第3話 僕の部屋、二人で
「先輩って結構アレな趣味だったんですね」
恋歌は僕の部屋に入るなり、ズラリと棚に並んだフィギュアを見て言った。ロボットから美少女まで壁一面を埋めつくす勢いで飾られた大量のフィギュアを前に、そのような感想が出るのはわからなくもない。
わからなくもないが、
「アレな趣味は失礼だろ。普通見て見ぬふりするところだろ」
「いやぁ、流石に美少女フィギュアが並んでるのは想像を超えてたというか。昔はロボットばっかりだったじゃないですか」
「今もロボットは好きだ。多趣味になったんだ」
はっきりと訂正する僕だが、恋歌は冷めた目を向けてくる。
「要はパンツが見たいんですよね」
「っ、違う。見ろ、こっちの子が穿いているのはホットパンツでスカートじゃないから」
「はいはい、じゃあふとともですか。それともおっぱいですか」
「……お前、強引に人の部屋に上がり込んでおいてそれか。帰らせるぞ」
「帰りませんよ。帰らされそうになったら叫びます」
「頼むからそれだけはやめてくれ」
僕が言うと、恋歌は急に真面目な顔をした。
「なら叫ばせないでください。帰る場所、ないんですから」
そう言って恋歌は僕のベッドに腰かけた。
「……わかったよ」
僕は深く嘆息し、部屋の中央の床に腰をおろす。
まあ、客観的に見て、僕の部屋はいわゆるオタク部屋だ。冴えない男子高校生という僕の属性が存分に発揮されている。年頃の女の子からすればドン引きしても仕方ないところである。
そんなことは放っておいて、今はもっと重要な話をすべきだろう。
「さっきの続きといこうか」
僕が言うと、恋歌は「続き?」と首を傾げた。
「……え、もしかしてもうそんなエッチな」
「違う。何の続きだそれは」
「そ、それはもちろん」
「説明しなくていい」
僕は呆れながら言う。
「なぜ君は僕に告白したのか。その続きを話そう」
「……あー。そういえばそんな話でしたね」
恋歌は何故かげんなりしたように肩を落とした。
僕はなるべくそれを気にしないように意識しながら咳払いをした。
「状況を整理するぞ」
昨日の夕方、恋歌は僕を校舎に呼び出して告白した。
同時刻、恋歌の母親は何者かに殺害された。
つまり恋歌は僕への告白によってアリバイを獲得した。
「まず考えるべきは、君に母親の殺害が可能だったか否かだ」
「それは無理ですよ。アリバイがあるんですから」
「その通りだ。だがさっきも言った通り、実行犯が別にいた可能性はゼロじゃない」
「……誰ですか、実行犯って」
恋歌は眉間に皺を寄せた。
「私のお母さんを殺してください、なんてお願いを聞いてくれる人がいるとでも?」
「君ならあるいは」
「なんですかそれ」
「君になら盲目的なファンの一人や二人はいてもおかしくないと思う」
僕は本気で言っていた。
そのくらい恋歌には魅力があると思う。人を惹きつける魔的な魅力が。
「……人を悪女みたいに言って。怒りますよ」
「君自身に問題があるといってるわけじゃない。けど、かわいい女の子には面倒な男が寄ってくるものだろう」
「え、今私のことかわいいって言いました……?」
「話を脱線させないでくれ」
それともあえて脱線させているのだろうか。
ありえないとは言い切れない。
このまま話が続くと困る理由が、恋歌にはあるかもしれない。
「とにかく僕が君を信頼するのは、君の周囲の人間関係を洗ってからだ。そうでなければ全面的な信用は難しい。あの告白も信用はできない」
僕が言うと、恋歌は拗ねたように口を尖らせた。
「先輩ってなんだか偉そうですよね。喋り方とか」
「悪かったな」
「別に悪いとは言ってないですよ。ちょっと頭よさそうにも見えますし」
「その言い方は馬鹿にしてるだろ」
「まあ泊めてくれるならなんでもいいです。下着泥棒怖いですし」
「……またそれか」
文句を言いかけたが、そこで僕は言葉を止めた。
先に嫌なことを言ったのは僕の方だ。嫌味のひとつやふたつは返したくもなるだろう。冗談めかして茶化してくれているのは彼女なりの気遣いだ。少しくらい付き合ってやる胆力を持つべきかもしれない。
そんなふうに思って次の暴言に身構えてると、
「先輩は、私がいなくなったら寂しいですか?」
恋歌が急にそんなことを聞いてきたものだから、僕は反応に困った。
「……なんだよいきなり」
「お母さんが殺されて、私は一人になったわけじゃないですか。うち母子家庭なので」
「寂しい……のか?」
「別に。元々いつも仕事ばかりの人でしたから、家にはほとんどいませんでしたし」
感情を押し殺したような声音で恋歌は言う。
「そうではなくてですね、流石に一人暮らしってわけにもいかないので、たぶん私、親戚のところに引き取られると思うんですよ。そうなるともう、先輩とは会えなくなっちゃうかもしれません」
「……そういうことか」
「あれ、動揺してます? 寂しいですか?」
尋ねる声は僕をからかうようだったけれど、きっとそれだけではなかった。
僕は「まさか」とだけ返した。内心を知られたくはなかった。
すると恋歌はおもむろに立ち上がり、僕の方に寄ってきた。
「本当ですか?」
尋ねながら、しなだれるように僕の背中に腕を回してくる。
「お、おい恋歌」
「本当に、私がいなくなってもいいんですか……?」
僕の胸の中で、か細い声で、そう訊いてきた。
その儚げな姿と華奢な体に、心臓の鼓動が加速した。
冷静さを保とうと呼吸を整える僕の脳を、柔らかな匂いが狂わせる。
落ち着け。落ち着け。落ち着け。
流されるな。流されるな。流されるな。
冷静な思考が誘惑に負けそうになる僕を叱咤する。
だって裏があるはずなのだ。
こんなかわいい女の子が僕みたいな男を好きになるなんて、ありえない。
僕はもう、昔のような勘違いはしないのだ。
「れ、恋歌。その、離れてくれないか?」
「……」
「おい、恋歌……?」
返事がない。
それどころか、気のせいだろうか。僕の胸の中で、恋歌はスヤスヤと寝息を立てている。
「寝たのか……? この姿勢で……?」
「……」
返事はない。
頬をツンツンと突いてみる。だがやはり反応はない。
「……困ったな」
僕が動けずにいると、ふいに恋歌が声を発した。おそらくは寝言だった。
「……お母さん」
どんな夢を見ているのかはわからない。
確かなのは、その一言で僕の心の中がぐちゃぐちゃにかき乱されたということだけ。
「……くそ、何を動揺してるんだ僕は」
僕は考える。
恋歌が母親を殺したなんて、そんなことが本当にあるだろうか?
いや、そうじゃない。
考えるべきはそれではない。
僕は自分に問いかける。
恋歌が母親を殺したなんてことを、僕は本気で思っているのだろうか?
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