第2話 

漆黒の黒髪の女は、少女のような容姿。



※      ※       ※


ふと気が付くと俺は庭に面した手前の広い部屋で仰々しく正座などをして座っていた。


そこへその黒髪の女が目の前に運んできたのは、見るからにみずみずしい桃の実だった。


「姫・・・」と、俺は思わずその女に呼びかけた。


すると彼女は、そう呼びかけられることに慣れているかのように


「はい」と澄んだ声で応えたのだった。





「姫、ここは何処なのですか。」


「ここは『常闇の館』でございます。」


完全なる予想通りの答えだった。


俺は何気なく立ち上がり、開け放された廊下から庭とそこから続く風景を見つめた。


ハラハラと闇の中に舞う雪のような花びら・・・・・


白くはかなくどこまでが道なのか分からない果てまでも舞い続けている。


姫もすっと立ち上がり俺の傍らに来た時に思わず


「美しい・・・」と俺は言ってしまった。


すると姫は


「えっ、いいえ。」と言って一瞬うつむくと、すぐに何かに気が付いたように恥ずかしそうに


「あっ、はい。とても。」と言い直し、また席に戻ってしまった。


なんというバッドタイミングだったんだ。

彼女に誤解させてしまったのだ。



姫の顔は心なしか赤く染まっているような気がした。


なんとバツの悪い事か。


庭の風景も美しいが、この姫はこの庭の風景にも劣らない美しさだと言うことは間違いのないことだったのに。





闇色の髪と花のように白い顔。


うつむく彼女に、何か言葉を掛けたかったがどうしていいのか分からずに、胸がきゅっと言う音を立てた。



姫は小さな鈴のような声で言った。


「どうぞこちらに来て、この桃をお食べください。」


それで俺はその用意された席についてその桃を手に取った。





甘い香りがするが、手に取ると、その桃はまだ固い。


噛んだらカリリと音がするに違いない。


それでも姫の瞳に促されるまま、その桃を皮のまま齧ってみた。


それは思ったよりも柔らかくて、果汁がほとばしり口の端を汚した。


自慢じゃないが、俺はハンカチなどを持って歩くようなそんな繊細な男ではないんだ。


口の端を親指の甲で拭いても、その指をどこに持っていっていいのかと、一瞬思いあぐねてしまった。舌を出して舐めると言う選択もあるが、いくらなんでもこのような妙齢な女性の前で出来る仕草ではないだろう。


が、この姫はどうやって移動するのかと思う速さで、気が付くと俺の横にいて、懐紙で俺の口の端を拭くではないか。姫の顔が近い。


はっとして少し顔を離し、姫の顔を見ると、どう見ても少女のような顔のその瞳の奥はまさに女。





人のものを考える速さは、矢を大地に落とす速さよりも速い。だけどその速さに時には戸惑う事もあるだろう。


薄く微笑む姫の目を見た時に、俺の妄想は突っ走る。





ー 姫の赤い唇が細く開くと、ピンクの舌がそっと俺の唇に近づいてくる。彼女の柔らかい舌が俺の唇に触れた時、俺はむきを変えて彼女を引き寄せる・・・・・・





はっと気が付くと、姫の唇が細く開く・・・・。


吃驚もしたが、俺は情けない。かなりドキドキして体を後ろに引いてしまった。


すると姫は言った。


「わたくしは、あなた様の夢でございますから。」


「えっ」


俺は確かに声を出した。


そうだ。これは夢。だけれどこの現実感は何だろう。


夢であっても己の心のままに、いや本能の赴くままには行動は出来ない。意外と人間ってそんなものなんじゃないのかな。





俺は立ち上がってまた廊下から庭からの風景を見た。


「姫、良かったらこちらに来て一緒にこの風景を見てくれませんか。」と俺は言った。

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