 まあ理代の方は大丈夫だろう。

 そう思った直後だった。

 

理代『たーくん、どうしよう!』


 そんなLILIが飛んできたのは。

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