第6話  奪われる

 数日が過ぎたある日、すみれから連絡を受けた俊介は嫌な予感がした。


「俊介さん、ごめんなさい。私と別れてください」


 俊介の目の前ですみれが頭を下げる。

 涙ぐむ彼女を見て、俊介の脳裏に空良の顔が浮かんだ。


「あいつか……空良か!」


 その言葉に、すみれは驚いた顔をして静かに頷く。


 空良をパーティーで見たときから気が気ではなかった。

 まさかとは思いつつ、こうなることも予想していた。


 だから、あれから俊介はすみれの気持ちを繋ぎとめようと、必死にデートを重ね、愛を伝え続けてきた。

 その裏で、二人は会って仲を深めていたというのか。


「許さない、あいつだけは駄目だっ」


 俊介はすごい形相ぎょうそうですみれの肩を掴むと、壁に押しやった。


「やめて、俊介さん、恐い」


 すみれは怯えた目で俊介を見つめる。それがさらに俊介の感情を逆撫でた。


「あいつは駄目だ! あいつは君を」


 と言いかけたところで、俊介はすみれから引き剝がされる。

 突然現れた空良が俊介の腕を掴み、引き離したのだ。


 空良は俊介を捕えながら、優しい笑みをすみれに見せた。


「すみれさん、大丈夫ですか?

 すみません、あなた一人で行かせてしまった私のミスです」

「いてっ、てめえ、何すんだ、離せ!」


 俊介は空良から逃れようと藻掻もがくが、掴まれた腕はビクともしない。


 すると、空良の手の力が弱まり、俊介は突然解放された。

 すぐに間合いを取る俊介。空良を睨みつけ、警戒態勢に入る。


 空良へ視線を向けると、彼はなぜか姿勢を正し真面目な顔を向けていた。


「俊介さん、本当に申し訳ありません。

 あなたという恋人がいることを知りながら、すみれさんのことを愛してしまいました」


 空良は深々と頭を下げる。


 こいつ、ぬけぬけと……。俊介の顔が引きつる。


「私はすみれさんのことを本気で愛しています。

 どうか、すみれさんと別れていただきたい」


 空良の隣ですみれも俊介に向かって深く頭を下げる。

 二人仲良く頭を下げる姿を見ながら、俊介の身体は小刻みに震えだした。


「許されると思うのか? すみれは俺のものだ! 絶対別れない!」


 俊介は叫ぶが、二人は深々と頭を下げたまま動かない。


 すみれの意思も、固まっているということか。

 二人を見て、俊介は唇を噛んだ。


 こいつ、確信犯だ。


 こいつは俺があの事件に関わってることを知っている。


 復讐だ、復讐にきたんだ。

 ……俺から全てを奪うために。


 俊介は悔しかったが、すみれの気持ちが動かない以上、何を言っても仕方がない。


「俺は認めないからな!」


 そう吐き捨てると、俊介は二人を置いてその場から立ち去った。





「雅人、あいつ、やばいぞ」


 俊介はイライラしながら、雅人に電話していた。


「どうしたの? 何かあった?」

「あいつ、俺たちのこと気づいてる」


 雅人もうすうす感じていたことだった。


「……何で、そう思ったの?」

「あいつ、俺の周りに現れて、大切なものを奪っていくんだ。

 はじめはそんなはずない、ただの偶然だと思った。

 でも、今日俺は確信したよ。

 まず、空良は親父の主治医になって家に上がり込んできた。

 家族と仲良くなり、今では俺より仲良く家族に打ち解けてやがる。

 次に、すみれの父親の主治医になって、彼女に近づき、とうとう俺からすみれを奪いやがったんだ!

 あいつはわかってるんだよ、あの時のこと。

 だから……あいつは俺達に復讐しにきたんだ!」


 俊介の話を聞きながら、雅人は震えが止まらなかった。

 喉が渇いて、唾をゴクリと呑み込む。


 もうそんなところまで、空良は入り込んできていたのか。


「おまえのところでも何かあったら教えろ。

 そして、あいつの弱みを探れ。こっちだって黙って待ってるわけじゃない、やられる前にやるだけだ」


 俊介は言いたいことだけ言って電話を切った。


 雅人はしばらくその場を動けずにいた。


 やはり空良は復讐しにきたのだろうか。

 確かに復讐されても仕方がないことをした。だから覚悟はしていたつもりだった。


 でも、今の幸せを壊されたくはない。


 由紀だけは、由紀にだけは絶対に手出しをさせない。

 それだけは阻止しなければ。


 ふと雅人の頭に由紀の顔が思い浮かんだ。


 いてもたってもいられなくて、雅人はすぐに病院へと向かっていた。





 タクシーから降りた雅人は、全速力で駆けていく。


 病院の中では看護師が雅人に向かって何か叫んでいたが、そんなこと今の雅人の耳には入っていなかった。


 息つく間もなく、由紀の病室へ辿り着く。


「由紀!」


 雅人は走ってきた勢いのままに、病室に勢いよく飛び込む。


 そこには、由紀と……空良がいた。


 二人は突然現れた雅人を驚いた表情で見つめている。


「どうしたの? そんなに慌てて」


 由紀が不思議そうにしている横で、空良が優しく微笑みかけてくる。

 雅人は警戒した視線を空良に送った。


 すると、その視線を感じた空良が小さくため息をつき、微笑びしょうする。


「雅人、ごめん、俺邪魔だよな。出てくよ」


 空良が出て行こうとすると、由紀が残念そうな声を出す。


「空良さん、行ってしまうの? 雅人とも話すればいいのに」


 空良は由紀に軽く会釈すると病室から出ていった。


 すぐさま雅人は由紀に問いただす。


「何話してた? 何か言われた?」


 どこか焦った様子の雅人に戸惑いつつ、由紀は笑顔で答える。


「体調のこととか、世間話とかだよ。あと、雅人のこと」

「俺の何?」


 雅人の鬼気迫る空気に、由紀は不安そうな顔をする。


「雅人、どうしたの?」


 由紀が困っていることに気づいた雅人は、いったん冷静になった。

 心を落ち着けてから、もう一度話す。


「ごめん、俺のことって、何話してたの?」

「別にいいじゃない、変な雅人」


 ねてしまったのか、由紀はそれ以上話そうとしなかった。


 これ以上詮索すると、本当に由紀が変に思うだろう。この件に、由紀は絶対に巻き込みたくはない。

 話題を変え、いつも通り由紀との会話を楽しむことにした。



 由紀が楽しそうに話す姿を見ながら、雅人はこの先のことを考えていた。


 俊介が言うように、空良を何とかしないと、大切な人を守れないのかもしれない……。

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