第5話  忍び寄る足音


 今日は俊介にとって、とても大切な日だった。


 俊介の彼女である、神崎かんざきすみれ。

 彼女の誕生日パーティーが都内の某ホテルの会場で行われる。


 すみれは生粋きっすいのお嬢様。

 日本で数本の指に入る資産家の娘だ。

 一人娘ということもあり、両親はすみれを目に入れても痛くないほど溺愛できあいしていた。


 そんな彼女と知り合えたのは、同じ政界にいる親友、新藤しんどう悠斗ゆうとのおかげだった。


 彼の紹介で出会い、俊介の猛アプローチと悠斗からの後押しもあり、なんとか付き合うことに成功。

 俊介にとって彼女は最高の贈り物だった。

 彼女の後ろ盾を手に入れれば、政界でのし上がっていくことなど造作ぞうさもないこと。

 将来は約束されたようなものだった。


「俊介さん、今日は来てくれてありがとう」


 すみれが嬉しそうに俊介に駆け寄ってくる。


 さすが育ちのいいお嬢様というだけあって、見た目やスタイルも申し分ない。

 可愛いアイドルのような顔に豪華なドレスを着こなすその姿は誰の目にも止まる美少女だ。

 彼女が通ると男たちは皆、羨望せんぼうの眼差しを向けていく。


 それはそうだろう。

 彼女を手に入れれば、金も権力も地位も名誉も欲しいものが全て手に入るのだから。

 さらには可愛い妻も手に入るというおまけつきだ。

 これ以上の結婚相手はいなかった。


 今は恋人の位置に収まっているが、必ずや婚約し結婚までこぎつけてみせる。


 俊介は自分にできる精一杯の笑顔をすみれに向けた。


「誕生日おめでとう、すみれさん」


 すみれは照れながら嬉しそうに微笑んだ。その頬はほんのり桜色に染まっていた。


 上目遣いで見つめる彼女は本当に可愛らしく、両親の後ろ盾がなくても欲しいと思う者は多かったことだろう。


 悪いな、俺がすみれをいただくよ。

 俊介はひっそりと一人ほくそ笑んだ。


 俊介がすみれとのひと時を楽しんでいると、二人のもとにすみれの両親がやってきた。


 俊介はここぞとばかりに精一杯のもてなしをする。

 周りからはきっと媚を売っているように見えているかもしれない。だが、そんなことはどうでもいい。すみれとの結婚が決まればすべてむくわれる。


 四人で楽しく談笑していると、


「そうそう、紹介したい人がいるんだよ」


 突然、すみれの父が辺りを見渡す。

 お目当ての人物を見つけると、手招きした。


「彼、ちょっと前から私の主治医になってね。本当に優秀な医者で、それでいて人格者で、とても素晴らしい青年なんだよ」


 すみれの父が褒めちぎったその人物は……。


「な、なんで」


 そこに現れたのは空良だった。


 俊介が目を大きく開き、空良を凝視した。

 空良はいつも通りの爽やかな微笑みを俊介に向けてくる。


「俊介さん、またお会いしましたね」

「あら、俊介さんお知り合いでしたの?」


 すみれが興味津々といった様子で聞いてくる。


「ああ、まあ……」


 俊介は頭がついていかず、なんとなくの返事しかできない。

 変わりに空良が話を繋ぐ。


「ええ、中学のとき一緒で」

「へえ、それは奇遇だなあ、俊介くんは私の娘の恋人でね」


 すみれの父は偶然の出来事に驚きつつ、嬉しそうに笑っている。


「お嬢様はとても可憐で素敵な方ですね、羨ましい」


 そう言うと、空良はすみれの手を取り、手の甲に口づけをした。

 その仕草はごく自然で、まるでどこかの王子の所作しょさのようだった。


「な、おまえ」


 俊介が怒ろうとすると、すぐさま空良が謝った。


「申し訳ない、彼がいるのにこんなこと。あまりに美しかったので、つい」


 空良がすみれを見つめると、すみれはうっとりとした表情で空良を見つめていた。


 突然俊介が強引にすみれの手を取る。


「すみれさん、行きましょう」


 俊介はすみれを連れて、急いでその場を離れていった。





 なんなんだ、あいつはどうして次から次に俺の周りに現れる。


 やはり、あいつ……知っているのか。


「痛い、俊介さん」


 俊介はすみれの手を強く握っていたことに気づき、手を離す。


「ごめん」

「どうしたの? 急に、蒼井さんに失礼よ」

「どっちが失礼なんだよ!」


 俊介の剣幕けんまくに驚くすみれ。

 俊介がこんなに感情をあらわにしたのは見たことがなかった。


 いつも冷静沈着な彼が今はなんだか落ち着かない。その様子はすみれの心を不安にさせた。


「俊介さん、変よ。私、お父様のところへ戻るから」


 俊介の様子に怯えたすみれが、空良たちの方へ戻っていく。


 苛立ちを隠せない俊介が壁を叩き、舌打ちした。


 遠くの方ですみれと楽しそうに話す空良を見て、俊介はだんだん自分の恐ろしい思いつきが本当なのではないかと思いはじめていた。

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