第4話

男にしろ女にしろ、もうここまで来たらそれは自分の手の中にあるのも同然だと思う時がある。だけどそれは本当に手に入れるまで分からない事なのだ。





※       ※       ※





俺は彼女の背中に手を回し引き寄せて、俺の胸の中にいる姫に名を問うた。


「わたくしは・・・」と姫はたどたどしく少し決意を持ったような言い方で声を出した。





その時体が大きく揺れた。





ガタン。





意識が自分の肉体に戻ってくる。





電車が揺れて、これを俗に「夢から覚めた」と言うのだろう。





今か!


今なのか!?





冗談じゃない。俺は絶対に目を開けない。


開けてたまるか。


そしてこのまま、絶対に「常闇の館」に戻るんだ。





その時、再びキーンと言う耳鳴りがした。





その耳鳴りに思わず目を開けてしまった俺は、また影が薄くなり時間が止まったかのような車内の人影の群れを見た。


皆同じポーズをしている。


視界から30センチの小さな窓から世界を眺めている人々。


常闇の館に行った時と同じ光景だ。


俺は「やった」と思った。





みんなは小さな窓から大きな世界を眺めていろ。


俺は俺の脳が見せる小さな世界に旅に出る。





だけれど、ホームに降り立ってみるとそこはまばゆいほどの光が溢れた世界だった。


いつだって元の所に戻るなんて事は至難の業なんだ。


あの日に帰りたい。あの日の自分を取り戻したい。来た道を戻っていく事は許されない事なのだろうか。





※      ※     ※


ホームに降り立った俺は、まばゆいほどの光に戸惑った。


ホームには「ヒカリの国」と書かれていた。


分かり易すぎる。


この国も静かで音が無い・・・・。


いや、静かで音が無いような気がしたが、低音で何かがずっとざわめいているような気がした。


俺はじぃいっと耳を澄ます。





その時


「ヌシ殿。」と、突然背後で声がして、思わず俺は飛び上がってしまった。


「驚かせてしまったようだな。すまぬことを。」


そう言ったのは、赤毛の女だった。


「しかし、われらも待ちくたびれました。」


そう言ったのは銀髪の女。





「待っていた ? 俺を? 」


「そうです。私どもはあなた様を守るためにあなた様の旅のお供をするものでございます。」と銀髪の女。


「俺の旅 ? 君たちが俺を守る ?」


「はいはいはいはい。そうですよ。面倒な説明は面倒なんだよ。なんでもいいじゃん。ヌシ殿がおぎゃあって言うのを待ちくたびれていたんだから、さっさと出発しようぜ。」


わけの分からない比喩をする乱暴な言葉の赤毛の女は気が短いらしい。


そう言って先を歩きだした女は、ふと立ち止まり振り返り


「心が震え身が解けるようなそんな想いをさせて、あ・げ・る。」


片目をつむりながら、そう言った。





俺の本質はどうも「スケベ」と言う3文字で成り立っているらしい。


なんだか面白くなってきた。


さっきまで俺はどこかに行きたかったと思うのだけれど、はてさてどこに行きたかったのか。


だけれど、これは夢なのだから、夢の中の記憶が不確かなのは仕方がない事なのだと思う。





「ねえねえ、君たちの名前はなんていうの。」


赤毛の女は、嫌そうな顔をして言った。


「そんなの知りたいのかよ。名前なんか簡単に教えるものじゃないだろう。」


「えっ、だって、なんか不便じゃん。」


「じゃ、アカでいいよ。」


「それでは私は…そうですね。ギンとでも。」


「まんま・・・」


「なんですか、それは。」


「えっ、いや、あ、あの俺は・・・」


「いいです。おっしゃられなくても。ここではあなた様の名前など一番意味のない事ですから。」とギンは言った。


名前に意味がないと言われて唖然としたが、駅から外に出てみると、そこには果てしない砂漠が広がっていた。

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