第5話 急転直下
恋歌が何者かから何かを頼まれたとして、問題は誰に何を頼まれたのかだ。
僕は恋歌の交友関係には詳しくない。友人が多い方なのはわかるが、誰とどの程度親しいかまではわからない。
だから、詳しそうな人物に話を聞くことにした。
「恋歌ちゃんのことが聞きたい……ですか……へぇ」
朝も顔を合わせた恋歌の友人、紗希は僕の話を聞いて口角を上げた。
「ニヤニヤするな。たぶん誤解だ」
「まだ何も言ってませんけど」
「……いいから、本題に入るぞ」
今は昼休みだ。時間は限られている。何度も何度も話を聞きに来るのもおかしいので、必要な情報は今ここで聞き出さなければならない。
「君は恋歌と仲がいいのか?」
「はい、中学のときから。今は別のクラスですけど、よく一緒に遊びますよ」
「恋歌は友達多いよな?」
「かわいいですからねぇ。イジラレ体質というか、からかい甲斐があるというか」
「……意外だな」
僕はどちらかというと他人をからかう側の印象だった。
「隙が多いんですよ。恋愛方面とか超ノーガードなので、もう楽しくって」
「……」
「あ、違いますよ。別に先輩意外と浮ついた話があるってわけではなくて」
「何も言ってないだろ」
「恋歌ちゃんは先輩一筋ですから。いつも言ってますよ。先輩は馬鹿でお気楽で羨ましいって」
「それは悪口だ」
「違いますよ。惚気です、あれは。聞けばわかります」
「……いや、聞かないけどな」
話が脱線しすぎだ。
人選ミスかな、と後悔しかけたタイミングで紗希が続けて言った。
「恋歌ちゃんはすごいですよ。あんなにみんなに好かれてるのに、男子とは露骨に一線ひいてますから。万が一にも周囲に誤解されないよう『お友達』って距離感を完璧に守ってるんです。そのくせお友達としてはちゃんと仲良しなんですから、あれはもう達人の域ですよ」
「……ということは、男子で親しいやつは少ないのか?」
「お、気になりますか?」
「まあ、少しは」
無論僕は恋歌の交友関係を探りたいだけなのだが、事情を知らない紗希は益々楽しそうな顔をする。もうどうとでもなれと僕は思う。
「心配しなくても、今プライベートで関わりのある男子って私の知る限りじゃいないです。中学の時は何人かいましたけど、今はあんまりいい噂聞かないですし、もう会ったりはしてないと思います」
「……いい噂を聞かないというのは?」
「下着泥棒です」
「え?」
……偶然か?
いや、そんなピンポイントな偶然があるだろうか。
「南校あるじゃないですか。あそこ、不良が多いって知ってます?」
「ああ。なんとなくは」
「あそこに進学したやつなんですけど、すごいクソ野郎な先輩がいるらしくて……後輩に下着泥棒やらせるんですよ。で、断ったり失敗したら上級生数人でいじめるとか」
「……最悪だな」
「ですよね。それで何人か捕まってるみたいなんですけど、私らの友達だったそいつも失敗して捕まったらしくて。でもいくらなんでも下着泥棒はないじゃないですか。最低だって恋歌ちゃんも言ってました」
「……恋歌がそう言っていたのか? 本当に?」
「はい。もう顔も見たくないと」
「……もうひとつ確認させてくれ。君は恋歌からその話を聞いたのか?」
「そうですよ。だから間違いなくもう関わりはないと思います。安心してください」
僕は思い出す。
恋歌が不自然なまでに下着泥棒という単語を使っていたことを。
あれが僕に対する何かしらのメッセージだったとしたらどうだろう。
僕に何かに気づいてほしかったのだとしたら。
頭の中でパズルのピースがはまっていく。
下着泥棒をさせられた中学の友達。
それを知っていた恋歌。
朝体操服を貸してほしいと言われたときに垣間見えた、断るのが苦手な性格。
「まさか……そういうことなのか?」
放課後。僕は真相を確かめるためにある家に向かった。先輩に下着泥棒をさせられたという、恋歌の中学時代の友人の家だ。場所は紗希に教えてもらった。
家の前にはパトカーがとまっていた。
僕はすべてを理解した。
何故恋歌は僕に告白したのか。
そして呪った。
たった一度の過去に囚われて意固地になっていた、自分自身の愚かしさを。
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