第6話 少女の過ち



「男の子って気楽そう」


 中学生の頃。帰り道に大きな袋を抱えて模型店から出てきた男の子を見て、恋歌は言った。


 当時はクラスの女子から陰湿な嫌がらせを受けていて、恋歌の心には余裕がなかった。何度か学校で見たことのある上級生であるのはわかっていたが、それでも言わずにいられなかった。


 彼は当然のように不機嫌な顔をした。


「なんだよいきなり。気楽で悪いか」

「別に。そうやって子供のおもちゃで遊んでばっかりで、平和だなって。……かわいこぶってるとか、嫉妬で色々言われたりとか、なさそうだし」


 後で振り返ってみれば、このときの自分は頭がおかしいと恋歌は思う。

 何度か顔は見たことがあったけれど、ほとんど初対面に近いような相手だ。それなのにこんな愚痴をぶつけるなんて、性格が悪いにもほどがある。

 

 男の子は困ったような顔をして、何故か抱えた袋の中身とにらめっこを始めた。ロボットのプラモデルと思われる箱だった。


「ロボットアニメってさ、生身の体じゃ戦えないからロボットに乗るんだ」

「はい……?」


 いきなり何の話だろうか。

 困惑する恋歌だが、男の子は変わらず袋の中のプラモデルのパッケージに視線を落としたまま言う。恋歌の方を見ようともせずに。


「巨大なバケモノとか兵器とか色々出てきて、戦うにはロボットに乗るしかないんだ。ロボットは強いことが多いんだけど、いや、全部が全部最強ってわけでもないんだけど、でもだいたいは強くて、それで、主人公は人間だから弱いんだけど、ロボットに乗れば戦えるから、勇気を振り絞ってロボットに乗るんだ」

「……はぁ。そうですか」


 正直、何を言っているのかよくわからなかった。

 いきなり暴言を吐く恋歌も大概だが、その返答にオタクな話をされても困るだけだ。


 というか、明らかに不機嫌な女の子を前にいきなりアニメの話とはどういうことだろう。もっとほかに言葉があるのが普通ではないか。そう思ってしまう恋歌の方が間違っているのだろうか。


「つまりだな。……ロボットにも乗らずに戦ってる君はすごい……と、思う」

「へ……?」

「別に。それだけ。じゃあ、そういうことで」


 男の子はそれだけ言うと恋歌に背を向けて行ってしまった。困惑する恋歌の顔は最後まで見ようとしなかった。


 もしかして、励まそうとしてくれたのだろうか。

 だとしたら励ますのが下手にもほどがあるが……いやしかし、ほとんど話したこともない下級生の女の子に嫌味なことを言われて、励まそうなんて思うだろうか。そんなお人好しがいるものだろうか。


 わからない。わからなくて、恋歌は考える。答えなんて出るはずもないのに。

 でも、何故だろうか。

 考えている間は少しだけ心が軽くなった。そんな気がした。


 それがきっかけ。


「な、なんでついてくるんだよ」

「はい? 帰り道が一緒なだけですけど?」


 あの一件以来、恋歌はその男の子によく話しかけるようになった。

 楽しかった。自分が恋をしていることを自覚するのに、時間はかからなかった。


「あの、今度、私と遊びに行きませんか?」

「え」


 勇気をふり絞った私の言葉に、彼は顔を真っ赤にして狼狽えた。


「え、それって、えと」

「あ、違、違うの、そういうのじゃなくて。勘違いしないでね、私はただ……」


 どうしてあんなことを言ってしまったのかはわからない。

 たぶん、恥ずかしかったのだ。本心を知られてしまうのが怖かったのだ。

 だから自分の気持ちを誤魔化した。


 結果として、それが彼を傷つけた。


 その気にさせるような態度を取って、言葉を吐いて、彼がその気になったところで突き放した最低の女のせいで、彼の人との接し方は変わった。他人と関わるのが怖くなってしまったのは明白だった。


 以来、恋歌は自分の発言に気を配るようになった。

 他人を傷つける言葉は二度と口にしないようにしようと決めた。勘違いさせるような態度も取らないと決めた。あんなことは繰り返してはいけないから。


 でもその一方で、彼の傍には居続けた。

 彼はそれを拒まなかった。妙にプライドの高いところがある人だから、きっと勘違いを隠したかったのだろう。初めから二人の間に恋愛関係はなかったという暗黙の了解のもと、以前のように仲良くし続けた。きっと、互いにそれを望んでいた。


 そう。二人の間にあるのは恋愛ではない。ずっと、そういうことになっていた。

 

「だから……自業自得ですよね」

 恋歌はひとり、自分に向けて言い聞かせる。


 あなたが私の言葉を信じてくれなくても、それは私が招いた結果なのだ。

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