白い世界

 物心がついた頃、僕にはすでに両親がいなくって、厳しいけれどとても優しい義母の大きな家に住んでいた。

 周りには僕と同じような子供たちが沢山いた。

 同じような僕らはとても仲が良くて、一つの部屋に何人も一緒に寝ていたりした。


 あるまだ朝近い暗い時間に、僕たちは義母にたたき起こされた。

「さっさとおし! 夜が明けちまうよ!」

 大きなトラックの荷台に、僕らは押し込められた。

「何処に行くの?! ねえ! 義母さん!」

 僕たちは一生懸命叫んだけど、義母も義父も、知らん顔。

 トラックの荷台が満員になると、

「さ、出発するよ!」

 ガタガタ揺れながら、僕らを乗せたトラックは動き出す。

 不安な僕らはうずくまり、肩を寄せ合った。泣いている子もいた。

 僕ら、どうなるのかな……。

 もう悪戯しません、いい子になるよ。

「いい子に育つのよ」が義母の口癖だった。

 いい子になるよ、いい子になるよ。

 悲しくて悲しくて、僕はしくしく泣いた。


 泣き疲れて眠ったらしく、目が覚めるとトラックは目的地に着いたようで止まっていた。

 何人かずつトラックから降ろされ、何処かへ連れて行かれる。

 僕が一番最後に降りると、義母は荷台の扉を閉めて、

「いい値段で売れておくれよ」

 と、まがまがしい笑顔でそう言った。

 あぁ、僕らはやはり売られちゃうんだ。


 僕らは見世物小屋のような場所に何人かずつ箱に入れられて並べられた。

 気付けば太陽は昇っていて、辺りはとても明るかったけれど、箱の中の僕らは暗かった。

 みんな口々に自分達の悪戯やいけない行いを告白しては、泣いて反省した。

 けれど、義母は

「いらっしゃい、いらっしゃい! いい子が揃ってるよ!」

 なんだか楽しそうにそう叫んでいた。

 太陽が高く登っていくにつれ、一人、また一人、買われていった。

 僕はいつまでも買われなくて、小屋の隅っこでうずくまっていた。

「やれやれ、見た目が悪い奴らばかり売れ残る」

 義母の苦々しい台詞が小さく降ってくる。

 僕は大声をあげて泣き出したかった。けれど、本当に悲しい時に、涙なんて出ないんだ。

 その時だった。

「その子、いただけるかしら?」

 優しい声が僕を指差した。

 そちらを見ると、柔らかい笑顔の女の人が立っていた。

「毎度!」

 義母が喜々としてお金と引き換えに僕を引き渡した。

 女の人は僕を優しく見下ろして、

「さぁ、帰りましょ」

 とにっこり笑った。


 女の人の家に着くと、僕は知らない子達と同じ部屋に入れられた。

 見たことはあるような。あ、あの見世物小屋があった場所にいた子達だ。

「こ、こんにちわ」

 初めて会う子達だから怖かったけど、思い切って話し掛けてみた。

「やぁ」

 素っ気なく返された。か、会話を続けなきゃ!

「君達は何処から来たの?」

「ずっと北の方。あんたは?」

「僕も北の方……。お、同じだね!」

 うぅ、知らない子とどうやって会話を続けたらいいんだ!

「……ねぇ、君は怖くないの?」

「何が?」

「こ、これからどうなるのか、怖くないの?」

「なんだ、お前、何も知らないのか。俺らは食われる為に買われてきたんだよ」

「なんですって!」

 食べられちゃう?! あんな優しそうな人に?!

「そんな……」

「何言ってんの、それが俺達の役目じゃないか。美味しく食べられる為に生まれてきたんだぜ?」

「……そうなの?」

「そうだよ! 俺達はまだラッキーだぜ? 料理上手で最後まで残さず食べてくれそうな人に買われたんだから!

 今じゃ最後まできっちり食べてくれる人、少ないんだ。美味しく料理されても、『マズイ』とか『もういらないー』とか言って食べてもらえないんだ。

 せっかく生まれてきたのにさ!」

 あぁ、そうか、そうなんだ。僕らは食べられる為に生まれて来たんだね。

「あんな優しそうな人に食べられるなら、悪くないや」

「俺らはあの人を笑顔にするために生まれてきたんだよ」

 紅い顔の彼がにっこり笑う。


 僕らは仲良く刻まれて、鍋の中で溶け合った。

 白濁の世界が意識を覆う。

 遠くで小さく楽しそうな声が聞こえる。


(おかあさん、きょうのおゆうはんなぁに?)

(きょうはあなたのだぁいすきなシチューよ)

(やったぁ!)


 嬉しそうな声。

 僕もとても嬉しいよ。

 僕はきっと美味しいから、楽しみに待っていて。


 どうかあの人がもっともっと笑顔になりますように……。

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